§5.103.1ΑΘ.
ἐλπὶς δὲ κινδύνῳ παραμύθιον οὖσα τοὺς μὲν ἀπὸ περιουσίας χρωμένους αὐτῇ, κἂν βλάψῃ, οὐ καθεῖλεν·
ΑΘ. 希望とは、危険に直面した時の慰めとなるものですが、十分な余力を持ってこれを用いる人々にとっては、たとえ害をこうむることがあっても、破滅をもたらすことはありません。
τοῖς δ’ ἐς ἅπαν τὸ ὑπάρχον ἀναρριπτοῦσι (δάπανος γὰρ φύσει) ἅμα τε γιγνώσκεται σφαλέντων καὶ ἐν ὅτῳ ἔτι φυλάξεταί τις αὐτὴν γνωρισθεῖσαν οὐκ ἐλλείπει.
しかし、自らの手持ちのすべてを賭けてさいころを投じる者たち(なぜなら希望は本来、浪費的なものだからです)にとっては、彼らが破滅すると同時にその本性が知られるのであり、その正体が知られて、人がそれに対してなお警戒しようとする時には、もはや警戒するだけの猶予を残してはくれないのです。
§5.103.2ΑΘ.
ὃ ὑμεῖς ἀσθενεῖς τε καὶ ἐπὶ ῥοπῆς μιᾶς ὄντες μὴ βούλεσθε παθεῖν μηδὲ ὁμοιωθῆναι τοῖς πολλοῖς, οἷς παρὸν ἀνθρωπείως ἔτι σῴζεσθαι, ἐπειδὰν πιεζομένους αὐτοὺς ἐπιλίπωσιν αἱ φανεραὶ ἐλπίδες, ἐπὶ τὰς ἀφανεῖς καθίστανται μαντικήν τε καὶ χρησμοὺς καὶ ὅσα τοιαῦτα μετ’ ἐλπίδων λυμαίνεται.
ΑΘ. 弱者であり、危うい天秤の皿の上にあるあなた方は、このような目に遭うことを望んではなりませんし、多くの大衆と同じようになってはなりません。 彼らは、人間的で現実的な手段によってまだ身を救うことができるのに、苦境に立たされて目に見える確かな希望に完全に見捨てられると、目に見えない不確かな希望、すなわち、占い、神託、その他およそ希望を抱かせつつ人を破滅に陥れるあらゆるものへと頼るようになるのです。