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エウテュデモス

§300-301

沈黙と発言の詭弁と美の臨在を巡る問答

エウテュデモスとディオニュソドロスは、「見る能力」や「沈黙と発言」を巡る言葉の多義性を用いた詭弁をクテシッポスに仕掛けるが、反論される。その後、ディオニュソドロスはソクラテスに対し、美の臨在(イデア説)や「ふさわしい行為」の定義を巡る極端な議論を展開する。

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§300

ΣΩ. πότερον δὲ ὁρῶσιν, ἔφη ὁ Εὐθύδημος, καὶ Σκύθαι τε καὶ οἱ ἄλλοι ἄνθρωποι τὰ δυνατὰ ὁρᾶν1 ἢ τὰ ἀδύνατα; — τὰ δυνατὰ δήπου. — οὐκοῦν καὶ σύ, ἔφη;— κἀγώ. — ὁρᾷς οὖν τὰ ἡμέτερα ἱμάτια; — ναί. — δυνατὰ οὖν ὁρᾶν ἐστὶν ταῦτα. — ὑπερφυῶς, ἔφη ὁ Κτήσιππος.— τί δέ; ἦ δʼ ὅς.— μηδέν. σὺ δὲ ἴσως οὐκ οἴει αὐτὰ ὁρᾶν· οὕτως ἡδὺς εἶ. ἀλλά μοι δοκεῖς, Εὐθύδημε, οὐ καθεύδων ἐπικεκοιμῆσθαι καί, εἰ οἷόν τε λέγοντα μηδὲν λέγειν, καὶ σὺ τοῦτο ποιεῖν. ἦ γὰρ οὐχ οἷόν τʼ, ἔφη ὁ Διονυσόδωρος, σιγῶντα λέγειν;2 — οὐδʼ ὁπωστιοῦν, ἦ δʼ ὃς ὁ Κτήσιππος.— ἆρʼ οὐδὲ λέγοντα σιγᾶν; — ἔτι ἧττον, ἔφη.— ὅταν οὖν λίθους λέγῃς καὶ ξύλα καὶ σιδήρια, οὐ σιγῶντα λέγεις; — οὔκουν εἴ γε ἐγώ, ἔφη, παρέρχομαι ἐν τοῖς χαλκείοις, ἀλλὰ φθεγγόμενα καὶ βοῶντα μέγιστον τὰ σιδήρια λέγεται, ἐάν τις ἅψηται· ὥστε τοῦτο μὲν ὑπὸ σοφίας ἔλαθες οὐδὲν εἰπών. ἀλλʼ ἔτι μοι τὸ ἕτερον ἐπιδείξατον, ὅπως αὖ ἔστιν λέγοντα σιγᾶν. καί μοι ἐδόκει ὑπεραγωνιᾶν ὁ Κτήσιππος διὰ τὰ παιδικά. ὅταν σιγᾷς, ἔφη ὁ Εὐθύδημος, οὐ πάντα σιγᾷς;3 — ἔγωγε, ἦ δʼ ὅς.— οὐκοῦν καὶ τὰ λέγοντα σιγᾷς, εἴπερ τῶν ἁπάντων ἐστὶν. — τί δέ; ἔφη ὁ Κτήσιππος, οὐ σιγᾷ πάντα; — οὐ δήπου, ἔφη ὁ Εὐθύδημος.— ἀλλʼ ἄρα, ὦ βέλτιστε, λέγει τὰ πάντα; — τά γε δήπου λέγοντα. — ἀλλά, ἦ δʼ ὅς, οὐ τοῦτο ἐρωτῶ, ἀλλὰ τὰ πάντα σιγᾷ ἢ λέγει; οὐδέτερα καὶ ἀμφότερα, ἔφη ὑφαρπάσας ὁ Διονυσόδωρος· εὖ γὰρ οἶδα ὅτι τῇ ἀποκρίσει οὐχ ἕξεις ὅτι χρῇ. καὶ ὁ Κτήσιππος, ὥσπερ εἰώθει, μέγα πάνυ ἀνακαγχάσας, ὦ Εὐθύδημε, ἔφη, ὁ ἀδελφός σου ἐξημφοτέρικεν τὸν λόγον, καὶ ἀπόλωλέ τε καὶ ἥττηται. καὶ ὁ Κλεινίας πάνυ ἥσθη καὶ ἐγέλασεν, ὥστε ὁ Κτήσιππος ἐγένετο πλεῖον ἢ δεκαπλάσιος. ὁ δέ μοι δοκεῖ ἅτε πανοῦργος ὤν, ὁ Κτήσιππος, παρʼ αὐτῶν τούτων αὐτὰ ταῦτα παρηκηκόει· οὐ γάρ ἐστιν ἄλλων τοιαύτη σοφία τῶν νῦν ἀνθρώπων. κἀγὼ εἶπον· τί γελᾷς, ὦ Κλεινία, ἐπὶ σπουδαίοις οὕτω πράγμασιν καὶ καλοῖς; σὺ γὰρ ἤδη τι πώποτʼ εἶδες, ὦ Σώκρατες, καλὸν πρᾶγμα; ἔφη ὁ Διονυσόδωρος. ἔγωγε, ἔφην, καὶ πολλά γε, ὦ Διονυσόδωρε.

