§4.1.1Τὸ ἔνδον κυριεῦον, ὅταν κατὰ φύσιν ἔχῃ, οὕτως ἕστηκε πρὸς τὰ συμβαίνοντα, ὥστε ἀεὶ πρὸς τὸ δυνατὸν καὶ διδόμενον μετατίθεσθαι ῥᾳδίως.
内なる支配的なものは、自然に従った状態にあるとき、出来事に対して次のような態度をとる。 すなわち、常に可能なことや与えられたことへと容易に適応するのである。
ὕλην γὰρ ἀποτεταγμένην οὐδεμίαν φιλεῖ, ἀλλὰ ὁρμᾷ μὲν πρὸς τὰ προηγούμενα μεθ’ ὑπεξαιρέσεως, τὸ δὲ ἀντεισαγόμενον ὕλην ἑαυτῷ ποιεῖ, ὥσπερ τὸ πῦρ, ὅταν ἐπικρατῇ τῶν ἐπεμπιπτόντων, ὑφ’ ὧν ἂν μικρός τις λύχνος ἐσβέσθη·
なぜなら、それは特定の確定された素材を愛するのではなく、条件付きで好ましいものへと向かうが、代わりに障害として入り込んできたものを自分自身の素材とするからである。 それはちょうど、小さなともしびであれば消されてしまうであろうような、上から落ちてくるものどもを、火が圧倒するときのようである。
τὸ δὲ λαμπρὸν πῦρ τάχιστα ἐξῳκείωσεν ἑαυτῷ τὰ ἐπιφορούμενα καὶ κατηνάλωσε καὶ ἐξ αὐτῶν ἐκείνων ἐπὶ μεῖζον ἤρθη.
しかし、勢いよく燃える火は、投げ込まれたものどもをたちまち自らのものとして消費し、まさにそれらそのものによっていっそう大きく燃え上がるのである。