§2.9.1περὶ μὲν οὖν εὐτυχίας τοσαῦτα·
運については以上である。
ἐπειδὴ δὲ ὑπὲρ ἑκάστης τῶν ἀρετῶν κατὰ μέρος εἰρήκαμεν, λοιπὸν ἂν εἴη καθόλου συνθέσας τὰ καθʼ ἕκαστα κεφαλαιωσαμένους εἰπεῖν.
ところで、私たちは徳のそれぞれについて個別的に述べてきたので、残されたことは、全体として個別的な事柄を総合し、要約して語ることである。
§2.9.2ἔστι μὲν οὖν οὐ κακῶς λεγόμενον τρὔνομα ἐπὶ τοῦ τελέως σπουδαίου, ἡ καλοκἀγαθία.
さて、完全に優れた人に対して用いられる善美という名称は、悪いものではない。
καλὸς κἀγαθὸς γάρ, φασίν, ὅταν τελέως σπουδαῖος ᾖ.
なぜなら、完全に優れた人であるとき、その人は麗しく善いのだと人々は言うからである。
ἐπὶ γὰρ τῆς ἀρετῆς τὸν καλὸν κἀγαθὸν λέγουσιν, οἷον τὸν δίκαιον καλὸν κἀγαθὸν φασί, τὸν ἀνδρεῖον, τὸν σώφρονα, ὅλως ἐπὶ τῶν ἀρετῶν.
なぜなら、人々は徳に関して「麗しく善い」と言うのであり、たとえば正しい人を麗しく善いと言い、勇敢な人や、節制ある人、およそ徳に関してそう言うのである。
§2.9.3ἐπειδὴ οὖν εἰς δύο διαιροῦμεν, καὶ τὰ μέν φαμεν εἶναι καλὰ τὰ δὲ [καὶ] ἀγαθά, καὶ τῶν ἀγαθῶν τὰ μὲν ἁπλῶς ἀγαθὰ τὰ δὲ οὔ, καὶ καλὰ μὲν οἷον τὰς ἀρετὰς καὶ τὰς ἀπʼ ἀρετῆς πράξεις, ἀγαθὰ δὲ [οἷον] ἀρχὴν πλοῦτον δόξαν τιμὴν τὰ τοιαῦτα·
それゆえ、私たちはこれらを二つに区分し、あるものは麗しいものであり、他のものは善いものであると言い、また善いもののうち、あるものは端的に善いものであり、他のものはそうではないと言う。 そして麗しいものとは、たとえば諸々の徳や徳に由来する活動のことであり、善いものとは、支配、富、名声、名誉、およびそのようなものである。
ἔστιν οὖν ὁ καλὸς κἀγαθὸς τὰ ἀπλῶς ἀγαθά ἐστιν ἀγαθὰ καὶ τὰ ἀπλῶς καλὰ καλὰ ἐστίν.
したがって、麗しく善い人とは、端的に善いものがその人にとって善いものであり、端的に麗しいものが麗しいものであるような人である。
§2.9.4ὁ τοιοῦτος γὰρ καλὸς καὶ ἀγαθός.
なぜなら、そのような人が麗しく善い人だからである。
δὲ τὸ ἀπλῶς ἀγαθὰ μή ἐστιν ἀγαθά, οὐκ ἔστι καλὸς καὶ ἀγαθός, ὥσπερ οὐδὲ ὑγιαίνειν ἂν δόξειεν τὰ ἀπλῶς ὑγιεινὰ μὴ ὑγιεινὰ ἐστίν.
しかし、端的に善いものがその人にとって善いものでではない人は、麗しく善い人ではない。 それはちょうど、端的に健康に良いものがその人にとって健康に良くない場合に、その人が健康であるとは思われないようなものである。
εἰ γὰρ ὁ πλοῦτος καὶ ἡ ἀρχὴ παραγινόμενά τινα βλάπτοιεν, οὐκ ἂν αἱρετὰ εἴη, ἀλλὰ τὰ τοιαῦτα ὅσα αὐτὸν μὴ βλάψει, βουλήσεται αὐτῷ εἶναι.
なぜなら、もし富や支配が、それらが手に入ることによって誰かを害するならば、それらは望ましいものではないであろうし、むしろその人は、自分を害さないようなそのようなものが自分に有るようにと望むだろうからである。
§2.9.5ὁ δὲ τοιοῦτος ὢν οἷος ὑποστελλόμενός τι τῶν ἀγαθῶν πρὸς τὸ μὴ εἶναι αὐτῷ, οὐκ ἂν δόξειεν καλὸς κἀγαθὸς εἶναι·
だが、善いもののいくつかを自分に有さないようにするために、それらを退けるような人は、麗しく善い人であるとは思われないだろう。
ἀλλʼ ᾧ τἀγαθὰ πάντα ὄντα ἀγαθά ἐστιν καὶ ὑπὸ τούτων μὴ διαφθείρεται, οἷον ὑπὸ πλούτου καὶ ἀρχῆς, ὁ τοιοῦτος καλὸς κἀγαθός.
むしろ、存在するすべての善いものが自分にとって善いものであり、それらによって、たとえば富や支配によって台無しにされない人、そのような人こそが麗しく善い人なのである。