← アリストテレス

睡眠と覚醒について

§2#1

共通感覚器官の受動としての睡眠と覚醒

睡眠と覚醒がどの知覚に依存するかを検討し、それが個別知覚ではなく、すべての知覚を統括する「共通の感覚器官」の受動(状態)であることを明らかにする。また、睡眠が特定の感官の不活発化や一時的な気絶とは異なり、第一の感覚器官の機能停止であることを説明する。

表示 ▾
表示
訳
訳の書体
AI ↗
← 前次 →
§2#1

Διὰ τί δὲ καθεύδει καὶ ἐγρήγορε, καὶ διὰ ποίαν τιν’ αἴσθησιν ἢ ποίας, εἰ διὰ πλείους, σκεπτέον. ἐπεὶ δ’ ἔνια μὲν τῶν ζῴων ἔχει τὰς αἰσθήσεις πάσας, ἔνια δ’ οὐκ ἔχουσιν, οἷον ὄψιν, τὴν δ’ ἁφὴν καὶ τὴν γεῦσιν ἅπαντ’ ἔχει, πλὴν εἴ τι τῶν ζῴων ἀτελές (εἴρηται δὲ περὶ αὐτῶν ἐν τοῖς περὶ ψυχῆς), ἀδύνατον δ’ ἐστὶν ἁπλῶς ὁποιανοῦν αἴσθησιν αἰσθάνεσθαι τὸ καθεῦδον ζῷον, φανερὸν ὅτι πᾶσιν ἀναγκαῖον ὑπάρχειν ταὐτὸ πάθος ἐν τῷ καλουμένῳ ὕπνῳ· εἰ γὰρ τῇ μὲν τῇ δὲ μή, ταύτῃ καθεῦδον αἰσθήσεται, τοῦτο δ’ ἀδύνατον. ἐπεὶ δ’ ὑπάρχει καθ’ ἑκάστην αἴσθησιν τὸ μέν τι ἴδιον τὸ δέ τι κοινόν, ἴδιον μὲν οἷον τῇ ὄψει τὸ ὁρᾶν, τῇ δ’ ἀκοῇ τὸ ἀκούειν, ταῖς δ’ ἄλλαις κατὰ τὸν αὐτὸν τρόπον· ἔστι δέ τις καὶ κοινὴ δύναμις ἀκολουθοῦσα πάσαις, ᾗ καὶ ὅτι ὁρᾷ1 καὶ ἀκούει καὶ αἰσθάνεται· οὐ γὰρ δὴ τῇ γε ὄψει2 ὁρᾷ ὅτι ὁρᾷ. καὶ κρίνει δὴ καὶ δύναται κρίνειν ὅτι ἕτερα τὰ γλυκέα τῶν λευκῶν, οὔτε γεύσει οὔτε ὄψει οὔτ’ ἀμφοῖν, ἀλλά τινι κοινῷ μορίῳ τῶν αἰσθητηρίων ἁπάντων. ἔστι μὲν γὰρ μία αἴσθησις, καὶ τὸ κύριον αἰσθητήριον ἕν· τὸ δ’ εἶναι αἰσθήσει3 τοῦ γένους ἑκάστου ἕτερον, οἷον ψόφου καὶ χρώματος. τοῦτο δ’ ἅμα τῷ ἁπτικῷ μάλισθ’ ὑπάρχει· τοῦτο μὲν γὰρ χωρίζεται τῶν ἄλλων αἰσθητηρίων, τὰ δ’ ἄλλα τούτου ἀχώριστα. εἴρηται δὲ περὶ αὐτῶν ἐν τοῖς περὶ ψυχῆς θεωρήμασιν. φανερὸν τοίνυν ὅτι τούτου ἐστὶ πάθος ἡ ἐγρήγορσις καὶ ὁ ὕπνος. διὸ καὶ πᾶσιν ὑπάρχει τοῖς ζῴοις· καὶ γὰρ ἡ ἁφὴ μόνη πᾶσιν. εἰ γὰρ τῷ πάσας τι πεπονθέναι τὰς αἰσθήσεις ἐγίνετο τὸ καθεύδειν, ἄτοπον εἰ αἷς οὔτ’ ἀνάγκη οὔτε δυνατὸν τρόπον τινὰ ἐνεργεῖν ἅμα, ταύτας ἀναγκαῖον ἀργεῖν ἅμα καὶ ἀκινητίζειν· τοὐναντίον γὰρ εὐλογώτερον συνέβαινεν ἂν αὐταῖς τὸ μὴ ἅμα ἠρεμεῖν. ὡς δὲ νῦν λέγομεν, εὐλόγως ἔχει καὶ περὶ τούτων· τοῦ γὰρ κυρίου τῶν ἄλλων πάντων αἰσθητηρίου καὶ πρὸς ὃ συντείνει τἆλλα, πεπονθότος τι συμπάσχειν ἀναγκαῖον καὶ τὰ λοιπὰ πάντα, ἐκείνων δέ τινος ἀδυνατοῦντος οὐκ ἀνάγκη τοῦτ᾽ ἀδυνατεῖν. φανερὸν δ᾽ ἐκ πολλῶν ὅτι οὐκ ἐν τῷ τὰς αἰσθήσεις ἀργεῖν καὶ μὴ χρῆσθαι αὐταῖς ὁ ὕπνος, οὐδ᾽ ἐν τῷ μὴ δύνασθαι αἰσθάνεσθαι. καὶ γὰρ ἐν ταῖς λιποψυχίαις τοιοῦτον συμβαίνει· ἀδυναμία γὰρ αἰσθήσεων ἡ λιποψυχία. γίνονται δὲ καὶ ἔκνοιαί τινες τοιαῦται. ἔτι δ᾽ οἱ τὰς ἐν τῷ αὐχένι φλέβας καταλαμβανόμενοι ἀναίσθητοι γίνονται. ἀλλ᾽ ὅταν ἡ ἀδυναμία τῆς χρήσεως4 μήτ᾽ ἐν τῷ τυχόντι αἰσθητηρίῳ μήτε δι᾽ ἣν ἔτυχεν αἰτίαν, ἀλλὰ καθάπερ εἴρηται νῦν, ἐν τῷ πρώτῳ ᾧ αἰσθάνεται πάντων· ὅταν μὲν γὰρ τοῦτ᾽ ἀδυνατήσῃ, ἀνάγκη καὶ τοῖς αἰσθητηρίοις πᾶσιν ἀδυνατεῖν αἰσθέσθαι· ὅταν δ᾽ ἐκείνων τι, οὐκ ἀνάγκη τούτῳ. δι᾽ ἣν δ᾽ αἰτίαν συμβαίνει τὸ καθεύδειν, καὶ ποῖόν τι τὸ πάθος ἐστί, λεκτέον.

