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テアイテトス

§197-198

鳥小屋の比喩と知識の所有と把持の区別

ソクラテスは、魂を様々な鳥(知識)を飼う鳥小屋に例え、潜在的に「所有している」知識と、現に活動的に「持っている」状態を区別する。これに基づき、すでに知っている数を数える行為が、自身から再度知識を「学び直す(狩り出す)」プロセスであるという算術家のパラドックスを提示する。

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§197

ΣΩ. οὐδένα ὤν γε ὃς εἰμί, εἰ μέντοι ἦ ἀντιλογικός·1 οἷος ἀνὴρ εἰ καὶ νῦν παρῆν, τούτων τʼ ἂν ἔφη ἀπέχεσθαι καὶ ἡμῖν σφόδρʼ ἂν ἃ ἐγὼ λέγω ἐπέπληττεν. ἐπειδὴ οὖν ἐσμεν φαῦλοι, βούλει τολμήσω εἰπεῖν οἷόν ἐστι τὸ ἐπίστασθαι; φαίνεται γάρ μοι προὔργου τι ἂν γενέσθαι. ΘΕΑΙ. τόλμα τοίνυν νὴ Δία. τούτων δὲ μὴ ἀπεχομένῳ σοι ἔσται πολλὴ συγγνώμη. ΣΩ. ἀκήκοας οὖν ὃ νῦν λέγουσιν τὸ ἐπίστασθαι; ΘΕΑΙ. ἴσως· οὐ μέντοι ἔν γε τῷ παρόντι μνημονεύω. ΣΩ. ἐπιστήμης που ἕξιν φασὶν αὐτὸ εἶναι. ΘΕΑΙ. ἀληθῆ. ΣΩ. ἡμεῖς τοίνυν σμικρὸν μεταθώμεθα καὶ εἴπωμεν ἐπιστήμης κτῆσιν. ΘΕΑΙ. τί οὖν δὴ φήσεις τοῦτο ἐκείνου διαφέρειν; ΣΩ. ἴσως μὲν οὐδέν· ὃ δʼ οὖν δοκεῖ ἀκούσας συνδοκίμαζε. ΘΕΑΙ. ἐάνπερ γε οἷός τʼ ὦ. ΣΩ. οὐ τοίνυν μοι ταὐτὸν φαίνεται τῷ κεκτῆσθαι τὸ ἔχειν. οἷον ἱμάτιον πριάμενός τις καὶ ἐγκρατὴς ὢν μὴ φορῶν, ἔχειν μὲν οὐκ ἂν αὐτὸν αὐτό, κεκτῆσθαί γε μὴν φαῖμεν. ΘΕΑΙ. ὀρθῶς γε. ΣΩ. ὅρα δὴ καὶ ἐπιστήμην εἰ δυνατὸν οὕτω κεκτημένον μὴ ἔχειν, ἀλλʼ ὥσπερ εἴ τις ὄρνιθας ἀγρίας, περιστερὰς ἤ τι ἄλλο, θηρεύσας οἴκοι κατασκευασάμενος περιστερεῶνα τρέφοι, τρόπον μὲν ἄν πού τινα φαῖμεν αὐτὸν αὐτὰς ἀεὶ ἔχειν, ὅτι δὴ κέκτηται.2 ἦ γάρ; ΘΕΑΙ. ναί. ΣΩ. τρόπον δέ γʼ ἄλλον οὐδεμίαν ἔχειν, ἀλλὰ δύναμιν μὲν αὐτῷ περὶ αὐτὰς παραγεγονέναι, ἐπειδὴ ἐν οἰκείῳ περιβόλῳ ὑποχειρίους ἐποιήσατο, λαβεῖν καὶ σχεῖν ἐπειδὰν βούληται, θηρευσαμένῳ ἣν ἂν ἀεὶ ἐθέλῃ, καὶ πάλιν ἀφιέναι, καὶ τοῦτο ἐξεῖναι ποιεῖν ὁποσάκις ἂν δοκῇ αὐτῷ. ΘΕΑΙ. ἔστι ταῦτα. ΣΩ. πάλιν δή, ὥσπερ ἐν τοῖς πρόσθεν κήρινόν τι ἐν ταῖς ψυχαῖς κατεσκευάζομεν οὐκ οἶδʼ ὅτι πλάσμα, νῦν αὖ ἐν ἑκάστῃ ψυχῇ ποιήσωμεν περιστερεῶνά τινα παντοδαπῶν ὀρνίθων, τὰς μὲν κατʼ ἀγέλας οὔσας χωρὶς τῶν ἄλλων, τὰς δὲ κατʼ ὀλίγας, ἐνίας δὲ μόνας διὰ πασῶν ὅπῃ ἂν τύχωσι πετομένας. ΘΕΑΙ. πεποιήσθω δή. ἀλλὰ τί τοὐντεῦθεν; ΣΩ. παιδίων μὲν ὄντων φάναι χρὴ εἶναι τοῦτο τὸ ἀγγεῖον κενόν, ἀντὶ δὲ τῶν ὀρνίθων ἐπιστήμας νοῆσαι· ἣν δʼ ἂν ἐπιστήμην κτησάμενος καθείρξῃ εἰς τὸν περίβολον, φάναι αὐτὸν μεμαθηκέναι ἢ ηὑρηκέναι τὸ πρᾶγμα οὗ ἦν αὕτη ἡ ἐπιστήμη, καὶ τὸ ἐπίστασθαι τοῦτʼ εἶναι. ΘΕΑΙ. ἔστω.

