テルトゥリアヌス · Tertullian
処女のヴェールについて
On Veiling Virgins
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底本
Tertullian. Quinti Septimii Florentis Tertulliani Quae Supersunt Omnia, Volume 1. Oehler, Franz, editor. Leipzig: Weigel, 1853.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA 4.0
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要旨
本作は、キリスト教会の未婚の処女が礼拝や公の場においてベールを着用すべきであるという主張を、神学的・論理的に展開した論説です。著者は、真理は不変であり教会の規律は進歩するものであるという前提から説き起こし、聖書と慣行の双方から自身の主張を論証します。議論の中心となるのは、使徒パウロが用いた「婦人(ムリエル)」という語の解釈であり、著者はこれが既婚者だけでなく処女をも含む女性全体を指す概念であることを、創世記や新約聖書の例から実証します。さらに、肉体的・精神的な成熟に伴って処女性を隠すベールを着用することが、虚栄心を抑え、道徳的な堕落や誘惑から身を守るための防壁になると主張します。最終的に、聖書、自然、規律のすべてが完全な被覆を求めていることを宣言し、形式的な着用や妥協を厳しく退けています。
目次
11 チャンク
引用方式:chapter
- §1
習慣に勝る真理と聖霊による規律の成熟
テルトゥリアヌスは、処女たちが成人した時からベールをかぶるべきであるという自身の主張をラテン語でも論じ、真理は古い習慣や人々の擁護に左右されない普遍的なものであること、そして聖霊(慰め主)の導きによって教会の規律は有機的に進歩・成熟していくものであることを説明している。
- §2-3
使徒的教会の慣習と被覆をめぐる論争
著者はギリシャや異邦の教会の先例を挙げ、処女を覆い隠す習慣こそが神の規律に合致することを論じる。かつては個人の判断に委ねられていた被覆が、悪魔の介入による争点となった現状を憂い、真理が自ら立ち上がってその本来の定説を聖書に基づいて明かすべきだと説く。
- §4
婦人という語による処女の包含と被覆規定
テルトゥリアヌスは、パウロがベール着用を規定した際に「処女」ではなく「婦人」と書いたことを根拠に処女は除外されると主張する敵対者に反論し、「婦人」が「処女」を包含する普遍的な総称であることを言語的・論理的観点から実証する。
- §5
アダムによる命名と性の総称としての婦人
アダムがエバを創造直後に「婦人(mulier)」と呼んだ記述に基づき、この語が結婚前の処女をも含む「女性」という性そのものを指す言葉であることを論じ、預言的な未来の呼称であるとする反論を退ける。
- §6-7
マリアの呼称と被覆を命じる使徒の論拠
第6章では使徒パウロや天使ガブリエルが処女マリアを「婦人」と呼んだ例を挙げ、婚約しているかどうかに関わらず処女が「婦人」と呼ばれることを示す。第7章では、女性がヴェールを被るべきという使徒の諸論拠(頭としての男、天使の誘惑、自然の覆いとしての髪)が処女にも等しく適用されることを論じる。
- §8
男と女の普遍的範疇とコリント教会の慣行
著者は、男性が頭を覆わない理由を説明し、「男」や「婦人」という言葉が少年や処女をも包括する普遍的なカテゴリーであることを論じる。さらに、コリントの教会での実際の慣行を引き合いに出し、処女がヴェールを被るべきであることを結論づける。
- §9-10
教会規則の普遍性と処女性の誇示への批判
著者は、教会の様々な規定が女性全体に課されている以上、処女もそこから除外されないことを論じ、男性の節制の価値と比較しながら、女性が処女性を誇示して頭を覆わないことの不当性を主張する。
- §11
肉体的成熟と被覆の義務が生じる年齢
使徒パウロの規定から生じうる「誕生時から処女に被覆を義務付けるべきか」という反論に対し、著者は肉体的・精神的な成熟(初潮や性の自覚、適齢期)をもって少女は処女の段階を脱して大人の女性となり、被覆の義務が生じるのだと論じ、リベカの例や自然の掟を引いて説明する。
- §12-13
年齢による成熟の証拠と処女性誇示の虚栄
著者は、肉体と精神の成熟という自然の証拠が年齢に伴って現れる以上、服装だけで処女を偽装することは無意味であると論じ、虚栄心から教会内だけでベールを外して処女性を誇示することを批判する。
- §14-15
名誉を求める危険性と身を守る兜としてのベール
筆者は、処女たちが名誉や人目を引くためにベールをつけないことが、肉体的な堕落や不義の隠蔽(中絶や嘘)といった深刻な罪を招くことになると警告する。これに対し、真の処女は誘惑や邪視(ファスキヌム)から身を守るためにベールを兜や盾として用い、ただ神の前にのみ留まるべきであることを主張する。
- §16-17
頭部を完全に覆うことの義務と不十分な被覆の批判
テルトゥリアヌスは聖書、自然、規律に基づき、処女や既婚女性が頭を完全に覆うべきであることを主張し、部分的な被覆や不十分な隠蔽を非難する。
