§5.16.1Οἷα ἂν πολλάκις φαντασθῇς, τοιαύτη σοι ἔσται ἡ διάνοια·
おまえがどのようなことをしばしば心に描くかによって、おまえの精神もそのようなものになるだろう。
βάπτεται γὰρ ὑπὸ τῶν φαντασιῶν ἡ ψυχή.
なぜなら、魂は表象によって染められるからである。
βάπτε οὐν αὐτὴν τῇ συνεχείᾳ τῶν τοιούτων φαντασιῶν·
それゆえ、次のような表象を絶えず与えることによって魂を染めるがよい。
οἷον, ὅτι ὅπου ζῆν ἐστιν, ἐκεῖ καὶ εὖ ζῆν·
例えば、「生きることがある場所、そこではよく生きることもできる。
ἐν αὐλῇ δὲ ζῆν ἐστιν·
宮廷で生きることもある。
ἔστιν ἄρα καὶ εὖ ζῆν ἐν αὐλῇ.
それゆえ、宮廷においてもよく生きることはできる」というように。
καὶ πάλιν, ὅτι οὗπερ ἕνεκεν ἕκαστον κατεσκεύασται, πρὸς τοῦτο φέρεται·
また、「それぞれのものがそのために造られた目的、その目的に向かってそれは引き寄せられる。
πρὸς ὃ φέρεται δέ, ἐν τούτῳ τὸ τέλος αὐτοῦ·
そして、それが向かって引き寄せられるもの、その中にそれの目的がある。
ὅπου δὲ τὸ τέλος, ἐκεῖ καὶ τὸ συμφέρον καὶ τὸ ἀγαθὸν ἑκάστου·
そして目的があるところ、そこにそれぞれの便益と善もある。
τὸ ἄρα ἀγαθὸν τοῦ λογικοῦ ζῴου κοινωνία.
それゆえ、理性的動物の善とは共同社会である」というように。
ὅτι γὰρ πρὸς κοινωνίαν γεγόναμεν, πάλαι δέδεικται·
なぜなら、私たちが共同社会のために造られたということは、すでに以前から示されているからである。
ἢ οὐκ ἦν ἐναργὲς ὅτι τὰ χείρω τῶν κρειττόνων ἕνεκεν, τὰ δὲ κρείττω ἀλλήλων;
それとも、劣ったものは優れたもののためにあり、優れたものは互いのためにあるということは、明白ではなかったか。
κρείττω δὲ τῶν μὲν ἀψύχων τὰ ἔμψυχα, τῶν δὲ ἐμψύχων τὰ λογικά.
そして、無魂のものよりも有魂のものが優れており、有魂のものよりも理性的なものが優れているのである。