§12.4.1Πολλάκις ἐθαύμασα πῶς ἑαυτὸν μὲν ἕκαστος μᾶλλον πάντων φιλεῖ, τὴν δὲ ἑαυτοῦ περὶ αὑτοῦ ὑπόληψιν ἐν ἐλάττονι λόγῳ τίθεται ἢ τὴν τῶν ἄλλων.
私はしばしば、いかにして誰もが自分自身を他の誰よりも愛していながら、自分自身についての自分自身の評価を、他人の評価よりも低く見積もっているのかを不思議に思ってきた。
ἐὰν γοῦν τινα θεὸς ἐπιστὰς ἢ διδάσκαλος ἔμφρων κελεύσῃ μηδὲν καθ’ ἑαυτὸν ἐνθυμεῖσθαι καὶ διανοεῖσθαι ὃ μὴ ἄμα καὶ γεγωνίσκων ἐξοίσει, οὐδὲ πρὸς μίαν ἡμέραν τοῦτο ὑπομενεῖ.
たとえば、もし神が傍らに立つか、あるいは賢明な教師が誰かに向かって、同時に大声で口に出して表明しないようなことは、心の中でいかなることも思い浮かべたり考えたりしてはならないと命じたなら、その人は一日たりともこれに耐えられないだろう。
οὕτως τοὺς πέλας μᾶλλον αἰδούμεθα, τί ποτε περὶ ἡμῶν φρονήσουσιν, ἢ ἑαυτούς.
このように、私たちは自分自身よりも、隣人が私たちのことを一体どう思うかをより恐れ憚っているのである。