なぜ動物は眠り、また目覚めるのか、またそれはどのような知覚、あるいは(もし複数によるなら)どのような知覚(複数)によるのか、考察せねばならない。ところで、動物のうちあるものはすべての知覚を持ち、あるものは持たない(例えば視覚を)、しかし触覚と味覚は、もし何か未発達な動物がある場合を除いて、すべての動物が持っている(それらについては『魂について』において語られた)、そして眠っている動物がいかなる知覚であれ端的に知覚することは不可能であるので、いわゆる睡眠において同じ状態がすべての動物に備わっていることが必然であるのは明らかである。なぜなら、もしある知覚においては眠り、他の知覚においては眠らないとするなら、その眠っていない知覚によって、眠りつつも知覚することになるが、これは不可能だからである。ところで、個々の知覚に従って、あるものは特有であり、あるものは共通である。例えば視覚には見ることが特有であり、聴覚には聞くことが特有であり、他の知覚についても同様である。そしてまた、すべての知覚に伴うある共通の能力があり、それによって自分がみること、聞くこと、そして知覚することを知覚するのである。なぜなら、自分がみているということを視覚によってみているわけではないからである。またこの能力は、甘いものが白いものとは異なることを判定し、また判定することができる。それは味覚によってでも、視覚によってでも、あるいはその両方によってでもなく、すべての感覚器官のある共通の部分によってである。なぜなら、知覚は一つであり、主要な感覚器官も一つだからである。しかし、それぞれの種類(例えば音や色)に対する知覚であること(本質)は異なっている。そして、これは特に触覚器官と同時に存在する。なぜなら、触覚器官は他の感覚器官から分離されるが、他のものはこれ(触覚器官)から分離不可能だからである。これらについては『魂について』の考察において語られた。それゆえ、覚醒と睡眠はこの部分の状態(受動)であることは明らかである。だからこそ、それはすべての動物に備わっているのである。実際、触覚だけがすべての動物に備わっているからである。なぜなら、もしすべての知覚が何らかの影響を受けることによって眠りが生じるのだとしたら、同時に活動することが必然でもなければ、ある意味で可能でもないような知覚器官が、同時に休止し不活性化することが必然であるというのは奇妙なことだからである。むしろ逆に、それらが同時に静止しないということの方が合理的であろう。しかし、私たちが今述べているように言うなら、これらのことについても合理的である。なぜなら、他のすべてのものを支配し、他のものがそれに向けて収束する主要な感覚器官が、何らかの影響を受けるとき、残りのすべての器官も共に影響を受けることが必然であり、一方でそれらのうちのどれかが無力になっても、この主要な器官が無力になることは必然ではないからである。また、睡眠とは、知覚器官が休止しそれらを用いないことでもなければ、知覚することができないことでもないということは、多くのことから明らかである。実際、気絶においてもそのようなことが生じる。気絶とは知覚の無力状態だからである。また、そのようなある種の意識喪失も生じる。さらに、首の血管を圧迫された人々は無感覚になる。しかし、睡眠とは、使用の無力さが、ありふれた感覚器官において生じるのでもなく、ありふれた原因によって生じるのでもなく、たった今述べられたように、すべてのもののうちで最初に知覚する第一のものにおいて生じるときのことである。なぜなら、これが無力になるときには、すべての感覚器官もまた知覚することが不可能になるのが必然であるが、それらのどれかが無力になるときには、これが無力になることは必然ではないからである。そして、どのような原因によって眠ることが生じるのか、またその状態(受動)がどのようなものであるのか、語らねばならない。

