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自然学(別稿)

§2#1

動者と被動者の接触と移動の四分類

第一動者(始動因)と被動者が中間に何も挟まず「共にある(接触している)」ことを論じる。場所的運動(移動)を押し・引き・乗せられ・回転の四つに分類し、その他のあらゆる場所的運動がこれらに還元され、いずれの場合も動者と被動者が直接接触していることを示す。

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§2#1

Τὸ δὲ πρῶτον κινοῦν, μὴ ὡς τὸ οὗ ἕνεκεν, ἀλλʼ ὅθεν ἡ ἀρχὴ τῆς κινήσεως,1 ἐστὶν ἅμα τῷ κινουμένῳ. ἅμα δὲ λέγω, διότι οὐθὲν αὐτῶν μεταξύ ἐστιν·2 τοῦτο γὰρ κοινὸν ἐπὶ παντὸς κινουμένου καὶ κινοῦντός ἐστιν. ἐπεὶ δὲ τρεῖς εἰσὶν κινήσεις, ἥ τε κατὰ τόπον καὶ κατὰ τὸ ποιὸν καὶ κατὰ τὸ ποσόν, ἀνάγκη καὶ τὰ κινούμενα τρία· ἡ μὲν οὖν κατὰ τόπον φορά, ἡ δὲ κατὰ τὸ ποιὸν ἀλλοίωσις, ἡ δὲ κατὰ τὸ ποσὸν αὔξησις καὶ φθίσις. πρῶτον μὲν οὖν ὑπὲρ τῆς φορᾶς εἴπωμεν· αὕτη γὰρ πρώτη τῶν κινήσεών ἐστιν. Ἅπαν δὴ τὸ φερόμενον ἤτοι αὐτὸ ὑφʼ αὐτοῦ κινεῖται ἢ ὑφʼ ἑτέρου. εἰ μὲν οὖν ὑφʼ αὐτοῦ, φανερὸν ὡς ἐν αὐτῷ τοῦ κινοῦντος ὑπάρχοντος ἅμα τὸ κινοῦν καὶ τὸ κινούμενον ἔσται, καὶ οὐθὲν αὐτῶν μεταξύ· τὸ δʼ ὐπ᾿ ἄλλου κινούμενον τετραχῶς κινεῖται· αἱ γὰρ ὑφʼ ἑτέρου κινήσεις τέτταρές εἰσιν, ὦσις | ἕλξις ὄχησις δίνησις. καὶ γὰρ τὰς ἄλλας πάσας εἰς ταύτας ἀνάγεσθαι συμβαίνει. τῆς μὲν οὖν ὤσεως τὸ μὲν ἔπωσις τὸ δὲ ἄπωσίς ἐστιν, ἔπωσις μὲν οὖν ἐστιν ὅταν τὸ κινοῦν τοῦ κινουμένου μὴ ἀπολείπηται, ἄπωσις δὲ ὅταν τὸ ἀπωθοῦν ἀπολείπηται. ἡ δὲ ὄχησις ἐν ταῖς τρισὶν ἔσται κινήσεσιν. τὸ μὲν γὰρ ὀχούμενον οὐ καθʼ αὐτὸ κινεῖται ἀλλὰ κατὰ συμβεβηκός (τῷ γὰρ | ἐν κινουμένῳ εἶναι ἢ ἐπὶ κινουμένου κινεῖται. τὸ δὲ ὀχοῦν κινεῖται ἢ ὠθού|μενον ἢ ἑλκόμενον ἢ δινούμενον. φανερὸν οὖν ὅτι ἡ ὄχησις ἐν ταῖς τρισὶν ἔσται κινήσεσιν. ἡ δʼ ἕλξις ὅταν ἤτοι πρὸς αὐτὸ ἢ πρὸς ἕτερον θάττων ᾖ | ἡ κίνησις ἡ τοῦ ἕλκοντος μὴ χωριζομένη τῆς τοῦ ἑλκομένου.3 καὶ γὰρ πρὸς αὐτό ἐστιν ἡ ἕλξις καὶ πρὸς ἕτερον. καὶ αἱ λοιπαὶ δὲ αὐ|ταὶ τῷ εἴδει εἰς ταῦτα ἀναχθήσονται, οἷον ἡ εἴσπνευσις καὶ ἡ ἔκπνευσις καὶ ἡ πτύσις καὶ ὅσαι τῶν σωμάτων ἢ ἐκκριτικαὶ ἢ ληπτικαίεἰσι, καὶ | ἡ σπάθησις δὴ καὶ ἡ κέρκισις· τὸ μὲν γὰρ αὐτῶν σύγκρισις τὸ δὲ διάκρι|σις. καὶ πᾶσα δὴ κίνησις ἡ κατὰ τόπον σύγκρισις καὶ διάκρισίς ἐστιν. ἡ | δὲ δίνησις σύγκειται ἐξ ἕλξεως καὶ ὤσεως. τὸ μὲν γὰρ ὠθεῖ τὸ κινοῦν, τὸ | δʼ ἕλκει. φανερὸν οὖν ὡς ἐπεὶ ἅμα τὸ ὠθοῦν καὶ τὸ ἕλκον τῷ ἑλκομένῳ | καὶ ὠθουμένῳ ἐστίν, οὐθὲν μεταξὺ τοῦ κινουμένου καὶ τοῦ κινοῦντός ἐστιν. | τοῦτο δὲ δῆλον καὶ ἐκ τῶν ὡρισμένων· ἡ μὲν γὰρ ὦσις ἢ ἀφʼ ἑαυτοῦ ἢ ἀπʼ ἄλλου πρὸς ἄλλο κίνησις, ἡ δʼ ἕλξις ἀπʼ ἄλλου πρὸς αὐτὸ ἢ πρὸς ἄλλο. ἔτι ἡ σύνωσις καὶ ἡ δίωσις. ἡ δὲ ῥῖψις ὅταν θάττων ἡ κίνησις γένηται τῆς κατὰ φύσιν τοῦ φερομένου4 σφοδροτέρας γενομένης τῆς ὤσεως, | καὶ μέχρι τούτου συμβαίνει φέρεσθαι μέχρι ἂν οὗ σφοδροτέρα ᾖ ἡ κίνησις τοῦ φερομένου· φανερὸν δὴ ὅτι τὸ κινούμενον καὶ τὸ κινοῦν ἅμα, καὶ οὐθὲν | αὐτῶν ἐστιν μεταξύ.

