§33.1Διὰ τί φέρεταί τι οὐ τὴν αὐτοῦ φοράν, μὴ ἀκολουθοῦντος καὶ ὠθοῦντος τοῦ ἀφέντος;
なぜ、放った者が追随して押しているわけでもないのに、あるものは自身本来の運動ではない方向へ動かされるのだろうか。
Ἤ δῆλον ὅτι ἐποίησε τοιοῦτον τὸ πρῶτον ὡς θάτερον ὤθεῖν, καὶ τοῦθ’ ἕτερον·
あるいは、最初のものを、別のものを押すような性質にし、さらにこの別のものがまた別のものを押すようにしたということは明らかだろうか。
παύεται δέ, ὅταν μηκέτι δύνηται ποιεῖν τὸ προωθοῦν τὸ φερόμενον ὥστε ὠθεῖν, καὶ ὅταν τὸ τοῦ φερομένου βάρος ῥέπῃ μᾶλλον τῆς εἰς τὸ πρόσθεν δυνάμεως τοῦ ὠθοῦντος.
そして、前方に推し進めるものが、動かされているものを[さらに次を]押すようにさせることがもはやできなくなるとき、また、動かされているものの重さが、押すものの前方への力よりも勝って(下方に)傾くときに、それは停止するのである。