ソクラテス:『ところで、』とエウテュデモスは言った、『スキタイ人や他の人間たちは、見る能力があるものを見ているのか、それとも見る能力がないものを見ているのか。』 『――もちろん、見る能力があるものをだ。』 『――それでは、君もかね?』と彼は言った。 『――私もだ。』 『――では、君は私たちの外套が見えるかね?』 『――ああ。』 『――では、これらは見る能力があるのだね。』 『――恐ろしくね。』とクテシッポスは言った。 『――では何を見るのかね?』と彼は言った。 『――何もないさ。だが君は、おそらくそれらが見てはいないと思っているのだろう。君はそれほどおめでたいのだからね。しかしエウテュデモスよ、君は眠ってもいないのに寝ぼけているようで、もし何も語らずに語ることが可能であるなら、君こそまさにそれを行っているのだ。』 『実際、』とディオニュソドロスは言った、『沈黙している者が語ることは不可能なのだろうか。』 『――いかなる方法でも不可能だ。』とクテシッポスは言った。 『――では、語っている者が沈黙することも不可能なのか。』 『――なおさら不可能だ。』と彼は言った。 『――それでは、君が石や木や鉄について語るとき、沈黙しているものを語っているのではないかね。』 『――少なくとも私が、』と彼は言った、『鍛冶屋のそばを通りかかるときはそうではない。誰かが触れれば、鉄は極めて大きな声を立てて叫び、語ると言われているのだから。だから君は、自分の知恵によって、何も言わないまま終わってしまったのだ。だが、もう一方の、語りながら沈黙することがどのようにして可能なのかを、二人で私に示してくれたまえ。』 そして私には、クテシッポスが愛する者のために、過剰に張り合っているように思われた。 『君が沈黙するとき、』とエウテュデモスは言った、『すべてを沈黙させているのではないかね。』 『――私はそうだ。』と彼は言った。 『――それなら、語るものたちをも君は沈黙させているのだね、もしそれらがすべてに含まれるなら。』 『――どういうことだ?』とクテシッポスは言った、『すべてが沈黙しているのではないのかね。』 『――もちろん違う。』とエウテュデモスは言った。 『――それでは、優れた友よ、すべてが語っているのかね。』 『――語るものたちは、もちろん語っている。』 『――いや、』と彼は言った、『私はそれを尋ねているのではない。すべてが沈黙しているのか、それとも語っているのか、だ。』 『どちらでもなく、かつ両方だ。』と、ディオニュソドロスがその言葉をひったくって言った。『というのも、どう答えても君が処置に困ることを、私はよく知っているからね。』 するとクテシッポスは、いつものように、大声でどっと笑い出して言った。 『エウテュデモスよ、君の兄弟は議論をどっちつかずにし、破滅して負けてしまったぞ。』 そしてクレイニアスは大いに喜び、笑った。そのためクテシッポスは、十倍以上も膨らんだ。私に思うに、このクテシッポスは悪賢い奴だから、彼ら自身からまさにこれらのことを盗み聞きして覚えていたのだろう。なぜなら、現代の人々のうち、他にはそのような知恵は存在しないからだ。 そこで私は言った。『クレイニアスよ、これほど真剣で、素晴らしい事柄に対して、なぜ笑うのだね。』 『ソクラテスよ、君はこれまでに何か素晴らしい事柄を見たことがあるのかね。』とディオニュソドロスは言った。『――あるとも、それもたくさんね、ディオニュソドロスよ。』と私は言った。