第一の運動させるものは、目的因としてではなく、運動の始まりがそこから生じるものとしてであるが、運動させられるものと共にある。私が「共にある」と言うのは、それらの間に中間的なものが何もないからである。なぜなら、これはすべての運動させられるものと運動させるものに共通だからである。ところで、運動には三つ、すなわち場所に関するもの、性質に関するもの、量に関するものがあるのだから、運動させられるものもまた三つであることが必然である。すなわち、場所に関する運動は移動であり、性質に関する運動は変化であり、量に関する運動は増加と減少である。そこでまず、移動について語ることにしよう。なぜなら、これが運動のうちで第一のものだからである。 さて、移動させられるものはすべて、それ自身によって運動させられるか、あるいは他者によって運動させられるかのいずれかである。そこで、もし自身によってであるなら、運動させるものがその中にあるのであるから、運動させるものと運動させられるものは共にあることになり、それらの間に中間的なものは何もないということは明らかである。しかし、他者によって運動させられるものは四つの仕方で運動させられる。というのも、他者による運動は四つ、すなわち押し、引き、乗せられ、回転だからである。実際、他のすべての運動もこれらに還元されることになる。さて、押しのうち、一方は押し進めであり、他方は押し放しである。押し進めとは、運動させるものが運動させられるものから離れないときであり、押し放しとは、押し出すものが離れるときである。また、乗せられは、これら三つの運動のうちにあるだろう。なぜなら、乗せられているものは、それ自体として運動するのではなく、偶性的に運動するからであり、というのも、運動しているものの中にあるか、あるいは運動しているものの上に乗っていることによって運動するからである。他方、乗せているものは、押されるか、引かれるか、あるいは回転させられることによって運動する。したがって、乗せられがこれら三つの運動のうちにあることは明らかである。また、引きとは、引くものの運動が、引かれるものの運動から切り離されることなく、それ自身に向かってか、あるいは他方に向かって、より速いときである。実際、引きはそれ自身に向かうものでもあり、他方に向かうものでもあるからである。そして、残りの運動も、種において同じものとしてこれらに還元されるだろう。例えば、吸気や呼気、唾吐き、および体から排出されたり取り込まれたりするすべての働き、さらに筬打ちや杼通しもそうである。なぜなら、それらのうち一方は結合であり、他方は分離だからである。そして実に、すべての場所に関する運動は結合と分離である。また、回転は引きと押しから合成されている。なぜなら、運動させるものは一方では押し、他方では引くからである。したがって、押すものと引くものは、引かれるものと押されるものと共にあるのだから、運動させられるものと運動させるものとの間には、中間的なものは何もないということは明らかである。 このことは、定義されたことからも明らかである。なぜなら、押しとは、自身から、あるいは他から他への運動であり、引きとは、他から自身へ、あるいは他への運動だからである。さらに、押し集めと押し分けがある。また、投げとは、押しがより激しくなることによって、運ばれるものの自然な運動よりもその運動が速くなるときであり、そして、運ばれるものの運動がより激しい間、運ばれることが起こるのである。したがって、運動させられるものと運動させるものは共におり、それらの間には何もないということは明らかである。

