§5.85.1οἱ δὲ τῶν Ἀθηναίων πρέσβεις ἔλεγον τοιάδε.
アテナイの使節は次のように語った。
‘ἐπειδὴ οὐ πρὸς τὸ πλῆθος οἱ λόγοι γίγνονται, ὅπως δὴ μὴ ξυνεχεῖ ῥήσει οἱ πολλοὶ ἐπαγωγὰ καὶ ἀνέλεγκτα ἐσάπαξ ἀκούσαντες ἡμῶν ἀπατηθῶσιν (γιγνώσκομεν γὰρ ὅτι τοῦτο φρονεῖ ἡμῶν ἡ ἐς τοὺς ὀλίγους ἀγωγή), ὑμεῖς οἱ καθήμενοι ἔτι ἀσφαλέστερον ποιήσατε.
「この話し合いが民衆の前で行われないからには、民衆が我々の一連の演説によって、耳に心地よく反駁の余地のない言葉を一度に聞いて欺かれることのないように、という思惑なのでしょう(というのも、我々をこれら少数者の前に連れてきたのは、このことを意図してのことだと分かっているからです)。 そこで、ここに座っておられるあなた方は、さらに確実な方法をお取りなさい。
καθ’ ἕκαστον γὰρ καὶ μηδ’ ὑμεῖς ἑνὶ λόγῳ, ἀλλὰ πρὸς τὸ μὴ δοκοῦν ἐπιτηδείως λέγεσθαι εὐθὺς ὑπολαμβάνοντες κρίνετε.
すなわち、個別の点について、あなた方もまた一つの長い演説によってではなく、適切ではないと思われる発言に対して即座に口を挟んで判断を下していただきたい。
καὶ πρῶτον εἰ ἀρέσκει ὡς λέγομεν εἴπατε.
そしてまず、我々の言うこのやり方が気に入るかどうかを言っていただきたい。
’
」