§2.36.1‘ἄρξομαι δὲ ἀπὸ τῶν προγόνων πρῶτον·
‘まずは先祖のことから始めよう。
δίκαιον γὰρ αὐτοῖς καὶ πρέπον δὲ ἅμα ἐν τῷ τοιῷδε τὴν τιμὴν ταύτην τῆς μνήμης δίδοσθαι.
というのも、このような場において、彼らにこの記憶という名誉が与えられることは、正当であり、同時にふさわしいことでもあるからだ。
τὴν γὰρ χώραν οἱ αὐτοὶ αἰεὶ οἰκοῦντες διαδοχῇ τῶν ἐπιγιγνομένων μέχρι τοῦδε ἐλευθέραν δι’ ἀρετὴν παρέδοσαν.
なぜなら、彼らは代々、同じ人々が常にこの地に住み続け、その勇気によって、今日に至るまで自由な国として受け継いできたからである。
§2.36.2καὶ ἐκεῖνοί τε ἄξιοι ἐπαίνου καὶ ἔτι μᾶλλον οἱ πατέρες ἡμῶν·
そして、彼らも称賛に値するが、私たちの父たちはなおさらである。
κτησάμενοι γὰρ πρὸς οἷς ἐδέξαντο ὅσην ἔχομεν ἀρχὴν οὐκ ἀπόνως ἡμῖν τοῖς νῦν προσκατέλιπον.
なぜなら彼らは、受け継いだものに加えて、現在私たちが有しているこれほど大きな帝国を獲得し、多大な労苦を払って現在の私たちに残してくれたからである。
§2.36.3τὰ δὲ πλείω αὐτῆς αὐτοὶ ἡμεῖς οἵδε οἱ νῦν ἔτι ὄντες μάλιστα ἐν τῇ καθεστηκυίᾳ ἡλικίᾳ ἐπηυξήσαμεν καὶ τὴν πόλιν τοῖς πᾶσι παρεσκευάσαμεν καὶ ἐς πόλεμον καὶ ἐς εἰρήνην αὐταρκεστάτην.
そして、この帝国の大部分は、現在も生存しており、とりわけ働き盛りにある私たち自身がさらに拡張し、あらゆる点において、戦争に対しても平和に対しても、この国家を極めて自立したものに整えたのである。
§2.36.4ὧν ἐγὼ τὰ μὲν κατὰ πολέμους ἔργα, οἷς ἕκαστα ἐκτήθη, ἢ εἴ τι αὐτοὶ ἢ οἱ πατέρες ἡμῶν βάρβαρον ἢ Ἕλληνα πολέμιον ἐπιόντα προθύμως ἠμυνάμεθα, μακρηγορεῖν ἐν εἰδόσιν οὐ βουλόμενος ἐάσω·
これらのことのうち、戦争における数々の行為、すなわち個々の領土がいかにして獲得されたか、あるいは、私たち自身や私たちの父たちが、襲いかかる野蛮人やギリシア人の敵をいかに熱心に退けたかということについて、私はすでに熟知している人々の前で長々と語ることを好まないので、省くことにする。
ἀπὸ δὲ οἵας τε ἐπιτηδεύσεως ἤλθομεν ἐπ’ αὐτὰ καὶ μεθ’ οἵας πολιτείας καὶ τρόπων ἐξ οἵων μεγάλα ἐγένετο, ταῦτα δηλώσας πρῶτον εἶμι καὶ ἐπὶ τὸν τῶνδε ἔπαινον, νομίζων ἐπί τε τῷ παρόντι οὐκ ἂν ἀπρεπῆ λεχθῆναι αὐτὰ καὶ τὸν πάντα ὅμιλον καὶ ἀστῶν καὶ ξένων ξύμφορον εἶναι ἐπακοῦσαι αὐτῶν.
しかし、私たちがどのような日頃のいとなみから出発してこれらの高みに達したのか、また、いかなる国制のもとで、いかなる生き方からこれらの偉業が生まれたのか、これらをまず明らかにした上で、私はこの死者たちへの称賛へと進むつもりである。 なぜなら、この現在の状況においてそれらを語ることは不適当ではなく、また市民と外国人を問わず、集まったすべての人々がそれを聴くことは有益であると考えるからである。