§7.16.1Τὸ ἡγεμονικὸν αὐτὸ ἑαυτῷ οὐκ ἐνοχλεῖ, οἷον λέγω, οὐ φοβεῖ ἑαυτὸ εἰς ἐπιθυμίαν.
支配中枢それ自体は、自分自身を煩わせることはない。 たとえば、私の言うのは、自分自身を恐れさせたり、欲望へと駆り立てたりはしないということだ。
εἰ δέ τις ἄλλος αὐτὸ φοβῆσαι ἢ λυπῆσαι δύναται, ποιείτω·
もし他の何かがそれを恐れさせたり悲しませたりできるなら、そうさせるがよい。
αὐτὸ γὰρ ἑαυτὸ ὑποληπτικῶς οὐ τρέψει εἰς τοιαύτας τροπάς.
なぜなら、それ自体は、判断によって自分自身をそのような動揺へと向かわせることはないからである。
τὸ σωμάτιον μὴ πάθῃ τι, αὐτὸ μεριμνάτω, εἰ δύναται, καὶ λεγέτω, εἴ τι πάσχει·
肉体が何か苦痛を被らないようにということは、もしできるなら肉体自身に心配させ、もし何かを被っているならそう言わせるがよい。
τὸ δὲ ψυχάριον τὸ φοβούμενον, τὸ λυπούμενον, τὸ περὶ τούτων ὅλως ὑπολαμβάνον, οὐδὲν μὴ πάθῃ·
しかし、恐れ、悲しみ、これらについておよそ判断を下す当の魂は、いかなる害も被ることはない。
οὐ γὰρ ἄξεις αὐτὸ εἰς κρίσιν τοιαύτην.
なぜなら、おまえがそれをそのような判断へと導くことはないからである。
ἀπροσδεές ἐστιν ὅσον ἐφ’ ἑαυτῷ τὸ ἡγεμονικόν, ἐὰν μὴ ἑαυτῷ ἔνδειαν ποιῇ·
支配中枢は、それ自身に関する限り、もし自分自身に欠乏を作り出さないならば、何も必要としない。
κατὰ ταὐτὰ δὲ καὶ ἀτάραχον καὶ ἀνεμπόδιστον, ἐὰν μὴ ἑαυτὸ ταράσσῃ καὶ ἐμποδίζῃ.
同様にまた、もし自分自身を乱し妨げないならば、乱されることもなく、妨げられることもない。