§5.91.1ΑΘ.
ἡμεῖς δὲ τῆς ἡμετέρας ἀρχῆς, ἢν καὶ παυθῇ, οὐκ ἀθυμοῦμεν τὴν τελευτήν·
アテナイ人しかし、我々は自分たちの支配について、たとえそれが終わるにしても、その終焉を恐れはしない。
οὐ γὰρ οἱ ἄρχοντες ἄλλων, ὥσπερ καὶ Λακεδαιμόνιοι, οὗτοι δεινοὶ τοῖς νικηθεῖσιν (ἔστι δὲ οὐ πρὸς Λακεδαιμονίους ἡμῖν ὁ ἀγών), ἀλλ’ ἢν οἱ ὑπήκοοί που τῶν ἀρξάντων αὐτοὶ ἐπιθέμενοι κρατήσωσιν.
なぜなら、他者を支配する者たち――ラケダイモン人もそうであるが――が、敗者にとって恐ろしいのではないからだ(もっとも、我々の闘争はラケダイモン人に対するものではないが)。 そうではなく、どこかで被支配者たちが、支配していた者たち自身に襲いかかって打ち勝つことこそが恐ろしいのだ。
§5.91.2ΑΘ.
καὶ περὶ μὲν τούτου ἡμῖν ἀφείσθω κινδυνεύεσθαι·
アテナイ人そこで、この危険については我々に引き受けさせておくがよい。
ὡς δὲ ἐπ’ ὠφελίᾳ τε πάρεσμεν τῆς ἡμετέρας ἀρχῆς καὶ ἐπὶ σωτηρίᾳ νῦν τοὺς λόγους ἐροῦμεν τῆς ὑμετέρας πόλεως, ταῦτα δηλώσομεν, βουλόμενοι ἀπόνως μὲν ὑμῶν ἄρξαι, χρησίμως δ’ ὑμᾶς ἀμφοτέροις σωθῆναι.
しかし、我々が自分たちの支配の便益のためにここに臨んでおり、また今あなた方の都市の救済のためにこれらの議論を行おうとしていること、そのことを私たちは明らかにしよう。 私たちは、労せずしてあなた方を支配したいと望んでおり、またあなた方が救われることが双方にとって有益となることを望んでいるからだ。