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エウテュデモス

§302

所有の定義と神々の処分に関する詭弁

ディオニュソドロスは、所有の定義(支配権を持ち処分できること)と、神々が「生き物」かつ「ソクラテスのもの」であるという前提から、ソクラテスが自らの神々を売買したり生贄にしたりできるという奇妙な結論を導き、ソクラテスを論理的窮地に追い込む。

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§302

ΣΩ. ἆρʼ οὖν, ἔφη, ταῦτα ἡγῇ σὰ εἶναι, ὧν ἂν ἄρξῃς καὶ ἐξῇ σοι αὐτοῖς χρῆσθαι ὅτι ἂν βούλῃ;1 οἷον βοῦς καὶ πρόβατον, ἆρʼ ἂν ἡγοῖο ταῦτα σὰ εἶναι, ἅ σοι ἐξείη καὶ ἀποδόσθαι καὶ δοῦναι καὶ θῦσαι ὅτῳ βούλοιο θεῶν; ἃ δʼ ἂν μὴ οὕτως ἔχῃ, οὐ σά; κἀγώ (ᾔδη γὰρ ὅτι ἐξ αὐτῶν καλόν τι ἀνακύψοιτο τῶν ἐρωτημάτων, καὶ ἅμα βουλόμενος ὅτι τάχιστʼ ἀκοῦσαι) πάνυ μὲν οὖν, ἔφην, οὕτως ἔχει· τὰ τοιαῦτά ἐστιν μόνα ἐμά.— τί δέ; ζῷα, ἔφη, οὐ ταῦτα καλεῖς ἃ ἂν ψυχὴν ἔχῃ; ναί, ἔφην.— ὁμολογεῖς οὖν τῶν ζῴων ταῦτα μόνα εἶναι σά, περὶ ἃ ἄν σοι ἐξουσία ᾖ πάντα ταῦτα ποιεῖν ἃ νυνδὴ ἐγὼ ἔλεγον; —ὁμολογῶ.—καὶ ὅς, εἰρωνικῶς πάνυ ἐπισχὼν ὥς τι μέγα σκοπούμενος, εἰπέ μοι, ἔφη, ὦ Σώκρατες, ἔστιν σοι Ζεὺς πατρῷος; —καὶ ἐγὼ ὑποπτεύσας ἥξειν τὸν λόγον οἷπερ ἐτελεύτησεν,2 ἄπορόν τινα στροφὴν ἔφευγόν τε καὶ ἐστρεφόμην ἤδη ὥσπερ ἐν δικτύῳ εἰλημμένος· οὐκ ἔστιν, ἦν δʼ ἐγώ, ὦ Διονυσόδωρε.— ταλαίπωρος ἄρα τις σύ γε ἄνθρωπος εἶ καὶ οὐδὲ Ἀθηναῖος, ᾧ μήτε θεοὶ πατρῷοί εἰσιν μήτε ἱερὰ μήτε ἄλλο μηδὲν καλὸν καὶ ἀγαθόν. —ἔα, ἦν δʼ ἐγώ, ὦ Διονυσόδωρε, εὐφήμει τε καὶ μὴ χαλεπῶς με προδίδασκε. ἔστι γὰρ ἔμοιγε καὶ βωμοὶ καὶ ἱερὰ οἰκεῖα καὶ πατρῷα καὶ τὰ ἄλλα ὅσαπερ τοῖς ἄλλοις Ἀθηναίοις τῶν τοιούτων.— εἶτα τοῖς ἄλλοις, ἔφη, Ἀθηναίοις οὐκ ἔστιν Ζεὺς ὁ πατρῷος; —οὐκ ἔστιν, ἦν δʼ ἐγώ, αὕτη ἡ ἐπωνυμία Ἰώνων οὐδενί, οὔθʼ ὅσοι ἐκ τῆσδε τῆς πόλεως ἀπῳκισμένοι εἰσὶν οὔθʼ ἡμῖν, ἀλλὰ Ἀπόλλων πατρῷος διὰ τὴν τοῦ Ἴωνος γένεσιν· Ζεὺς δʼ ἡμῖν πατρῷος μὲν οὐ καλεῖται, ἕρκειος δὲ καὶ φράτριος, καὶ Ἀθηναία φρατρία.— ἀλλʼ ἀρκεῖ γʼ, ἔφη ὁ Διονυσόδωρος· ἔστιν γάρ σοι, ὡς ἔοικεν, Ἀπόλλων τε καὶ Ζεὺς καὶ Ἀθηνᾶ. —πάνυ, ἦν δʼ ἐγώ.— οὐκοῦν καὶ οὗτοι σοὶ θεοὶ ἂν εἶεν; ἔφη.—πρόγονοι, ἦν δʼ ἐγώ, καὶ δεσπόται.— ἀλλʼ οὖν σοί γε, ἔφη· ἢ οὐ σοὺς ὡμολόγηκας αὐτοὺς εἶναι; —ὡμολόγηκα, ἔφην· τί γὰρ πάθω;3— οὐκοῦν, ἔφη, καὶ ζῷά εἰσιν οὗτοι οἱ θεοί; ὡμολόγηκας γὰρ ὅσα ψυχὴν ἔχει ζῷα εἶναι. ἢ οὗτοι οἱ θεοὶ οὐκ ἔχουσιν ψυχήν; —ἔχουσιν, ἦν δʼ ἐγώ.— οὐκοῦν καὶ ζῷά εἰσιν; —ζῷα, ἔφην.— τῶν δέ γε ζῴων, ἔφη, ὡμολόγηκας ταῦτʼ εἶναι σά, ὅσα ἄν σοι ἐξῇ καὶ δοῦναι καὶ ἀποδόσθαι καὶ θῦσαι δὴ θεῷ ὅτῳ ἂν βούλῃ. —ὡμολόγηκα, ἔφην· οὐκ ἔστιν γάρ μοι ἀνάδυσις,4 ὦ Εὐθύδημε.