構文注4 件
  1. 243a2Τὸ δὲ πρῶτον κινοῦν, μὴ ὡς τὸ οὗ ἕνεκεν, ἀλλʼ ὅθεν ἡ ἀρχὴ τῆς κινήσεως

    「第一の運動させるもの」について、目的因(μὴ ὡς τὸ οὗ ἕνεκεν)ではなく、始動因(作用因)(ἀλλʼ ὅθεν ἡ ἀρχὴ τῆς κινήσεως)を指していることを明記している。これは、動者と被動者が空間的に接触していることを議論するための前提規定である。

  2. 243a5ἅμα δὲ λέγω... διότι οὐθὲν αὐτῶν μεταξύ ἐστιν

    副詞「共にある(ἅμα)」を、時間的同時性ではなく、「それらの間に中間的なものが何もない」という空間的隣接(接触)の意味として定義している。本章の物理的・接触的因果関係の議論を支える核となる定義である。

  3. 243a25ἡ δʼ ἕλξις ὅταν ἤτοι πρὸς αὐτὸ ἢ πρὸς ἕτερον θάττων ᾖ ἡ κίνησις ἡ τοῦ ἕλκοντος μὴ χωριζομένη τῆς τοῦ ἑλκομένου

    「引き(ἕλξις)」の定義。分詞句 μὴ χωριζομένη(切り離されることなく)は引くものの運動(ἡ κίνησις ἡ τοῦ ἕλκοντος)を修飾する。引くものの速度が被動者よりも「速い(θάττων)」ことで引く力が作用するが、両者が離れることはないという、接触の連続性を説明している。

  4. 244a16ἡ δὲ ῥῖψις ὅταν θάττων ἡ κίνησις γένηται τῆς κατὰ φύσιν τοῦ φερομένου

    「投げ(投射運動)」の分析。比較の属格 τῆς κατὰ φύσιν[κινήσεως]は、投射物の「(本来の)自然な運動」を指す。与えられた押し(推力)が、その物体本来の自然な運動速度を上回る限りにおいて、投げられたものの移動運動が継続することを示す構文である。

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)urn:cts:greekLit:tlg0086.tlg054.humanitext-grc1:2#1