- 底本
- Platonis Opera, Tomus I: Tetralogia I-II. Burnet, John, 1863-1928, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg006.humanitext-grc2:188
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-28
ソクラテスとテアイテトスは偽なる思いなしがいかにして可能かを検討し、まず「知っているか知らないか」という二者択一の観点からはそれが不可能であることを確認し、次に「存在することと存在しないこと」という別の観点からのアプローチを試み始める。
ΣΩ. οὐκοῦν τόδε γʼ ἔσθʼ ἡμῖν περὶ πάντα καὶ καθʼ ἕκαστον, ἤτοι εἰδέναι ἢ μὴ εἰδέναι; μανθάνειν γὰρ καὶ ἐπιλανθάνεσθαι μεταξὺ τούτων ὡς ὄντα χαίρειν λέγω1 ἐν τῷ παρόντι· νῦν γὰρ ἡμῖν πρὸς λόγον ἐστὶν οὐδέν. ΘΕΑΙ. ἀλλὰ μήν, ὦ Σώκρατες, ἄλλο γʼ οὐδὲν λείπεται περὶ ἕκαστον πλὴν εἰδέναι ἢ μὴ εἰδέναι. ΣΩ. οὐκοῦν ἤδη ἀνάγκη τὸν δοξάζοντα δοξάζειν ἢ ὧν τι οἶδεν ἢ μὴ οἶδεν; ΘΕΑΙ. ἀνάγκη. ΣΩ. καὶ μὴν εἰδότα γε μὴ εἰδέναι τὸ αὐτὸ ἢ μὴ εἰδότα εἰδέναι ἀδύνατον. ΘΕΑΙ. πῶς δʼ οὔ; ΣΩ. ἆρʼ οὖν ὁ τὰ ψευδῆ δοξάζων, ἃ οἶδε, ταῦτα οἴεται οὐ ταῦτα εἶναι ἀλλὰ ἕτερα ἄττα ὧν οἶδε, καὶ ἀμφότερα εἰδὼς ἀγνοεῖ αὖ ἀμφότερα; ΘΕΑΙ. ἀλλʼ ἀδύνατον, ὦ Σώκρατες. ΣΩ. ἀλλʼ ἆρα, ἃ μὴ οἶδεν, ἡγεῖται αὐτὰ εἶναι ἕτερα ἄττα ὧν μὴ οἶδε, καὶ τοῦτʼ ἔστι τῷ μήτε Θεαίτητον μήτε Σωκράτη εἰδότι2 εἰς τὴν διάνοιαν λαβεῖν ὡς ὁ Σωκράτης Θεαίτητος ἢ Θεαίτητος Σωκράτης; ΘΕΑΙ. καὶ πῶς ἄν; ΣΩ. ἀλλʼ οὐ μήν, ἅ γέ τις οἶδεν, οἴεταί που ἃ μὴ οἶδεν αὐτὰ εἶναι, οὐδʼ αὖ ἃ μὴ οἶδεν, ἃ οἶδεν. ΘΕΑΙ. τέρας γὰρ ἔσται. ΣΩ. πῶς οὖν ἂν ἔτι ψευδῆ δοξάσειεν; ἐκτὸς γὰρ τούτων ἀδύνατόν που δοξάζειν, ἐπείπερ πάντʼ ἢ ἴσμεν ἢ οὐκ ἴσμεν, ἐν δὲ τούτοις οὐδαμοῦ φαίνεται δυνατὸν ψευδῆ δοξάσαι. ΘΕΑΙ. ἀληθέστατα. ΣΩ. ἆρʼ οὖν οὐ ταύτῃ σκεπτέον ὃ ζητοῦμεν, κατὰ τὸ εἰδέναι καὶ μὴ εἰδέναι ἰόντας, ἀλλὰ κατὰ τὸ εἶναι καὶ μή; ΘΕΑΙ. πῶς λέγεις; ΣΩ. μὴ ἁπλοῦν ᾖ ὅτι3 ὁ τὰ μὴ ὄντα περὶ ὁτουοῦν δοξάζων οὐκ ἔσθʼ ὡς οὐ4 ψευδῆ δοξάσει, κἂν ὁπωσοῦν ἄλλως τὰ τῆς διανοίας ἔχῃ. ΘΕΑΙ. εἰκός γʼ αὖ, ὦ Σώκρατες. ΣΩ. πῶς οὖν; τί ἐροῦμεν, ὦ Θεαίτητε, ἐάν τις ἡμᾶς ἀνακρίνῃ· δυνατὸν δὲ ὁτῳοῦν ὃ λέγεται, καί τις ἀνθρώπων τὸ μὴ ὂν δοξάσει, εἴτε περὶ τῶν ὄντων του εἴτε αὐτὸ καθʼ αὑτό; καὶ ἡμεῖς δή, ὡς ἔοικεν, πρὸς ταῦτα φήσομεν· ὅταν γε μὴ ἀληθῆ οἴηται οἰόμενος· ἢ πῶς ἐροῦμεν; ΘΕΑΙ. οὕτως. ΣΩ. ἦ οὖν καὶ ἄλλοθί που τὸ τοιοῦτόν ἐστιν; ΘΕΑΙ. τὸ ποῖον; ΣΩ. εἴ τις ὁρᾷ μέν τι, ὁρᾷ δὲ οὐδέν. ΘΕΑΙ. καὶ πῶς; ΣΩ. ἀλλὰ μὴν εἰ ἕν γέ τι ὁρᾷ, τῶν ὄντων τι ὁρᾷ. ἢ σὺ οἴει ποτὲ τὸ ἓν ἐν τοῖς μὴ οὖσιν εἶναι; ΘΕΑΙ. οὐκ ἔγωγε. ΣΩ. ὁ ἄρα ἕν γέ τι ὁρῶν ὄν τι ὁρᾷ. ΘΕΑΙ. φαίνεται.
