- 底本
- Platonis Opera, Tomus I: Tetralogia I-II. Burnet, John, 1863-1928, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
- 翻訳
- AI生成(gemini-3.5-flash) — 機械翻訳のため誤りを含む場合があります
- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg006.humanitext-grc2:195
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-28
ソクラテスは、不完全な心の状態が認識の誤りと無知をもたらす仕組みをまとめ、それまでの「感覚と思考の不一致」という誤謬の定義では、抽象的な数の同一視における誤りを説明できないという新たなアポリア(難題)を提示する。
ΣΩ. ἀσαφῆ δὲ καὶ οἱ τὰ σκληρά·1 βάθος γὰρ οὐκ ἔνι. ἀσαφῆ δὲ καὶ οἱ τὰ ὑγρά· ὑπὸ γὰρ τοῦ συγχεῖσθαι ταχὺ γίγνεται ἀμυδρά. ἐὰν δὲ πρὸς πᾶσι τούτοις ἐπʼ ἀλλήλων συμπεπτωκότα ᾖ ὑπὸ στενοχωρίας, ἐάν του σμικρὸν ᾖ τὸ ψυχάριον, ἔτι ἀσαφέστερα ἐκείνων. πάντες οὖν οὗτοι γίγνονται οἷοι δοξάζειν ψευδῆ. ὅταν γάρ τι ὁρῶσιν ἢ ἀκούωσιν ἢ ἐπινοῶσιν, ἕκαστα ἀπονέμειν ταχὺ ἑκάστοις οὐ δυνάμενοι βραδεῖς τέ εἰσι καὶ ἀλλοτριονομοῦντες παρορῶσί τε καὶ παρακούουσι καὶ παρανοοῦσι πλεῖστα, καὶ καλοῦνται αὖ οὗτοι ἐψευσμένοι τε δὴ τῶν ὄντων καὶ ἀμαθεῖς. ΘΕΑΙ. ὀρθότατα ἀνθρώπων λέγεις, ὦ Σώκρατες. ΣΩ. φῶμεν ἄρα ἐν ἡμῖν ψευδεῖς δόξας εἶναι; ΘΕΑΙ. σφόδρα γε. ΣΩ. καὶ ἀληθεῖς δή; ΘΕΑΙ. καὶ ἀληθεῖς. ΣΩ. ἤδη οὖν οἰόμεθα ἱκανῶς ὡμολογῆσθαι ὅτι παντὸς μᾶλλον ἐστὸν ἀμφοτέρα τούτω τὼ δόξα; ΘΕΑΙ. ὑπερφυῶς μὲν οὖν. ΣΩ. δεινόν τε, ὦ Θεαίτητε, ὡς ἀληθῶς κινδυνεύει καὶ ἀηδὲς εἶναι ἀνὴρ ἀδολέσχης. ΘΕΑΙ. τί δέ; πρὸς τί τοῦτʼ εἶπες; ΣΩ. τὴν ἐμαυτοῦ δυσμαθίαν δυσχεράνας καὶ ὡς ἀληθῶς ἀδολεσχίαν. τί γὰρ ἄν τις ἄλλο θεῖτο ὄνομα, ὅταν ἄνω κάτω τοὺς λόγους ἕλκῃ τις2 ὑπὸ νωθείας οὐ δυνάμενος πεισθῆναι, καὶ ᾖ δυσαπάλλακτος ἀφʼ ἑκάστου λόγου; ΘΕΑΙ. σὺ δὲ δὴ τί δυσχεραίνεις; ΣΩ. οὐ δυσχεραίνω μόνον ἀλλὰ καὶ δέδοικα ὅτι ἀποκρινοῦμαι ἄν τις ἔρηταί με· ὦ Σώκρατες, ηὕρηκας δὴ ψευδῆ δόξαν, ὅτι οὔτε ἐν ταῖς αἰσθήσεσίν ἐστι πρὸς ἀλλήλας οὔτʼ ἐν ταῖς διανοίαις ἀλλʼ ἐν τῇ συνάψει αἰσθήσεως πρὸς διάνοιαν; φήσω δὲ ἐγὼ οἶμαι καλλωπιζόμενος ὥς τι ηὑρηκότων ἡμῶν καλόν.3 ΘΕΑΙ. ἔμοιγε δοκεῖ, ὦ Σώκρατες, οὐκ αἰσχρὸν εἶναι τὸ νῦν ἀποδεδειγμένον. ΣΩ. οὐκοῦν, φησί, λέγεις ὅτι αὖ τὸν ἄνθρωπον ὃν διανοούμεθα μόνον, ὁρῶμεν δʼ οὔ, ἵππον οὐκ ἄν ποτε οἰηθείημεν εἶναι, ὃν αὖ οὔτε ὁρῶμεν οὔτε ἁπτόμεθα, διανοούμεθα δὲ μόνον καὶ ἄλλʼ οὐδὲν αἰσθανόμεθα περὶ αὐτοῦ; ταῦτα οἶμαι φήσω λέγειν. ΘΕΑΙ. καὶ ὀρθῶς γε. ΣΩ. τί οὖν, φησί, τὰ ἕνδεκα ἃ μηδὲν ἄλλο ἢ διανοεῖταί τις, ἄλλο τι ἐκ τούτου τοῦ λόγου οὐκ ἄν ποτε οἰηθείη δώδεκα εἶναι4 ἃ μόνον αὖ διανοεῖται; ἴθι οὖν δή, σὺ ἀποκρίνου. ΘΕΑΙ. ἀλλʼ ἀποκρινοῦμαι ὅτι ὁρῶν μὲν ἄν τις ἢ ἐφαπτόμενος οἰηθείη τὰ ἕνδεκα δώδεκα εἶναι, ἃ μέντοι ἐν τῇ διανοίᾳ ἔχει, οὐκ ἄν ποτε περὶ αὐτῶν ταῦτα δοξάσειεν οὕτως.
