- 底本
- Platonis Opera, Tomus III: Tetralogia V-VII. Burnet, John, editor. Oxford: Clarendon Press, 1903.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg021.humanitext-grc2:289
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
ソクラテスとクレイニアスは、獲得すべき真の知識は「作ること」と「使うこと」が一致したものでなければならないと合意し、竪琴製作術や言論執筆(ロゴグラフィー)の技術はその条件を満たさないことを確認する。
ΣΩ. ἀλλὰ τὸ πρότερον, ἦν δʼ ἐγώ, τοῦτό γε ἐξηλέγξαμεν, ὅτι οὐδὲν πλέον, οὐδʼ εἰ ἄνευ πραγμάτων καὶ τοῦ ὀρύττειν τὴν γῆν τὸ πᾶν ἡμῖν χρυσίον γένοιτο· ὥστε οὐδʼ εἰ τὰς πέτρας χρυσᾶς ἐπισταίμεθα ποιεῖν, οὐδενὸς ἂν ἀξία ἡ ἐπιστήμη εἴη. εἰ γὰρ μὴ καὶ χρῆσθαι ἐπιστησόμεθα τῷ χρυσίῳ, οὐδὲν ὄφελος αὐτοῦ ἐφάνη ὄν· ἢ οὐ μέμνησαι; ἔφην ἐγώ.— πάνυ γʼ, ἔφη, μέμνημαι.—οὐδέ γε, ὡς ἔοικε, τῆς ἄλλης ἐπιστήμης ὄφελος γίγνεται οὐδέν, οὔτε χρηματιστικῆς οὔτε ἰατρικῆς οὔτε ἄλλης οὐδεμιᾶς, ἥτις ποιεῖν τι ἐπίσταται, χρῆσθαι δὲ μὴ ᾧ ἂν ποιήσῃ· οὐχ οὕτως;—συνέφη.—οὐδέ γε εἴ τις ἔστιν ἐπιστήμη ὥστε ἀθανάτους ποιεῖν, ἄνευ τοῦ ἐπίστασθαι τῇ ἀθανασίᾳ χρῆσθαι1 οὐδὲ ταύτης ἔοικεν ὄφελος οὐδέν, εἴ τι δεῖ τοῖς πρόσθεν ὡμολογημένοις τεκμαίρεσθαι.—συνεδόκει ἡμῖν πάντα ταῦτα.—τοιαύτης τινὸς ἄρα ἡμῖν ἐπιστήμης δεῖ, ὦ καλὲ παῖ, ἦν δʼ ἐγώ, ἐν ᾗ συμπέπτωκεν ἅμα τό τε ποιεῖν καὶ τὸ ἐπίστασθαι χρῆσθαι τούτῳ ὃ ἂν ποιῇ.— φαίνεται, ἔφη.—πολλοῦ ἄρα δεῖ, ὡς ἔοικεν, ἡμᾶς λυροποιοὺς δεῖν εἶναι2 καὶ τοιαύτης τινὸς ἐπιστήμης ἐπηβόλους. ἐνταῦθα γὰρ δὴ χωρὶς μὲν ἡ ποιοῦσα τέχνη, χωρὶς δὲ ἡ χρωμένη διῄρηται τοῦ αὐτοῦ πέρι· ἡ γὰρ λυροποιικὴ καὶ ἡ κιθαριστικὴ πολὺ διαφέρετον ἀλλήλοιν. οὐχ οὕτως;—συνέφη.—οὐδὲ μὴν αὐλοποιικῆς γε δῆλον ὅτι δεόμεθα· καὶ γὰρ αὕτη ἑτέρα τοιαύτη.—συνεδόκει.—ἀλλὰ πρὸς θεῶν, ἔφην ἐγώ, εἰ τὴν λογοποιικὴν τέχνην μάθοιμεν, ἆρά ἐστιν αὕτη ἣν ἔδει κεκτημένους ἡμᾶς εὐδαίμονας εἶναι;— οὐκ οἶμαι, ἔφη, ἐγώ, ὁ Κλεινίας ὑπολαβών. τίνι τεκμηρίῳ, ἦν δʼ ἐγώ, χρῇ; ὁρῶ, ἔφη, τινὰς λογοποιούς, οἳ τοῖς ἰδίοις λόγοις, οἷς αὐτοὶ ποιοῦσιν, οὐκ ἐπίστανται χρῆσθαι, ὥσπερ οἱ λυροποιοὶ ταῖς λύραις, ἀλλὰ καὶ ἐνταῦθα ἄλλοι δυνατοὶ χρῆσθαι οἷς ἐκεῖνοι ἠργάσαντο,3 οἱ λογοποιεῖν αὐτοὶ ἀδύνατοι· δῆλον οὖν ὅτι καὶ περὶ λόγους χωρὶς ἡ τοῦ ποιεῖν τέχνη καὶ ἡ τοῦ χρῆσθαι. ἱκανόν μοι δοκεῖς, ἔφην ἐγώ, τεκμήριον λέγειν, ὅτι οὐχ αὕτη ἐστὶν ἡ τῶν λογοποιῶν τέχνη, ἣν ἂν κτησάμενός τις εὐδαίμων εἴη. καίτοι ἐγὼ ᾤμην ἐνταῦθά που φανήσεσθαι τὴν ἐπιστήμην ἣν δὴ πάλαι ζητοῦμεν. καὶ γάρ μοι οἵ τε ἄνδρες αὐτοὶ οἱ λογοποιοί, ὅταν συγγένωμαι αὐτοῖς, ὑπέρσοφοι, ὦ Κλεινία, δοκοῦσιν εἶναι, καὶ αὐτὴ ἡ τέχνη αὐτῶν θεσπεσία τις καὶ ὑψηλή. καὶ μέντοι οὐδὲν θαυμαστόν· ἔστι γὰρ τῆς τῶν ἐπῳδῶν τέχνης μόριον μικρῷ τε ἐκείνης ὑποδεεστέρα.