ソクラテス:それでは、私たちにとって、あらゆるものについて、また個々のものについて、知っているか知っていないかのいずれかである、ということは成り立たないだろうか?というのも、これらの中間にあるものとして存在する「学ぶこと」と「忘れること」については、現時点では関わりなくしておく(さようならを言う)ことにしよう。なぜなら、今の私たちの議論には、それらは何の関係もないからだ。 テアイテトス:しかしソクラテスよ、個々のことについて、知っているか、それとも知っていないかのほかには、他にいかなる選択肢も残されていません。 ソクラテス:とすれば、思いなしを抱く者は、自分が知っている事柄のどれかについて思いなすか、あるいは知らない事柄について思いなすかの、いずれかでなければならないね。 テアイテトス:必然的にそうです。 ソクラテス:そして、知っている者が同じそのものを知らないでいること、あるいは、知らない者がそれを知っていることは不可能なことだね。 テアイテトス:どうしてそうでないことがありましょう。 ソクラテス:それでは、偽なる思いなしを抱く者は、自分が知っている事柄について、これらを、それら自身ではなく、自分が知っている他の別の何かであると思いなしており、その結果、両方を知っていながら、再び両方を知らないでいるのだろうか。 テアイテトス:しかし、それは不可能です、ソクラテスよ。 ソクラテス:それでは、自分が知らない事柄について、それらを、自分が知らない他の別の何かであると考えているのだろうか。そして、これは、テアイテトスをもソクラテスをも知らない者が、「ソクラテスはテアイテトスである」とか「テアイテトスはソクラテスである」と頭の中で考えるようなものだろうか。 テアイテトス:いったいどうしてそんなことがあり得ましょう。 ソクラテス:だがもちろん、ある人が知っている事柄について、それを自分が知らない事柄であると思いなすこともなければ、逆に知らない事柄について、それを知っている事柄であると思いなすこともないはずだ。 テアイテトス:そんなことがあれば、怪物(奇妙極まりないこと)になってしまいます。 ソクラテス:では、どうすればなおも偽なる思いなしを抱くことができるだろうか。というのも、これらのケースの外で思いなすことは不可能なはずだし、私たちはすべてのものを知っているか知らないかのどちらかであり、これらの中には偽なる思いなしを抱くことが可能である場所はどこにも見当たらないからだ。 テアイテトス:まったくその通りです。 ソクラテス:それでは、私たちが探求している事柄を、知っていることと知らないことという観点に沿って追うのではなく、ある(存在する)こととあらぬ(存在しない)ことという観点に沿って吟味すべきではないだろうか。 テアイテトス:どういうことですか。 ソクラテス:あるいは、次のような単純なことではないだろうか。すなわち、何であれ、あらぬこと(存在しないこと)を思いなす者は、その思考の状態が他の点においてどのようであろうとも、偽なる思いなしを抱くことにならないはずがない(必ず偽なる思いなしを抱くことになる)、ということだ。 テアイテトス:ソクラテスよ、今度はそれこそがありそうなことです。 ソクラテス:それではどうしようか。テアイテトスよ、もし誰かが私たちに次のように尋ねたら、私たちは何と言おうか。 「言われていることは誰にとっても可能なのでしょうか。すなわち、ある人が、存在するものの何かについてであれ、それ自体としてであれ、あらぬこと(存在しないこと)を思いなすなどということが、はたして可能なのですか」と。 そして、私たちはこれに対して、どうやら次のように言うだろうね。 「そのように思いなす者が、真実でないことを思いなすときには(可能だ)」と。 それとも、私たちは何と言うだろうか。 テアイテトス:そのように言います。 ソクラテス:それでは、これに類することが、他の何らかの領域においても存在するだろうか。 テアイテトス:どのようなことですか。 ソクラテス:ある人が、何かを見ているのだが、何も見ていない、というようなことだ。 テアイテトス:どうしてそんなことがありましょう。 ソクラテス:しかし、もしその人が少なくとも一つのあるものを見ているなら、存在するもののうちの何かを見ているのだ。それとも君は、「一つ」ということが、かつて存在しないもののうちにあると考えたことがあるかね。 テアイテトス:私はそうは思いません。 ソクラテス:とすれば、少なくとも一つのあるものを見ている者は、存在する何かを見ているのだね。 テアイテトス:そのように思われます。
- 188aχαίρειν λέγω
「さようならを言う」「退ける」を意味する慣用表現。ここでは「議論の対象から除外する」「今は考慮しない」という意味で使われており、学習(μανθάνειν)と忘却(ἐπιλανθάνεσθαι)を当面の探求から外すことを示している。
- 188bτῷ μήτε Θεαίτητον μήτε Σωκράτη εἰδότι
可能を表す非人称的動詞として用いられている ἔστι の意味上の主語を表す与格。不定詞句 εἰς τὴν διάνοιαν λαβεῖν に係り、「〜を知らない者にとって、心に抱くことが可能である」という構造を形成する。
- 188dμὴ ἁπλοῦν ᾖ ὅτι
μὴ +接続法(ᾖ)による主節の独立構文で、「〜ではないだろうか」という控えめな主張や推量を表す。ὅτι 節は形容詞 ἁπλοῦν(単純なこと)の内容を具体的に説明する名詞節。
- 188dοὐκ ἔσθʼ ὡς οὐ
二重否定によって強い肯定(「〜でないということはありえない」「必ず〜となる」)を表す慣用的な構文。ここでは δοξάσει(未来直説法)を伴い、非存在を思いなす者が偽なる思いなしを抱くことが不可避であることを示している。
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-06-21)
- 2026-06-21 校訂者 — 訳文 1 件