§301

ΣΩ. ἆρα ἕτερα ὄντα τοῦ καλοῦ, ἔφη, ἢ ταὐτὰ τῷ καλῷ; κἀγὼ ἐν παντὶ ἐγενόμην ὑπὸ ἀπορίας, καὶ ἡγούμην δίκαια πεπονθέναι ὅτι ἔγρυξα, ὅμως δὲ ἕτερα ἔφην αὐτοῦ γε τοῦ καλοῦ· πάρεστιν μέντοι ἑκάστῳ αὐτῶν κάλλος τι. ἐὰν οὖν, ἔφη, παραγένηταί σοι βοῦς, βοῦς εἶ, καὶ ὅτι νῦν ἐγώ σοι πάρειμι, Διονυσόδωρος εἶ; εὐφήμει τοῦτό γε, ἦν δʼ ἐγώ. ἀλλὰ τίνα τρόπον, ἔφη, ἑτέρου ἑτέρῳ παραγενομένου τὸ ἕτερον ἕτερον ἂν εἴη;4 ἆρα τοῦτο, ἔφην ἐγώ, ἀπορεῖς; ἤδη δὲ τοῖν ἀνδροῖν τὴν σοφίαν ἐπεχείρουν μιμεῖσθαι, ἅτε ἐπιθυμῶν αὐτῆς. πῶς γὰρ οὐκ ἀπορῶ, ἔφη, καὶ ἐγὼ καὶ οἱ ἄλλοι ἅπαντες ἄνθρωποι ὃ μὴ ἔστι; τί λέγεις, ἦν δʼ ἐγώ, ὦ Διονυσόδωρε; οὐ τὸ καλὸν καλόν ἐστιν καὶ τὸ αἰσχρὸν αἰσχρόν;— ἐὰν ἔμοιγε, ἔφη, δοκῇ. —οὐκοῦν δοκεῖ;— πάνυ γʼ, ἔφη.—οὐκοῦν καὶ τὸ ταὐτὸν ταὐτὸν καὶ τὸ ἕτερον ἕτερον; οὐ γὰρ δήπου τό γε ἕτερον ταὐτόν, ἀλλʼ ἔγωγε οὐδʼ ἂν παῖδα ᾤμην τοῦτο ἀπορῆσαι, ὡς οὐ τὸ ἕτερον ἕτερόν ἐστιν.5 ἀλλʼ, ὦ Διονυσόδωρε, τοῦτο μὲν ἑκὼν παρῆκας, ἐπεὶ τὰ ἄλλα μοι δοκεῖτε ὥσπερ οἱ δημιουργοὶ οἷς ἕκαστα προσήκει ἀπεργάζεσθαι, καὶ ὑμεῖς τὸ διαλέγεσθαι παγκάλως ἀπεργάζεσθαι. οἶσθα οὖν, ἔφη, ὅτι προσήκει ἑκάστοις τῶν δημιουργῶν; πρῶτον τίνα χαλκεύειν προσήκει, οἶσθα; —ἔγωγε· ὅτι χαλκέα.— τί δέ, κεραμεύειν; —κεραμέα.— τί δέ, σφάττειν τε καὶ ἐκδέρειν καὶ τὰ μικρὰ κρέα κατακόψαντα ἕψειν καὶ ὀπτᾶν; μάγειρον, ἦν δʼ ἐγώ.— οὐκοῦν ἐάν τις, ἔφη, τὰ προσήκοντα πράττῃ, ὀρθῶς πράξει; —μάλιστα.— προσήκει δέ γε, ὡς φῄς, τὸν μάγειρον κατακόπτειν καὶ ἐκδέρειν; ὡμολόγησας ταῦτα ἢ οὔ; —ὡμολόγησα, ἔφην, ἀλλὰ συγγνώμην μοι ἔχε.— δῆλον τοίνυν, ἦ δʼ ὅς, ὅτι ἄν τις σφάξας τὸν μάγειρον καὶ κατακόψας ἑψήσῃ καὶ ὀπτήσῃ, τὰ προσήκοντα ποιήσει· καὶ ἐὰν τὸν χαλκέα τις αὐτὸν χαλκεύῃ καὶ τὸν κεραμέα κεραμεύῃ, καὶ οὗτος τὰ προσήκοντα πράξει. ὦ Πόσειδον, ἦν δʼ ἐγώ, ἤδη κολοφῶνα ἐπιτιθεῖς τῇ σοφίᾳ. ἆρά μοί ποτε αὕτη παραγενήσεται ὥστε μοι οἰκεία γενέσθαι; ἐπιγνοίης ἂν αὐτήν, ὦ Σώκρατες, ἔφη, οἰκείαν γενομένην; ἐὰν σύ γε βούλῃ, ἔφην ἐγώ, δῆλον ὅτι. τί δέ, ἦ δʼ ὅς, τὰ σαυτοῦ οἴει γιγνώσκειν; εἰ μή τι σὺ ἄλλο λέγεις· ἀπὸ σοῦ γὰρ δεῖ ἄρχεσθαι, τελευτᾶν δʼ εἰς Εὐθύδημον τόνδε.

