§12.5B.1Tubulum praetorem video L. Metello Q. Maximo consulibus.
ルキウス・メテッルスとクィントゥス・マクシムスが執政官の年に、トゥブルスがプラエトルであったことを見いだしています。
nunc velim P. Scaevola, pontifex maximus, quibus consulibus tribunus pl.
今度は、大祇司プブリウス・スカエウォラがどの執政官の年に護民官であったのかを教えてほしいのです。
equidem puto proximis, Caepione et Pompeio;
私自身は、その次の年、カエピオとポンペイウスの年であったと考えています。
praetor enim L. Furio Sex. Atilio.
というのも、ルキウス・フリウスとセクストゥス・アティリウスの年に彼はプラエトルであったからです。
dabis igitur tribunatum et, si poteris, Tubulus quo crimine.
したがって、護民官の年を私に与えてください。 また、できれば、トゥブルスがどのような罪に問われたのかも。
et vide, quaeso, L. Libo, ille qui de Ser. Galba, Censorinone et Manilio an T. Quinctio M'. Acilio consulibus tribunus pl. fuerit.
それから、どうか調べてください。 あのセルウィウス・ガルバの件で法を提案したルキウス・リボが、ケンソリヌスとマニリウスの年、それともティトゥス・クィンクティウスとマニウス・アキリウスの年のどちらの執政官の年に護民官であったのかを。
conturbabat enim me, in Bruti epitoma Fannianorum quod erat in extremo, idque ego secutus hunc Fannium qui scripsit historiam generum esse scripseram Laeli.
というのも、ブルトゥスの『ファンニウスの歴史の要約』の最後の方にあった記述が私を混乱させていたのであり、私はそれに従って、歴史を書いたこのファンニウスがラエリウスの娘婿であると書いてしまったからです。
sed tu me γεωμετρικῶσ refelleras, te autem nunc Brutus et Fannius.
しかし、あなたは数学的な厳密さで私の誤りを論破していました。 ところが今度は、ブルトゥスとファンニウスがあなたを論破しています。
ego tamen de bono auctore Hortensio sic acceperam ut apud Brutum est.
もっとも私は、確かな情報源であるホルテンシウスから、ブルトゥスの書にある通りの情報を受け取っていましたが。
hunc igitur locum expedies.
それゆえ、この箇所を解決してください。