Humanitext Reader

マルクス・アウレリウス · 自省録 §10.24.1

支配主導部の状態と役割についての自己吟味

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要旨

著者は自己の支配主導部(ヘゲモニコン)の現状や用途、そしてそれが理性や共同体から乖離していないか、あるいは肉体に支配されていないかを自問する。

§10.24.1Τί ἐστί μοι τὸ ἡγεμονικόν μου καὶ ποῖόν τι αὐτὸ ἐγὼ ποιῶ νῦν καὶ πρὸς τί ποτε αὐτῷ νῦν χρῶμαι;
私の支配主導部は私にとって何であるか。 今、私はそれをどのようなものにしているか。 そして今、私はそれをいったい何のために用いているか。
μήτι κενὸν νοῦ ἐστι;
それは理性を欠いたものではあるまいな。
μήτι ἀπόλυτον καὶ ἀπεσπασμένον κοινωνίας;
共同体から切り離され、引き離されたものではあるまいな。
μήτι προστετηκὸς καὶ ἀνακεκραμένον τῷ σαρκιδίῳ, ὥστε τούτῳ συντρέπεσθαι;
この卑小な肉体に癒着し、混ざり合わされ、その結果これとともに引きずられて変化するようなものではあるまいな。

語釈・文法注

  1. §10.24.1μοι — 関心の与格(あるいは倫理与格)であり、「私にとって」あるいは「私の」という意味を文脈に付加している。
  2. §10.24.1κοινωνίας — 分離の属格。先行する形容詞 ἀπόλυτον(解き放たれた)および完了分詞 ἀπεσπασμένον(引き離された)の両方を修飾している。
  3. §10.24.1συντρέπεσθαι — 接続詞 ὥστε(その結果〜となる)に導かれる不定法。「ともに走る」から、肉体の動きや衝動に「同調する」「引きずられて変化する」ことを意味する。

この箇所を引用する

マルクス・アウレリウス, 自省録 §10.24.1. Humanitext Reader, https://reader.humanitext.ai/text/urn:cts:greekLit:tlg0562.tlg001.humanitext-grc2:10.24.1

AIによる草稿訳である旨と閲覧日を添えてください。

訳文・注・要旨はAIによる草稿で、読者の指摘により改訂されています。