構文注4 件
  1. 455a15ᾗ καὶ ὅτι ὁρᾷ

    関係代名詞与格形 ᾗ は手段・方法を表す。「それによって(自分が)見ていることや聞いていることを知覚する(共通の能力)」の意。ὅτι は名詞節を導き、ὁρᾷ(およびἀκούει, αἰσθάνεται)の主語は明示されていないが、動物一般(主格)を補う。

  2. 455a15οὐ γὰρ δὴ τῇ γε ὄψει

    否定的強調の小辞 γὰρ δὴ と限定の γε が併用され、視覚という特定の感覚器官(τῇ ὄψει)によるメタ知覚を強く否定している。

  3. 455a20τὸ δ’ εἶναι αἰσθήσει

    τὸ εἶναι は「本質」「定義」を表す(「〜であること」)。与格 αἰσθήσει は一種の目的・言及の与格、あるいは εἶναι と結びつき「知覚にとっての存在(本質)」を表す。ここでは「個々の種類に対する知覚としての本質」の意。

  4. 455b5ἀλλ’ ὅταν ἡ ἀδυναμία τῆς χρήσεως

    接続詞 ἀλλά に続く ὅταν 節は、先行する οὐκ ἐν τῷ...(睡眠は〜においてではない)と対比され、「(睡眠とは〜ではなく、)使用の無力さが…において生じる時のことである」という、省略された主節の述語(または ὕπνος ἐστίν)を補って理解する必要がある。

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)urn:cts:greekLit:tlg0086.tlg042.humanitext-grc1:2#1