アレクサンドリアのフィロン · Philo of Alexandria
巨人について
On the Giants
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底本
Philo Judaeus. Opera quae supersunt, Volume 2. Wendland, Paul, editor. Berlin: Reimer, 1897.
原文データ出典
Open Greek and Latin · CC BY-SA 4.0
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要旨
本作は、アレクサンドリアのフィロンが旧約聖書の『創世記』第6章に登場する「巨人(ギガス)」や「神の霊」に関する記述を独自の哲学的方法で解釈した神学・倫理的著作です。冒頭で、著者は創世記に語られる「御使い」を空中にある魂と同一視し、魂と肉体の関係や、宇宙における魂の存在の必然性を論じます。中盤では、肉体の欲望や快楽が魂の上昇を阻み、神の霊が人間に永続的に留まるのを妨げる最大の障害となることを警告し、外面的な富や名声に惑わされず理性を保つことの重要性を説きます。さらに、聖書に見られる巨人の存在を神話ではなく比喩として捉え直し、人間を「地の人」「天の人」「神の人」の三つのカテゴリーに分類します。最終的に著者は、世俗の欲望に溺れる悪人と、不動の神の傍らに留まり知恵を追求する善人との本質的な違いを明らかにし、肉体を克服して神の傍らへと魂を至らせる倫理的な生のあり方を指し示しています。
目次
7 チャンク
引用方式:section
- §1-11
不義な人々の増加と空中を飛ぶ魂としての天使
創世記6章の記述をもとに、ノアの誕生が多くの不義な人々の増加を際立たせる理由を説き、また創世記における「御使い」とは空中を飛ぶ魂のことであることを説明して、宇宙が魂に満ちている必然性を論じる。
- §12-20
魂の下降と神の霊が留まらない肉の生
著者は肉体に囚われる魂と天上に留まる魂(天使やダイモーン)の性質を分類し、神の霊が肉欲に溺れる人間の中に永続することはないと論じる。
- §21-30
神の霊の本性とそれを阻む肉の欲望
著者は「神の霊」の物理的な意味と霊的な意味(純粋な知識)を対比し、その霊の分配が劣化を伴わないものであることを火や泉に例えて説明します。さらに、神の霊が人に永続的に留まれない最大の障害は、肉の性質とその欲望であることを論じます。次のセクションの概要もご覧になりますか?
- §31-39
肉体の重荷と近親相姦の禁令の寓解的解釈
肉体の重荷が魂の上昇を妨げることを述べ、レビ記18章6節の「肉の身内に近づいて恥を暴くな」という戒律を、外面的な善(富、名声、身体の力)に惑わされず理性を保ち、知恵の安売りを避けるべきだという倫理的・哲学的教訓として解釈する。
- §40-49
主である神の善性と不動の神の傍らに留まる魂
フィロンは「私は主である」という聖書の言葉から、神の絶対的な善性と、支配者としての偏在を説明する。魂が肉体の快楽から遠ざかり、不動にして常に立っておられる神の傍らにとどまることの大切さを説く。
- §50-59
神的な霊の留まる条件と巨人の記述の真意
イエトロとモーセの対比から、神的な霊が俗世を脱した「一」のあり方にのみとどまることを論じる。さらに「百二十年」の寿命の意味、および「巨人」の記述についての解説に移り、神話や欺瞞的芸術の排除を強調する。
- §60-67
大地の人間・天の人間・神の人間の区分
フィロンは、聖書に登場する巨人を神話ではなく比喩として解釈し、人間を「地の人」「天の人」「神の人」の3つに分類する。さらにアブラハムの改名のプロセスと、寝返り者を象徴するニムロデを例に挙げて、悪人と善人の本質的な違いを論じる。