ソクラテス:現在の私である者としては、私にはいかなる方法によってもできないだろう。だが、もしも反論家(問答家)が今ここに居合わせていたなら、彼はこれらの言葉を使うのを避けるべきだと言っただろうし、私が言っていることに激しく非難を加えただろう。しかし、私たちは平凡な(取るに足りない)者なのだから、あえて「知る」とはどのようなことであるか、言ってみることにしようか。それはいくらか有益なことになると思われるからだ。 テアイテトス:では、ゼウスにかけて、あえてやってみてください。これらの言葉を避けなかったとしても、あなたには十分な容赦があるでしょう。 ソクラテス:では、人々が今、「知る」ということを何と言っているか、聞いたことがあるかね。 テアイテトス:たぶんあります。しかし、今この瞬間には思い出せません。 ソクラテス:人々は、それを知識を「持っていること(状態)」だと言っているようだ。 テアイテトス:その通りです。 ソクラテス:そこで私たちは、それを少し変更して、知識を「所有すること」と言ってみよう。 テアイテトス:それでは、これがそれ(前者)とどう違うとおっしゃるのですか。 ソクラテス:おそらく何の違いもないかもしれない。だが、とにかく私の思うところを聞いて、一緒に吟味してくれ。 テアイテトス:私にできることなら、喜んで。 ソクラテス:さて、私には「持っていること」と「所有していること」は同じとは思われないのだ。例えば、ある人が上着を買い、それを自分の自由にできるのに身につけていない場合、私たちは彼がそれを「持っている」とは言わないが、しかし「所有している」とは言うだろう。 テアイテトス:おっしゃる通りです。 ソクラテス:では、知識についても、このように所有しながら持っていないということが可能かどうかを見てみよう。それはちょうど、ある人が野生の鳥、例えば鳩か何かを捕まえて、家に鳥小屋を造ってそこで飼っているようなものだ。私たちはある意味で、彼がそれらを常に持っていると言うことができるだろう、彼がそれらを所有しているからだ。そうではないかね。 テアイテトス:はい。 ソクラテス:しかし別の意味では、彼は一羽も持っていない。ただ、それらが彼自身の囲いの中で手元にある(彼に服従している)状態にしたので、彼にはそれらに関する権能(支配力)が生じたのだ。すなわち、望むときにいつでもそれを捕まえて保持することができ、常に望むものを狩り出して(捕まえて)、また再び放すことができ、これを彼がよいと思う回数だけ行うことができるという権能がね。 テアイテトス:その通りです。 ソクラテス:では再び、先ほど魂の中に蝋の何か、よくわからない粘土細工のようなものを造り出したように、今度は各々の魂の中に、あらゆる種類の鳥が入った鳥小屋のようなものを造ってみよう。ある鳥は群れをなして他の鳥から離れており、ある鳥は小さなグループをなし、ある鳥は孤立して、すべての鳥の間を思いのままに飛び回っている。 テアイテトス:では、それが造られたとしましょう。しかし、そこからどうなるのですか。 ソクラテス:子供であるうちは、この容器は空であると言うべきだ。そして、鳥たちの代わりに知識を思い浮かべるのだ。ある人が、獲得した知識をその囲いの中に閉じ込めたときには、彼はその知識が対象とする事柄を学んだか、あるいは発見したと言うべきであり、そして「知る」とは、このことであるとするのだ。 テアイテトス:そうしましょう。

