- 底本
- Platonis Opera, Tomus III: Tetralogia V-VII. Burnet, John, editor. Oxford: Clarendon Press, 1903.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg021.humanitext-grc2:298
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
ディオニュソドロスとエウテュデモスは、異なる父を持つことは父を持たないことであるという詭弁を用い、さらに自分たちの父親がすべての人間や動物の父親であるという極論を展開する。さらにディオニュソドロスは、クテシッポスの飼い犬が父親であることから、クテシッポスが自分の父親(犬)を叩いているという不条理な結論を導き出す。
ΣΩ. πάνυ γʼ, ἔφην· ὁ μέν γε ἐμός, ὁ δὲ ἐκείνου.— οὐκοῦν, ἦ δʼ ὅς, ἕτερος ἦν Χαιρέδημος τοῦ πατρός; —τοὐμοῦ γʼ, ἔφην ἐγώ.— ἆρʼ οὖν πατὴρ ἦν ἕτερος ὢν πατρός; ἢ σὺ εἶ ὁ αὐτὸς τῷ λίθῳ; —δέδοικα μὲν ἔγωγʼ, ἔφην, μὴ φανῶ ὑπὸ σοῦ ὁ αὐτός· οὐ μέντοι μοι δοκῶ.— οὐκοῦν ἕτερος εἶ, ἔφη, τοῦ λίθου; —ἕτερος μέντοι.— ἄλλο τι οὖν ἕτερος, ἦ δʼ ὅς, ὢν λίθου οὐ λίθος εἶ; καὶ ἕτερος ὢν χρυσοῦ οὐ χρυσὸς εἶ; —ἔστι ταῦτα.— οὔκουν καὶ ὁ Χαιρέδημος, ἔφη, ἕτερος ὢν πατρὸς πατήρ ἐστιν.1 —ἔοικεν, ἦν δʼ ἐγώ, οὐ πατὴρ εἶναι. εἰ γὰρ δήπου, ἔφη, πατήρ ἐστιν ὁ Χαιρέδημος, ὑπολαβὼν ὁ Εὐθύδημος, πάλιν αὖ ὁ Σωφρονίσκος ἕτερος ὢν πατρὸς οὐ πατήρ ἐστιν, ὥστε σύ, ὦ Σώκρατες, ἀπάτωρ εἶ. καὶ ὁ Κτήσιππος ἐκδεξάμενος, ὁ δὲ ὑμέτερος, ἔφη, αὖ πατὴρ οὐ ταὐτὰ ταῦτα πέπονθεν; ἕτερός ἐστιν τοὐμοῦ πατρός; — πολλοῦ γʼ, ἔφη, δεῖ, ὁ Εὐθύδημος.— ἀλλά, ἦ δʼ ὅς, ὁ αὐτός; — ὁ αὐτὸς μέντοι. — οὐκ ἂν συμβουλοίμην. ἀλλὰ πότερον, ὦ Εὐθύδημε, ἐμὸς μόνον ἐστὶ πατὴρ ἢ καὶ τῶν ἄλλων ἀνθρώπων; — καὶ τῶν ἄλλων, ἔφη· ἢ οἴει τὸν αὐτὸν πατέρα ὄντα οὐ πατέρα εἶναι; — ὤιμην δῆτα, ἔφη ὁ Κτήσιππος.— τί δέ; ἦ δʼ ὅς· χρυσὸν ὄντα μὴ χρυσὸν εἶναι; ἢ ἄνθρωπον ὄντα μὴ ἄνθρωπον; — μὴ γάρ, ἔφη ὁ Κτήσιππος, ὦ Εὐθύδημε, τὸ λεγόμενον, οὐ λίνον λίνῳ συνάπτεις·2 δεινὸν γὰρ λέγεις πρᾶγμα εἰ ὁ σὸς πατὴρ πάντων ἐστὶν πατήρ. — ἀλλʼ ἔστιν, ἔφη.— πότερον ἀνθρώπων; ἦ δʼ ὃς ὁ Κτήσιππος, ἢ καὶ ἵππων καὶ τῶν ἄλλων πάντων ζῴων; πάντων, ἔφη.