ソクラテス:「しかし」と私は言った。「それについては先ほど、すでに論破したのではないかね。すなわち、何の苦労もせず、また地を掘り起こすこともなしに、すべての黄金が私たちのものになったとしても、何の役にも立たないということを。だから、たとえ私たちが石を黄金に変える方法を知っていたとしても、そのような知識は何の価値もないだろう。なぜなら、もし私たちがその黄金を使う方法をも心得ていないのなら、それはいかなる益にもならないことが明らかになったのだからね。それとも覚えていないかね?」と私は言った。 「ええ、実によく覚えています」と彼は言った。 「そして、どうやら他のいかなる知識、すなわち、富を築く技術にせよ、医術にせよ、何かを作り出すことは心得ていても、自分が作り出したものをどう使うかを知らないような他のいかなる知識からも、何の益も生じないようだ。そうではないかね?」 彼は同意した。 「また、たとえ人を不死にするような知識が存在するとしても、その不死さをどう使うかを知らなければ、これまでの合意から推し量る必要があるとするなら、やはりこの知識からも何の益も生じないようだ。」 これらすべてについて、私たちは意見が一致した。 「それなら、私の美しい子よ、私たちは、作り出すことと、自分が作り出すものをどう使うかを知ることとが、同時に一つに合わさっているような、何かそのような知識を必要としているのだ」と私は言った。 「そのように見えます」と彼は言った。 「とすると、どうやら私たちが竪琴製作家になる必要も、そのような知識を手に入れる必要も、全くないことは明らかだ。なぜなら、そこでは、同一のものに関して、作り出す技術と使用する技術とが別々に分かれているからだ。実際、竪琴製作術と竪琴演奏術とは互いに大いに異なっている。そうではないかね?」 彼は同意した。 「また同様に、私たちが笛製作術を必要としていないことも明らかだ。なぜなら、これもまた同様に別の一例だからだ。」 意見が一致した。 「しかし、神々にかけてお尋ねするが」と私は言った。「もし私たちが言論執筆の技術を学ぶとしたら、私たちが幸福になるために獲得すべきなのは、まさにこの知識なのだろうか?」 するとクレイニアスが引き取って言った。「私はそうは思いません。」 「いかなる証拠に基づいてそう言うのかね?」と私は言った。 「私は」と彼は言った。「言論執筆家たちの中に、自分たちで作る言葉をどう使ってよいか知らない人々がいるのを目にしているからです。それはちょうど、竪琴製作家が竪琴を扱えないようなものです。むしろそこでも、自分では言論を作ることができない他の人々が、彼らの作り出したものを巧みに使いこなしているのです。したがって、言論に関しても、作り出す技術と使用する技術とは別々であることは明らかです。」 「君は十分な証拠を挙げているように私には思われる」と私は言った。「言論執筆家の技術とは、人がそれを獲得して幸福になれるようなものではない、ということのね。とはいえ、私はまさしくこのあたりに私たちがかねてより探し求めている知識が現れるのではないかと思っていたのだ。というのも、私にとって、あの言論執筆家という男たち自身、彼らと付き合ってみると、クレイニアスよ、非常に知恵のある人々に思えるし、彼らの技術そのものも、何か神がかり的で高尚なものに思えるからだ。もっとも、それは何も不思議なことではない。なぜなら、それは魔術の技術の一部分であり、それよりほんの少し劣っているにすぎないのだからね。」
- 289bὥστε ἀθανάτους ποιεῖν, ἄνευ τοῦ ἐπίστασθαι τῇ ἀθανασίᾳ χρῆσθαι
結果を導く接続詞 ὥστε に続く不定詞節 ἀθανάτους ποιεῖν に、条件を表す ἄνευ 句が係っている。τοῦ ἐπίστασθαι は属格の動名詞(冠詞付き不定詞)であり、さらにその目的語(補文)として不定詞 χρῆσθαι を支配している多層的な不定詞構造である。
- 289bπολλοῦ ἄρα δεῖ, ὡς ἔοικεν, ἡμᾶς λυροποιοὺς δεῖν εἶναι
「〜から遠く及ばない、決して〜ではない」を意味する非人称の慣用表現 πολλοῦ δεῖ (ここでは属格 πολλοῦ が離隔を表す)に、主節の主動詞としての機能を果たす不定詞 δεῖν (λυροποιοὺς ... εἶναι を伴う)がさらに重なっている。これは口語的あるいは強調的な重複表現(pleonasm)の一種である。
- 289dἀλλὰ καὶ ἐνταῦθα ἄλλοι δυνατοὶ χρῆσθαι οἷς ἐκεῖνοι ἠργάσαντο
関係代名詞 οἷς は関係節の引込(attraction)を起こしている。本来、動詞 ἠργάσαντο の直接目的語として対格(ἅ)であるべきところが、省略された先行詞(与格 τούτοις または τοῖς λόγοις)の格に引かれて与格 οἷς に同化している。
