- 底本
- Aristotle. Aristotelis De animalium motione et De animalium incessu. Jaeger, Werner, editor. Leipzig:Teubner, 1913.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0086.tlg043.humanitext-grc1:1
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
著者は体内にある精気の維持と成長のメカニズムについて問いかけ、呼吸によるか食物の消化によるかという二つの可能性を提示しつつ、食物から供給されるプロセスとその問題点を検討する。
Τίς ἡ τοῦ ἐμφύτου πνεύματος διαμονή, καὶ τίς ἡ αὔξησις; 1 ὁρῶμεν γὰρ ὅτι πλέον καὶ ἰσχυρότερον γίνεται καὶ καθʼ ἡλικίας μεταβολὴν καὶ κατὰ διάθεσιν σώματος. ἢ ὡς τἆλλα μέρη, προσγινομένου τινός; προσγίνεται δὲ τροφὴ τοῖς ἐμψύχοις, ὥστε ταύτην σκεπτέον ποία τε καὶ πόθεν. δύο δὴ τρόποι διʼ ὧν γίνεται, ἢ διὰ τῆς ἀναπνοῆς, ἢ διὰ τῆς κατὰ τὴν τῆς τροφῆς προσφορὰν πέψεως, καθάπερ τοῖς ἄλλοις. τούτων ἴσως οὐχ ἧττον ἂν δόξειεν διὰ τῆς τροφῆς· σῶμα γὰρ ὑπὸ σώματος τρέφεται, τὸ δὲ πνεῦμα σῶμα. τίς οὖν ὁ τρόπος; ἢ δῆλον ὡς ἐκ τῆς φλεβὸς ὁλκῇ τινι καὶ πέψει. τὸ γὰρ αἷμα ἡ ἐσχάτη τροφὴ καὶ ἡ αὐτὴ πᾶσιν. ὥσπερ οὖν καὶ εἰς τὸ ἀγγεῖον αὐτοῦ καὶ εἰς τὸ περιεχόμενον λαμβάνει τροφὴν εἰς τὸ θερμόν.1 ἄγει δʼ ὁ ἀὴρ τὴν ἐνέργειαν ποιῶν, τήν τε πεπτικὴν αὐτὸς αὐτῷ προστιθεὶς αὔξει καὶ τρέφει. οὐδὲν δʼ ἴσως ἄτοπον αὐτό γε τοῦτο, ἀλλὰ γενέσθαι τὸ πρῶτον ἐκ τῆς τροφῆς. καθαρώτερον γὰρ ὃ τῇ ψυχῇ συμφυές, εἰ μὴ καὶ τὴν ψυχὴν ὕστερον λέγοι γίνεσθαι,2 διακρινομένων τῶν σπερμάτων καὶ εἰς φύσιν ἰόντων. εἴτε περίττωμα πάσης τροφῆς ἐστι, ποίᾳ διαπέμπεται τοῦτο; κατὰ μὲν γὰρ τὴν ἐκπνοὴν οὐκ εὔλογον· ἀντιλαμβάνει γὰρ εὐθύς. λοιπὸν δὲ δῆλον ὅτι διὰ τῶν τῆς ἀρτηρίας πόρων. τὸ δʼ ἐκκρινόμενον ἤτοι λεπτότερον ἢ παχύτερον. ἀμφοτέρως δʼ ἄτοπον, εἰ τοῦτο πάντων ἔσται καθαρώτατον. εἰ δὲ παχύτερον, ἔσονταί τινες πόροι μείζους. εἰ δʼ ἄρα κατὰ τοὺς αὐτοὺς λαμβάνει καὶ ἐκπέμπει, τοῦτʼ αὐτὸ παράλογον καὶ ἄτοπον. ἡ μὲν οὖν ἐκ τῆς τροφῆς αὔξησις καὶ διαμονὴ σχεδὸν ταῦτα.
内在する精気の維持とは何であり、その増大とは何であるか。1 というのも、我々はそれが年齢の変化につれても、身体の状態につれても、より多く、またより強くなるのを目にするからである。あるいは、他の諸部分のように、何かが付け加わることによってか。生き物には栄養が付け加わる。したがって、この栄養がいかなるものであり、どこから来るのかを考察せねばならない。それが生じる仕方は実に二つあり、呼吸によるか、あるいは他と同様に、食物の摂取に応じた消化によるか、である。これらの中では、おそらく食物による方が劣らず尤もらしく思われるだろう。なぜなら、物体は物体によって養われるのであり、精気は物体だからである。では、その方法はいかなるものか。あるいは、血管からある種の吸引と消化によってなされることは明らかか。なぜなら、血液が最終的な栄養であり、すべてにおいて共通だからである。したがって、それ自身の容器のためにも、また包まれているもののために。熱へと栄養を取り入れるのである。そして、空気がその活動を引き起こし、自らに消化の能力を付け加えることで、それを増大させ、かつ養う。おそらくこのこと自体には何ら不都合はないかもしれない。しかし、最初に食物から生じるということはどうだろうか。なぜなら、魂に生まれつき結びついているものはより純粋だからであるが、もしそうでないなら、種子が分離して本来の性質へと向かう際に、魂もまた後になって生じると言わなければならなくなるだろう。あるいは、もしあらゆる食物の残渣であるとするなら、これはどこを通って送り出されるのか。というのも、呼気によるというのは合理的ではない。なぜならすぐに再び取り入れるからである。残る可能性としては、動脈の通路を通ってであることは明らかである。ところで排出されるものは、より希薄であるか、あるいはより濃厚であるかのいずれかである。どちらにしても不都合が生じる。もしこれがあらゆるものの中で最も純粋なものとなるならば。もしそれがより濃厚であるなら、より大きな何らかの通路が存在することになる。あるいは、もし同じ通路を通じて取り入れ、また排出するのだとすれば、それ自体が不条理であり不都合である。食物による増大と維持については、およそこのようなことである。
- 481a12ὥσπερ οὖν καὶ εἰς τὸ ἀγγεῖον αὐτοῦ καὶ εἰς τὸ περιεχόμενον λαμβάνει τροφὴν εἰς τὸ θερμόν.
この文は、容器(脈管)とその中身(精気自体)の両方がいかにして「熱(熱源)」において栄養を受け取るかを示している。主語は文脈上「身体」または「熱(熱源)」、あるいは非人称的表現として理解される。εἰς τὸ θερμόν は栄養が最終的に送り込まれる先、または消化が行われる場所を指す。
- 481a17εἰ μὴ καὶ τὴν ψυχὴν ὕστερον λέγοι γίνεσθαι
条件節に希求法 λέγοι(一般的・潜在的な「人が言うとすれば」)が使われ、潜在的な帰結を含意している。分詞句 διακρινομένων τῶν σπερμάτων... は絶対属格であり、精気が食物から後発的に生じるという説を認めると、魂自体の発生時期(種子の発生期より後)についても不都合な結論が導かれることを論じている。