ソクラテス:また、硬い心をもつ人たちの印模も不鮮明である。そこに深さがないからである。そして湿った心をもつ人たちの印模もまた不鮮明である。混ざり合ってしまうことによって、すぐにぼやけてしまうからである。さらにこれらすべてに加えて、もしその人のちっぽけな魂が狭苦しいために、印模が互いに重なり合って押しつぶされているなら、それらは先述の者たちのものよりいっそう不鮮明になる。したがって、これらすべての人は、偽なる意見をもつような者となる。というのも、彼らは何かを見たり、聞いたり、あるいは心に思ったりするとき、個々のものを個々のものに素早く配分することができず、反応が遅く、また見当違いの配分をして、見誤り、聞き誤り、考え誤ることがきわめて多く、そして彼らは今度は実在について欺かれた者、かつ無知な者と呼ばれるのである。 テアイテトス:ソクラテスよ、あなたは人間の中で最も正しいことを言っておられます。 ソクラテス:では、私たちのうちに偽なる意見が存在すると言おうか。 テアイテトス:もちろんです。 ソクラテス:そしてまた、真なる意見も存在するのだね? テアイテトス:はい、真なるものも。 ソクラテス:それでは今や、これら両方の意見が何よりも確実に存在するということが、十分に合意されたと考えてよいかね。 テアイテトス:まったくその通りです。 ソクラテス:テアイテトスよ、おしゃべりな男というのは、本当に恐るべき、そして不快なものになりがちだね。 テアイテトス:どういうことですか。どうしてそのようなことを言われたのですか。 ソクラテス:自分自身の物分かりの悪さに腹を立て、本当にそのおしゃべりさに嫌気がさしたからだ。物分かりが悪くて説得されることもできず、議論のたびにそこからなかなか抜け出せないで、議論をあちこちへと引っ張り回す者を、おしゃべり以外のどんな名前で呼べばよいだろうか。 テアイテトス:しかし、あなたはいったい何に腹を立てておられるのですか。 ソクラテス:腹を立てているだけでなく、誰かが私に次のように尋ねてきたら、どう答えたらよいか恐れてもいるのだ。 「ソクラテスよ、あなたは、偽なる意見とは感覚相互のうちにあるのでもなく、思考のうちにあるのでもなく、感覚と思考の結合のうちにあるのだ、ということをついに発見したというのかね」これに対して私は、あたかも私たちが何か素晴らしいものを発見したかのように、得意顔で「そうだ」と答えると思う。 テアイテトス:ソクラテスよ、少なくとも私には、今証明されたことは恥ずべきこととは思えませんが。 ソクラテス: 「それでは」と相手は言うだろう。 「君が言うには、私たちがただ思考するだけで、見はしない人間を、やはり私たちは、見も触れもしないで、ただ思考するだけで、それについては他に何も感覚していない馬であると、決して思うことはない、ということかね」私はこう言うつもりだ。 テアイテトス:そして、それは正しいでしょう。 ソクラテス: 「では」と相手は言うだろう。 「ただ思考するだけの11という数を、この議論からすれば、同じくただ思考するだけの12であると、決して思うことはないということかね」さあ、今度は君が答えてくれ。 テアイテトス:そうですね、見たり触れたりしているときなら、11を12であると思うこともあるかもしれませんが、しかし、思考の中にのみ保持しているものについては、決してそのように思うことはない、と答えるでしょう。
- 195ἀσαφῆ δὲ καὶ οἱ τὰ σκληρά
前文の「οἱ δὲ δὴ λάσιον καὶ τραχὺ... ἀσαφῆ τὰ ἐκμαγεῖα ἴσχουσιν」から、主動詞 ἴσχουσιν(あるいは動詞 γίγνονται)および目的語である τὰ ἐκμαγεῖα が省略されている。「硬い[心(密櫯)を]持つ者たちの[印模]もまた不鮮明である」と補って解釈する。
- 195cὅταν ἄνω κάτω τοὺς λόγους ἕλκῃ τις
副詞句 ἄνω κάτω(上下に、あちこちに)は動詞 ἕλκῃ(引っ張る)を修飾し、議論を整理できずに混乱させる様子を描写している。接続法を持つ ὅταν 節は一般的・反復的な条件を表す。
- 195dὡς τι ηὑρηκότων ἡμῶν καλόν
主観的・弁解的な接続詞 ὡς を伴う独立属格構文(genitive absolute)。動詞 ηὑρηκότων は完了分詞であり、「あたかも私たちが何か素晴らしいものを発見したかのように」という主観的な理由や見なしを表す。
- 195eἄλλο τι ἐκ τούτου τοῦ λόγου οὐκ ἄν ποτε οἰηθείη δώδεκα εἶναι
ἄλλο τι [ἤ] は、後に否定が続くことで、強い肯定の疑問(「〜ではないだろうか」)を導入する慣用表現として機能する。ここでは ἤ が省略されており、反語的に「この議論からすれば、11を12であると誤認することは決してないのではないか」と問うている。