ソクラテス:「それでは、」と彼は言った、「君は、自分が支配し、かつそれらを君が望むように使用することが許されているもの、これらを君は自分のものだと考えているかね。たとえば牛や羊について、それらを売ることも、与えることも、神々のうち望むものに生贄として捧げることも君に許されているなら、これらを自分のものと考えるかね。そして、そのようになっていないものは、君のものではないかね。」そこで私は(というのも、これらの質問から何か見事なものが飛び出してくるだろうと予期していたし、同時にそれをできるだけ早く聞きたかったので)、「まさにその通りだ、」と私は言った、「そのようなものだけが私のものだ。」―― 「ではどうだ、」と彼は言った、「魂を持っているものを、君は生き物と呼ぶのではないかね。」「そうだ、」と私は言った。―― 「それでは、生き物たちのうち、今私が言ったこれらすべてのことを行う権能が君にあるものだけが、君のものであると同意するのだね。」「――同意する。」すると彼は、何か重大なことを熟考しているかのように、ひどく皮肉っぽく間を置いて言った。「教えてくれたまえ、ソクラテスよ、君には守護神としてのゼウスがいるかね。」 ――そこで私は、議論が最終的にどこに行き着くかを察し、逃げ場のない罠に陥ったかのように、何とか逃げ道を求めてもがき回りながら言った。「いないのだ、ディオニュソドロスよ。」―― 「それでは、君は哀れな男であり、アテナイ人でさえもないのだな。祖先の神々も、聖所も、他のいかなる美しく善いものも持っていないのだから。」 ――「よしてくれ、ディオニュソドロスよ、」と私は言った、「不吉なことを言うのはやめ、私にそんな手厳しい教え込み方をしないでくれ。私にも、祭壇や身内の聖所、祖先伝来の聖所、および他のアテナイ人たちが持っているような、そうしたものはすべてあるのだから。」―― 「それでは、」と彼は言った、「他のアテナイ人たちには、守護神としてのゼウスはいないのかね。」 ――「いないのだ、」と私は言った、「その呼び名はイオニア人の誰にも、この都市から移住した人々にも、私たちにもない。そうではなく、イオンの誕生ゆえにアポロンが祖先の神と呼ばれるのだ。ゼウスは私たちにおいて祖先の神とは呼ばれず、中庭の神や、同族の神と呼ばれ、またアテナも同族の神と呼ばれるのだ。」―― 「だが、それで十分だ、」とディオニュソドロスは言った。「というのも、どうやら君にはアポロンもゼウスもアテナもいるようだからな。」 ――「もちろんだ、」と私は言った。―― 「それでは、これらの者たちも君にとって神々ということになるね。」と彼は言った。――「祖先であり、主人たちだ、」と私は言った。―― 「だがともかく君のものなのだね、」と彼は言った、「それとも、彼らが君のものであると同意しなかったかね。」 ――「同意した、」と私は言った。「そうせざるを得ないではないか。」―― 「それでは、」と彼は言った、「これらの神々もまた生き物なのだね。というのも、魂を持っているものはすべて生き物であると、君は同意したのだから。それとも、これらの神々は魂を持っていないのかね。」 ――「持っている、」と私は言った。―― 「それでは、やはり生き物なのだね。」 ――「生き物だ、」と私は言った。―― 「ところで、」と彼は言った、「生き物たちのうち、与えることも、売ることも、さらには望むいかなる神に生贄として捧げることも君に許されているもの、これらが君のものであると、君は同意したのだね。」 ――「同意した、」と私は言った。「というのも、エウテュデモスよ、私にはもう逃げ道がないのだから。」

構文注4 件
  1. 302ὧν ἂν ἄρξῃς καὶ ἐξῇ σοι αὐτοῖς χρῆσθαι ὅτι ἂν βούλῃ

    関係代名詞 ὧν は動詞 ἄρξῃς の目的語(属格支配)として機能しているが、同時に不定詞 χρῆσθαι の目的語(本来は与格支配)としても共有されているため、後者のために与格の指示代名詞 αὐτοῖς が挿入されて構文を整えている。

  2. 302bκαὶ ἐγὼ ὑποπτεύσας ἥξειν τὸν λόγον οἷπερ ἐτελεύτησεν

    過去時制の ἐτελεύτησεν(行き着いた、終わった)は、対話そのものがすでに終了した後に後から回想して語っているソクラテスの語り手としての視点を反映している。

  3. 302dτί γὰρ πάθω;

    接続法過去 πάθω は、当惑や不可避の運命に対する諦めを表す「熟慮の接続法(deliberative subjunctive)」であり、「どうしようもないではないか」「そうするほかないではないか」を意味する慣用表現。

  4. 302eοὐκ ἔστιν γάρ μοι ἀνάδυσις

    名詞 ἀνάδυσις(水面へ浮かび上がること、退却)は、ここでは相手の論理的な罠(網)から抜け出すための「逃げ道」や「退路」を比喩的に指している。

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg021.humanitext-grc2:302