— ἦ καὶ μήτηρ ἡ μήτηρ; — καὶ ἡ μήτηρ γε. — καὶ τῶν ἐχίνων ἄρα, ἔφη, ἡ σὴ μήτηρ μήτηρ ἐστὶ τῶν θαλαττίων. — καὶ ἡ σή γʼ, ἔφη.— καὶ σὺ ἄρα ἀδελφὸς εἶ τῶν κωβιῶν καὶ κυναρίων καὶ χοιριδίων. — καὶ γὰρ σύ, ἔφη.— κάπρος ἄρα σοι πατήρ ἐστι καὶ κύων. — καὶ γὰρ σοί, ἔφη. αὐτίκα δέ γε, ἦ δʼ ὃς ὁ Διονυσόδωρος, ἄν μοι ἀποκρίνῃ, ὦ Κτήσιππε, ὁμολογήσεις ταῦτα. εἰπὲ γάρ μοι, ἔστι σοι κύων; — καὶ μάλα πονηρός, ἔφη ὁ Κτήσιππος.— ἔστιν οὖν αὐτῷ κυνίδια; — καὶ μάλʼ, ἔφη, ἕτερα τοιαῦτα. — οὐκοῦν πατήρ ἐστιν αὐτῶν ὁ κύων; — ἔγωγέ τοι εἶδον, ἔφη, αὐτὸν ὀχεύοντα τὴν κύνα. — τί οὖν; οὐ σός ἐστιν ὁ κύων; — πάνυ γʼ, ἔφη.— οὐκοῦν πατὴρ ὢν σός ἐστιν,3 ὥστε σὸς πατὴρ γίγνεται ὁ κύων καὶ σὺ κυναρίων ἀδελφός; καὶ αὖθις ταχὺ ὑπολαβὼν ὁ Διονυσόδωρος, ἵνα μὴ πρότερόν τι εἴποι ὁ Κτήσιππος, καὶ ἔτι γέ μοι μικρόν, ἔφη, ἀπόκριναι· τύπτεις τὸν κύνα τοῦτον; —καὶ ὁ Κτήσιππος γελάσας, νὴ τοὺς θεούς, ἔφη· οὐ γὰρ δύναμαι σέ. — οὐκοῦν τὸν σαυτοῦ πατέρα, ἔφη, τύπτεις;
ソクラテス:『その通りだ、』と私は言った、『一方は私の父親であり、他方は彼の父親だ。』 『それでは、』と彼(ディオニュソドロス)は言った、『カイレデモスは、その父親とは別の人だったのだね?』 『――私の父親とはね、』と私は言った。 『では、父親とは異なるものでありながら、父親であるということがあったのか?それとも、君は石と同じなのか?』 『――私は、』と私は言った、『自分が君によって[石と]同じであると示されてしまわないか恐れている。しかし、そうであるとは思わないが。』 『それでは、君は石とは異なるのだね?』と彼は言った。 『――むろん、異なる。』 『それなら、石と異なる者でありながら、君は石ではない、ということだね?また、金と異なる者でありながら、君は金ではないのだね?』 『――その通りだ。』 『それなら、カイレデモスもまた、父親と異なるものである以上、父親ではないのだ。』 『――父親ではないようですね。』と私は言った。 『というのも、もしカイレデモスが本当に父親であるとすれば、』と、エウテュデモスが引き取って言った、『今度は逆に、ソプロニスコスは父親(であるカイレデモス)とは異なるものである以上、父親ではないということになり、したがって、ソクラテスよ、君は父親のいない者ということになるからだ。』 するとクテシッポスが議論を引き継いで言った。『しかし、君たちの父親もまた、同じ目に遭っているのではないかね?彼は私の父親とは異なる人なのかね?』 『――とんでもないことだ、』とエウテュデモスは言った。 『――では、』と彼(クテシッポス)は言った、『同じ父親なのかね?』 『――むろん、同じだ。』 『――私はそれを望まないがね。ところで、エウテュデモスよ、彼は私だけの父親なのか、それとも他のすべての人間にとっても父親なのか?』 『――他の人々にとってもだ、』と彼は言った。『それとも君は、同じ父親でありながら、父親ではないなどということがあると思うのか?』 