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プラトン · Plato

メノン

Meno

ギリシア語原文(原典)と日本語・英語・中国語・韓国語の対訳・語釈を、全文無料・登録不要で公開しています。

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ジャンル
Philosophy
引用方式
section
チャンク数
20
§70-71–§99-100
対訳文数
4,206
日本語 1036 · English 1337 · 简体中文 835 · 한국어 998

底本

Platonis Opera, Tomus III: Tetralogia V-VII. Burnet, John, editor. Oxford: Clarendon Press, 1903.

原文データ出典

Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)

元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg024.perseus-grc2

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翻訳と校閲

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)

AI校閲 2026-09-22:検出 Gemini 3.8 Flash/判定 Gemini 3.8 Flash・GPT-6 Astra — 日本語訳 6 件・原文 4 件を修正

AI校閲 2026-10-12:検出 Gemini 3.8 Flash/判定 Claude Opus 5.5 — 日本語訳の修正なし

反映した修正(日本語訳と原文):AI校閲 10 件・表記の統一 9 件・校訂者 1 件・読者の報告(校訂者が修正) 1 件

最終更新:2026-10-15・変更履歴の一覧

要旨

本作は、「徳(アレテー)」が教えられるものであるかという問いを巡って、ソクラテスとテッサリアの青年メノンとの間で交わされる対話篇です。問いに対してソクラテスは、そもそも徳とは何かという定義をまず明らかにする必要があると返し、メノンの提示する定義の矛盾を次々と指摘していきます。議論が行き詰まり、探求そのものの不可能性が疑われた際、ソクラテスは「想起説」を唱え、メノンの奴隷の少年に幾何学の問いを解かせることで、魂には生まれつき真理が備わっていることを実証します。その後、仮説を用いて徳が知識であるか否かを再考しますが、徳を教える教師が存在しないことから、政治家たちの持つ徳は知識ではなく「正しい思い込み(正しい意見)」によるものであるという結論に至ります。最終的に、徳は神的な恵み(神の分け前)によってもたらされるとされつつも、真の理解にはまず徳そのものの定義が必要であることが示されて対話は幕を閉じます。

目次

20 チャンク

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