『それらは、美そのものとは異なるものなのか、』と彼は言った、『それとも美と同じものなのか。』 すると私は、困惑のあまり万策尽き、自分が口を挟んだのは自業自得だと思ったが、それでも、それらは美そのものとは異なるものであるが、しかしそれらの各々には何らかの美が臨んでいるのだ、と言った。 『それなら、』と彼は言った、『もし君に牛が臨んだら、君は牛なのかね。そして、今私が君のそばにいるから、君はディオニュソドロスなのかね。』 『不吉なことを言うのはやめてくれ。』と私は言った。 『しかし、』と彼は言った、『異なるものが異なるものに臨むとき、どのようにしてその異なるものが異なるものでありうるのか。』 『君は、そのことを疑問に思っているのかね。』と私は言った。すでに私は、彼らの知恵に憧れるあまり、二人の知恵を模倣しようと試みていた。 『どうして疑問に思わずにいられようか、』と彼は言った、『私だけでなく、他のすべての人間も、存在しないものについて。』 『何を言っているのだ、ディオニュソドロスよ。美は美であり、醜は醜ではないかね。』 『――もし私に、』と彼は言った、『そう思えるならね。』 『――では、そう思えないのかね。』 『――大いに思える。』と彼は言った。 『――それでは、同じものは同じものであり、異なるものは異なるものではないか。異なるものが同じものであるはずはないのだから。しかし、 異なるものが異なるものであるということについて、子供でさえ疑問に思うとは、私は思わなかったよ。だが、ディオニュソドロスよ、君はこれを意図的に見過ごしたのだ。なぜなら、他の事柄において君たちは、それぞれの仕事にふさわしく仕上げる職人たちのように、議論することを見事に仕上げているのだからね。』 『それでは、』と彼は言った、『職人たちの各々に何がふさわしいか、君は知っているかね。まず、誰に銅を鍛えることがふさわしいか、知っているかね。』 『――知っているとも。鍛冶屋にだ。』 『――では、陶器を作ること(製陶)は?』 『――陶工にだ。』 『――では、屠殺し、皮を剥ぎ、肉を細かく刻んで煮たり焼いたりすることは?』 『料理人にだ。』と私は言った。 『――それでは、もし誰かが、』と彼は言った、『ふさわしいことを行うなら、正しく行うのだね。』 『――もちろんだ。』 『――そして、君が言うように、料理人にとって細かく刻み、皮を剥ぐことがふさわしいのだね。君はこれに同意したか、それともしなかったか。』 『――同意した。』と私は言った。『だが、勘弁してくれたまえ。』 『――それなら明らかだね、』と彼は言った、『もし誰かが料理人を屠殺し、細かく刻んで煮たり焼いたりしたなら、その人はふさわしいことを行うことになる。また、もし誰かが鍛冶屋自身を鍛え、陶工を陶器にするなら、その人もまたふさわしいことを行うことになる。』 『ポセイドンよ、』と私は言った、『君は今や知恵に最高峰の極みを置いたね。私にいつか、この知恵が臨んで、私のものになることがあるだろうか。』 『ソクラテスよ、』と彼は言った、『それが自分のものになったとき、君はそれを認識できるかね。』 『――君さえ望むなら、明らかにできるとも。』と私は言った。 『――ではどうだ、』と彼は言った、『君は自分のものを知っていると思っているのかね。』 『――君が何か別の意味で言っているのでなければね。というのも、君から始めて、こちらのエウテュデモスで終わらなければならないのだから。』