『――本当にそう思っていたのだ、』とクテシッポスは言った。 『――ではどうだ?』と彼(エウテュデモス)は言った。『金でありながら金ではないとか、人間でありながら人間ではないとかいうことがあるかね?』 『――滅相もない、』とクテシッポスは言った、『エウテュデモスよ、諺にあるように「亜麻糸を亜麻糸に繋ぎ合わせる」ようなことをしてはいない。君が言っていることは恐ろしいことだ、もし君の父親がすべての人の父親であるならば。』 『――しかし、そうなのだ。』と彼は言った。 『――人間の父親なのかね?』とクテシッポスは言った、『それとも馬や他のすべての動物の父親なのかね?』 『――すべてのもののだ。』と彼は言った。 『――母親も、やはり[すべてのものの]母親なのか?』 『――母親もそうだとも。』 『――では、海のハリネズミ(ウニ)にとっても、君の母親は母親なのだね。』と彼は言った。 『――そして君の母親もね。』と彼は言った。 『――では、君はハゼや子犬や子豚の兄弟なのだね。』 『――君もだけどね。』と彼は言った。 『――では、野生の猪が君の父親であり、犬が[君の父親]なのだね。』 『――君にとってもだけどね。』と彼は言った。 するとディオニュソドロスが言った。『今に、クテシッポスよ、もし私に答えるなら、君はこれらのことを認めることになるだろう。さあ言ってくれ、君は犬を飼っているかね?』 『――いるとも、ひどくいたずらなのがね。』とクテシッポスは言った。 『――では、その犬には子犬たちがいるかね?』 『――いるとも、親に似てひどいやつらがね。』と彼は言った。 『――それでは、その犬はそれらの子犬たちの父親だね?』 『――私は確かに、彼が雌犬と交尾しているのを見たからね。』と彼は言った。 『――それならどうだ?その犬は君のものではないかね?』 『――むろん、私のだ。』と彼は言った。 『――それでは、父親であり、かつ君のものである以上、その犬は君の父親になり、君は子犬たちの兄弟になるのではないかね?』 そして再びディオニュソドロスは、クテシッポスが何かを先に言ってしまうのを防ぐために、素早く口を挟んで言った。 『そして、私にもう少しだけ答えなさい。君はこの犬を叩くかね?』 するとクテシッポスは笑って言った。『神々に誓って、叩くとも。君を叩くわけにはいかないからね。』 『――それでは、君は自分自身の父親を叩いているのだね?』と彼は言った。
- 298aοὔκουν καὶ ὁ Χαιρέδημος, ἔφη, ἕτερος ὢν πατρὸς πατήρ ἐστιν.
οὔκουν は否定的な結論を導く(「〜ではない」)。ἕτερος ὢν πατρὸς は「父親(という存在・概念)とは異なるものであるので」という分詞の因果・前提的用法。したがって全体として「カイレデモスもまた……父親ではない(あるいは、父親と異なる者であって父親であるということはない)」という意味になる。
- 298cμὴ γάρ, ἔφη ὁ Κτήσιππος, ὦ Εὐθύδημε, τὸ λεγόμενον, οὐ λίνον λίνῳ συνάπτεις
τὸ λεγόμενον は挿入的に用いられる対格(いわゆる「言われるところの」)。μὴ γάρ は強い否定の願望や制止を表現し、ここでは「どうかそんなことは言わないでくれ」というニュアンス。οὐ λίνον λίνῳ συνάπτεις(直訳「君は亜麻糸を亜麻糸に繋ぎ合わせてはいない」)は、同種の無意味な議論を重ねているか、あるいは全く噛み合わないものを無理に結びつけていることを表す諺。
- 298eοὐκοῦν πατὴρ ὢν σός ἐστιν
σός はここでは二重の意味で機能している。一方は「君の(所有物としての犬)」であり、他方は「君の(父親)」である。パルティシプル πατὴρ ὢν(父親でありながら/父親であって)が σός ἐστιν(君のものである/君の[父親]である)に繋がることで、ソフィストは「父親であり、かつ君のものである」から「君の父親である」という結論を不当に導き出している。
