底本
Augustine. Sancti Aureli Augustini Opera, Sectio V, Pars III (Corpus scriptorum ecclesiasticorum Latinorum, Volume 41). Zycha, Joseph, editor. Prague; Vienna; Leipzig: F. Tempsky; G. Freytag, 1900.
原文データ出典
Open Greek and Latin · CC BY-SA 4.0
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要旨
本作は、キリスト教的な「忍耐(patientia)」の神学的意義を解き明かすアウグスティヌスの論考です。著者はまず、世俗的な欲望や悪事のために肉体的な労苦を耐える「頑なさ」と、神のために耐える「真の忍耐」を厳格に区別します。ヨブをその模範として挙げつつ、苦難から逃れるための自殺は不忍耐の極みであると非難します。そして議論の中核として、真の忍耐は人間の自然な自由意志のみによって生じるものではなく、聖霊を介して神から注がれる愛と恩恵(gratia)によるものであると主張します。アブラハムの子らの譬えを用いながら、恩恵による真の忍耐こそが永遠の至福をもたらすと結論づけます。
目次
10 チャンク
引用方式:section
- §1-3
神の超越的な忍耐と人間の世俗的な忍耐
神の超越的な忍耐と人間の忍耐の違いを論じ、この世の人々が虚しい欲望や一時的な快楽を得るために進んで受ける肉体的な苦痛と忍耐の限界を指摘する。
- §4-6
悪人の頑なさと真の忍耐の区別
悪人が犯罪や世俗的な目的のために示す肉体的な耐性は真の「忍耐」ではなく「頑なさ」であることを示し、無価値なものや一時的な肉体のために人々がこれほどの労苦を耐えるならば、私たちは永遠の救いと魂のためにいかに耐えるべきかを説く。
- §7-8
精神の内の忍耐と肉体の忍耐の二態
正義のために肉体の苦難を耐えることは将来の不朽をもたらすと論じ、肉体が無傷なまま精神が誘惑を堪え忍ぶ「精神の内の忍耐」と、迫害下で肉体そのものが苦難を被る「肉体の忍耐」の二つの様態を、聖書の記述を通じて解説する。
- §9-10
ヨブの忍耐の試練と苦難回避の自殺の断罪
セクション9では、目に見えない悪魔からの隠れた攻撃に耐えた聖なるヨブの試練(財産、子供、健康の喪失、妻や友人からの非難)とその忍耐の模範が語られます。セクション10では、苦難から逃れるために自殺を選ぶ人々の不忍耐を論駁し、自殺が殺人や尊属殺害よりも重い罪であり、決して殉教の栄光をもたらさないことを論じます。
- §11-13
神の恩恵としての忍耐と自由意志による反論
アウグスティヌスは、聖書に現れる忍耐の教えを引用し、真の忍耐は人間の自由意思のみによるのではなく、神からの恵みとして与えられるものであると主張する。そして、人間の自然な意志の力だけであらゆる苦難に耐えられると主張するペラギウス主義的(あるいは自律主義的)な反論を紹介する。
- §14-15
神への愛から生じる真の忍耐と世への渇望
著者は、不義なる者の偽りの忍耐は世への渇望から生じ、人間の意志のみで十分であるが、義なる者の真の忍耐は神から聖霊を通して注がれる愛に由来し、神の助けが不可欠であることを論じる。さらに、使徒パウロの言葉を引用して、神の愛こそが信徒にいかなる苦難をも耐え忍ばせる真の忍耐の源であることを強調する。
- §16-17
世の欲による忍耐と恩恵としての神への愛
悪人の忍耐を促す欲が世に由来すること、それに対して義人の真の忍耐の源である神への愛が神の恩恵によって与えられるものであることを論じ、選びの教義を聖書を引用して解説する。
- §18-21
古代の義人の義認と神の選びの無償性
アウグスティヌスは、古代の義人たちも恩恵によってのみ義とされたこと、そして神の選びが無償のものであることを論じ、人間の忍耐を支えるのは神の愛であり、世俗の情欲に基づく忍耐は病的な狂気にすぎないこと、さらに悪しき意志は悪霊の唆しがなくとも自立的に生じ得ることを示している。
- §22-24
善き意志の源泉と教会分裂者の忍耐
神の愛が与えられない限り善き意志は存在し得ず、カトリック教会から分裂した者が耐え忍ぶ苦難は天国には至らないが最後の審判での刑罰を和らげることを説き、その忍耐が神の贈り物であるかを問う。
- §25
真の相続人の贈り物と愛による忍耐の永続性
アウグスティヌスは、忍耐を含む神の贈り物には、神の真の相続人(自由なエルサレムの子ら)のためのものと、そうでない者(そばめの子ら)も受け取れるものがあることを、アブラハムの息子の喩えを用いて論じる。そして、愛に満ちた真の忍耐は永遠の至福という実りをもたらすため、決して滅びることがないと結論づける。