§198

ΣΩ. τὸ τοίνυν πάλιν ἣν ἂν βούληται τῶν ἐπιστημῶν θηρεύειν καὶ λαβόντα ἴσχειν καὶ αὖθις ἀφιέναι σκόπει τίνων δεῖται ὀνομάτων, εἴτε τῶν αὐτῶν ὧν τὸ πρῶτον ὅτε ἐκτᾶτο εἴτε ἑτέρων. μαθήσῃ δʼ ἐνθένδε σαφέστερον τί λέγω. ἀριθμητικὴν μὲν γὰρ λέγεις τέχνην; ΘΕΑΙ. ναί. ΣΩ. ταύτην δὴ ὑπόλαβε θήραν ἐπιστημῶν ἀρτίου τε καὶ περιττοῦ παντός. ΘΕΑΙ. ὑπολαμβάνω. ΣΩ. ταύτῃ δὴ οἶμαι τῇ τέχνῃ αὐτός τε ὑποχειρίους τὰς ἐπιστήμας τῶν ἀριθμῶν ἔχει καὶ ἄλλῳ παραδίδωσιν ὁ παραδιδούς. ΘΕΑΙ. ναί. ΣΩ. καὶ καλοῦμέν γε παραδιδόντα μὲν διδάσκειν, παραλαμβάνοντα δὲ μανθάνειν, ἔχοντα δὲ δὴ τῷ κεκτῆσθαι ἐν τῷ περιστερεῶνι ἐκείνῳ ἐπίστασθαι. ΘΕΑΙ. πάνυ μὲν οὖν. ΣΩ. τῷ δὲ δὴ ἐντεῦθεν ἤδη πρόσσχες τὸν νοῦν. ἀριθμητικὸς γὰρ ὢν τελέως ἄλλο τι πάντας ἀριθμοὺς ἐπίσταται; πάντων γὰρ ἀριθμῶν εἰσιν αὐτῷ ἐν τῇ ψυχῇ ἐπιστῆμαι. ΘΕΑΙ. τί μήν; ΣΩ. ἦ οὖν ὁ τοιοῦτος ἀριθμοῖ ἄν ποτέ τι ἢ αὐτὸς πρὸς αὑτὸν αὐτὰ ἢ ἄλλο τι τῶν ἔξω ὅσα ἔχει ἀριθμόν; ΘΕΑΙ. πῶς γὰρ οὔ; ΣΩ. τὸ δὲ ἀριθμεῖν γε οὐκ ἄλλο τι θήσομεν τοῦ σκοπεῖσθαι πόσος τις ἀριθμὸς τυγχάνει ὤν. ΘΕΑΙ. οὕτως. ΣΩ. ὃ ἄρα ἐπίσταται, σκοπούμενος φαίνεται ὡς οὐκ εἰδώς, ὃν ὡμολογήκαμεν ἅπαντα ἀριθμὸν εἰδέναι. ἀκούεις γάρ που τὰς τοιαύτας ἀμφισβητήσεις. ΘΕΑΙ. ἔγωγε. ΣΩ. οὐκοῦν ἡμεῖς ἀπεικάζοντες τῇ τῶν περιστερῶν κτήσει τε καὶ θήρᾳ ἐροῦμεν ὅτι διττὴ ἦν ἡ θήρα, ἡ μὲν πρὶν ἐκτῆσθαι τοῦ κεκτῆσθαι ἕνεκα, ἡ δὲ κεκτημένῳ τοῦ λαβεῖν καὶ ἔχειν ἐν ταῖς χερσὶν ἃ πάλαι ἐκέκτητο. οὕτως δὲ καὶ ὧν πάλαι ἐπιστῆμαι ἦσαν αὐτῷ μαθόντι καὶ ἠπίστατο αὐτά, πάλιν ἔστι καταμανθάνειν3 ταὐτὰ ταῦτα ἀναλαμβάνοντα τὴν ἐπιστήμην ἑκάστου καὶ ἴσχοντα, ἣν ἐκέκτητο μὲν πάλαι, πρόχειρον δʼ οὐκ εἶχε τῇ διανοίᾳ; ΘΕΑΙ. ἀληθῆ. ΣΩ. τοῦτο δὴ ἄρτι ἠρώτων, ὅπως χρὴ τοῖς ὀνόμασι χρώμενον λέγειν περὶ αὐτῶν, ὅταν ἀριθμήσων ἴῃ ὁ ἀριθμητικὸς ἤ τι ἀναγνωσόμενος ὁ γραμματικός, ὡς ἐπιστάμενος ἄρα ἐν τῷ τοιούτῳ πάλιν ἔρχεται μαθησόμενος παρʼ ἑαυτοῦ ἃ ἐπίσταται; ΘΕΑΙ. ἀλλʼ ἄτοπον, ὦ Σώκρατες.