構文注5 件
  1. 300aδυνατὰ ὁρᾶν

    形容詞 δυνατά(中性複数)に能動態不定詞 ὁρᾶν が伴う構文。文法的には「見る能力がある」という能動的な意味と、「見られうる(見える)」という受動的な意味(対格不定詞の拡張)の双方を取りうる。エウテュデモスは最初、クテシッポスに「見えるもの」という意味で同意させた後、後半の「これら(外套)は見る能力があるのか」という問いにおいて「見る能力がある」という能動的な意味に解釈をすり替えて詭弁を弄している。

  2. 300bσιγῶντα λέγειν

    σιγῶντα は男性単数対格(「沈黙している人」、不定詞 λέγειν の意味上の主語となる対格不定詞構文)とも、中性複数対格(「沈黙している事物」、動詞 λέγειν の直接目的語)とも解釈できる。ディオニュソドロスは「沈黙している人が語る」という前者の解釈で問いかけ、クテシッポスがそれを否定すると、今度は「沈黙している事物(石や木など)について語る」という後者の意味で σιγῶντα λέγεις と述べて、矛盾を突く詭弁を用いている。

  3. 300cπάντα σιγᾷς

    動詞 σιγᾶν(沈黙する)の自動詞用法と他動詞用法の混同に基づく詭弁。前半の ὅταν σιγᾷς, οὐ πάντα σιγᾷς; において、πάντα は「すべてのことについて」という制限の対格(他動詞的「沈黙を守る」)として機能しているが、エウテュデモスはこれを「すべての事物が沈黙している」という自動詞用法の主語(中性複数主語に対する単数動詞)にすり替え、οὐκοῦν καὶ τὰ λέγοντα σιγᾷς(「語るものたちをも君は沈黙させている」)という矛盾を導いている。

  4. 301aἑτέρου ἑτέρῳ παραγενομένου τὸ ἕτερον ἕτερον ἂν εἴη

    属格独立構文(ἑτέρου ἑτέρῳ παραγενομένου)を伴い、事物の属性の「臨在(関与)」によるイデア説の論理を批判する箇所。ディオニュソドロスは、ある異なるもの(例えば「美」)が別の異なるもの(「美しい事物」)に臨む(現れる)ことによって、その臨まれた事物(τὸ ἕτερον)がその他方と異なるままでありうるのか(それとも臨んできたものと同じになってしまうのか)という難問を提起し、イデアの臨在(παρουσία)の矛盾を突いている。

  5. 301cὡς οὐ τὸ ἕτερον ἕτερόν ἐστιν

    否定や疑念を表す表現(ここでは ἀπορῆσαι)に導かれる従属節において、従属節内の否定小辞 οὐ が冗長(余剰否定)となるギリシア語の慣行。文意は「異なるものが異なるものではない、と疑う」ではなく、「異なるものが異なるものである、ということを疑う」となる。

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-09-21)
  • 2026-09-21 AI校閲 — 注 1 件
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