Humanitext Reader

ユスティニアヌス1世 · 学説彙纂 §50.16.116.pr

遺言における息子の息子の解釈と孫娘の包含

8930 / 9271 箇所 · ラテン語

要旨

遺言における「息子の息子」という表現に「息子の娘(孫娘)」が含まれるかについて、言葉の字義を重視するラベオと遺言者の意図を重視するプロクルスの対立を提示し、著者はプロクルスの説を支持する。

[IDEM libro septimo epistularum. ] §50.16.116.pr'Quisquis mihi alius filii filiusue heres sit': Labeo non uideri filiam contineri, Proculus contra.
[同じ著者、『書簡集』第七巻] 「私の他の、息子の息子あるいは[娘]が相続人となるように」という遺言について、ラベオは娘が含まれるとは思われないと考え、プロクルスは反対の意見であった。
mihi Labeo uidetur uerborum figuram sequi, Proculus mentem testantis.
私には、ラベオは言葉の表現形式に従っており、プロクルスは遺言者の意図に従っているように思われる。
respondit: non dubito, quin Labeonis sententia uera non sit.
彼は回答した。 「ラベオの意見が正しくないことは疑いない。 」

語釈・文法注

  1. 50.16.116.prfilii filiusue — 接尾辞 -ue(あるいは)が何を結合しているかが文脈上の議論の核心である。プロクルスの解釈によれば、これは「息子(filius)あるいは[娘(filia)]」の省略、あるいは「息子の息子、あるいは[息子の娘]」を指すとされ、ラベオの解釈では字義通り「息子の息子」のみを指す。
  2. 50.16.116.prnon uideri filiam contineri — 対格不定詞(A.C.I.)構文。意見の提示を表す。主動詞(dicit等)が省略されており、「(ラベオは)娘が含まれるとは思われない[と主張する/考えている]」という意味になる。
  3. 50.16.116.prnon dubito, quin Labeonis sententia uera non sit — non dubito(私は疑わない)に導かれる quin 節(接続法)。non sit は接続法現在。「ラベオの意見が真実ではないことを私は疑わない」、すなわち、ラベオの意見は確実に間違っているという確信を表す。

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ユスティニアヌス1世, 学説彙纂 §50.16.116.pr. Humanitext Reader, https://reader.humanitext.ai/text/urn:cts:latinLit:phi2806.phi002.humanitext-lat1:50.16.116.pr

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訳文・注・要旨はAIによる草稿で、読者の指摘により改訂されています。