ソクラテス:さて、それでは次に、その知識のうちのどれでも望むものを再び狩り出し、捕らえて保持し、また再び放すことについて、それがどのような名称を必要とするか考えてみてくれ。それは、最初にそれを獲得したときと同じ名称なのか、それとも別の名称なのか。次のことから、私の言おうとすることがよりはっきりわかるだろう。君は算術(数論)という技術があると言うかね。 テアイテトス:はい。 ソクラテス:では、この技術を、偶数と奇数のすべてに関する知識の「狩り」であると想定してくれ。 テアイテトス:そう想定します。 ソクラテス:思うに、この技術によって、ある人は自分自身で数の知識を手元に(意のままに)持ち、またそれを引き渡す者は他人に引き渡すのだ。 テアイテトス:はい。 ソクラテス:そして私たちは、引き渡すことを「教える」と呼び、受け取ることを「学ぶ」と呼び、またあの鳥小屋の中にそれを所有していることによって、現に持っていることを「知っている」と呼ぶのだね。 テアイテトス:まったくその通りです。 ソクラテス:では、ここからのことに注意を向けてくれ。完全に算術家である者は、すべての数を知っているのではないかね。なぜなら、彼の魂の中にはすべての数についての知識が存在しているのだから。 テアイテトス:もちろんです。 ソクラテス:では、そのような人は、自分自身の中でそれらの数そのものを数えるか、あるいは外部のもので数をもつものを数えることがあるのではないかね。 テアイテトス:どうしてそうでないことがありましょう。 ソクラテス:しかし、数えるということは、その数がたまたまいかほどのものであるかを考察すること以外の何物でもない、と私たちは規定するのではないかね。 テアイテトス:その通りです。 ソクラテス:そうすると、彼は自分が知っているものを、まるで知らないかのように考察していることになる。私たちは、彼がすべての数を知っていると合意したにもかかわらずだ。君もそのような(自己矛盾に関する)異論を聞いたことがあるだろう。 テアイテトス:はい、あります。 ソクラテス:そこで私たちは、鳥の「所有」と「狩り」に比えてこう言おう。すなわち、狩りには二通りある、と。一方は、所有する以前に、それを所有するために行われるものであり、他方は、すでに所有している者が、かつて所有したものを手に取り、手の中に持っておくために行われるものである。これと同じように、かつて学んだことによって、すでにその知識が魂の中に存在し、かつて知っていたことについても、各々の知識を再び取り上げて保持することによって、これらと同じことを改めて学び直すことができるのだ。その知識はかつて所有していたものの、思案のすぐ手元には置いていなかったものなのだが。どうだろうか。 テアイテトス:その通りです。 ソクラテス:これこそ、私が先ほど尋ねたことなのだ。算術家が数えようとし、あるいは文法家が何かを読もうとするとき、彼らについてどのような言葉を使って語るべきなのだろうか。すでに知っている者として、このような状況において、彼は自分がすでに知っていることを自分自身から再び「学び直す」ために赴く、と言わなければならないのだろうか。 テアイテトス:それは奇妙なことです、ソクラテスよ。

構文注3 件
  1. 197aοὐδένα ὤν γε ὃς εἰμί, εἰ μέντοι ἦ ἀντιλογικός·

    省略された副詞句 οὐδένα τρόπον(いかなる方法によっても…ない)を補うか、あるいは οὐδένα を形容詞として ὤν に係るものとする構文。ソクラテスが自嘲的に「現在の私である者としては(言葉の不厳密さを避けることは)何もできない」と言い、反実仮想 εἰ ... ἦ を用いて、もし「反論家(問答家)」であったならば、そうした言葉を避けて我々を激しく非難しただろうと対比させている。

  2. 197cτρόπον μὲν ἄν πού τινα φαῖμεν αὐτὸν αὐτὰς ἀεὶ ἔχειν, ὅτι δὴ κέκτηται.

    ἔχειν(現に持っていること)と κέκτηται(潜在的に所有していること)の哲学的な区別を導入する。野生の鳥を捕らえて鳥小屋で飼っている人の比喩を通じ、「所有しているという理由によって(ὅτι δὴ κέκτηται)、ある意味では(τρόπον ... τινα)常に持っている(ἔχειν)と言える」という、一見矛盾する二つの概念の関係性を示している。

  3. 198dὧν πάλαι ἐπιστῆμαι ἦσαν αὐτῷ μαθόντι καὶ ἠπίστατο αὐτά, πάλιν ἔστι καταμανθάνειν

    関係代名詞 ὧν の格が、主節の先行詞 ταὐτὰ ταῦτα から引き継がれた属格支配(鳥の比喩からの並行)ないし関係節内での格の同化(吸引)を起こしている。かつて学習(μαθόντι)によって知識を所有し、かつて知っていた(ἠπίστατο)対象について、その知識を再度手元に取り出すことによって、同じ対象を「再び学び直す(πάλιν ἔστι καταμανθάνειν)」という、一見奇妙な二重の認知プロセスを説明している。

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(11 件・最終 2026-09-30)
  • 2026-09-30 表記の統一 — 訳文 11 件
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