- 底本
- Platonis Opera, Tomus I: Tetralogia I-II. Burnet, John, 1863-1928, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg007.humanitext-grc2:243
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
客人は古代の自然哲学者たちの議論(一者や多者、対立する諸要素)がいかに曖昧で難解であるかを指摘し、まず「存在する」という言葉の真意について、当事者たちに問いただす形式で探究を始めることを提案する。
ΞΕ. διαφερόμενον γὰρ ἀεὶ συμφέρεται, φασὶν αἱ συντονώτεραι τῶν Μουσῶν· αἱ δὲ μαλακώτεραι τὸ μὲν ἀεὶ ταῦτα οὕτως ἔχειν ἐχάλασαν,1 ἐν μέρει δὲ τοτὲ μὲν ἓν εἶναί φασι τὸ πᾶν καὶ φίλον ὑπʼ ἀφροδίτης, τοτὲ δὲ πολλὰ καὶ πολέμιον αὐτὸ αὑτῷ διὰ νεῖκός τι. ταῦτα δὲ πάντα εἰ μὲν ἀληθῶς τις ἢ μὴ τούτων εἴρηκε, χαλεπὸν καὶ πλημμελὲς οὕτω μεγάλα κλεινοῖς καὶ παλαιοῖς ἀνδράσιν ἐπιτιμᾶν· ἐκεῖνο δὲ ἀνεπίφθονον ἀποφήνασθαι— ΘΕΑΙ. τὸ ποῖον; ΞΕ. ὅτι λίαν τῶν πολλῶν ἡμῶν ὑπεριδόντες ὠλιγώρησαν· οὐδὲν γὰρ φροντίσαντες εἴτʼ ἐπακολουθοῦμεν αὐτοῖς λέγουσιν εἴτε ἀπολειπόμεθα, περαίνουσι τὸ σφέτερον αὐτῶν ἕκαστοι. ΘΕΑΙ. πῶς λέγεις; ΞΕ. ὅταν τις αὐτῶν φθέγξηται λέγων ὡς ἔστιν ἢ γέγονεν ἢ γίγνεται πολλὰ ἢ ἓν ἢ δύο, καὶ θερμὸν αὖ ψυχρῷ συγκεραννύμενον, ἄλλοθί πῃ διακρίσεις καὶ συγκρίσεις ὑποτιθείς, τούτων, ὦ Θεαίτητε, ἑκάστοτε σύ τι πρὸς θεῶν συνίης ὅτι λέγουσιν; ἐγὼ μὲν γὰρ ὅτε μὲν ἦν νεώτερος, τοῦτό τε τὸ νῦν ἀπορούμενον ὁπότε τις εἴποι, τὸ μὴ ὄν, ἀκριβῶς ᾤμην συνιέναι. νῦν δὲ ὁρᾷς ἵνʼ ἐσμὲν αὐτοῦ πέρι τῆς ἀπορίας. ΘΕΑΙ. ὁρῶ. ΞΕ. τάχα τοίνυν ἴσως οὐχ ἧττον κατὰ τὸ ὂν ταὐτὸν τοῦτο πάθος εἰληφότες ἐν τῇ ψυχῇ περὶ μὲν τοῦτο εὐπορεῖν φαμεν καὶ μανθάνειν ὁπόταν τις αὐτὸ φθέγξηται, περὶ δὲ θάτερον οὔ, πρὸς ἀμφότερα ὁμοίως ἔχοντες. ΘΕΑΙ. ἴσως. ΞΕ. καὶ περὶ τῶν ἄλλων δὴ τῶν προειρημένων ἡμῖν ταὐτὸν τοῦτο εἰρήσθω. ΘΕΑΙ. πάνυ γε. ΞΕ. τῶν μὲν τοίνυν πολλῶν πέρι καὶ μετὰ τοῦτο σκεψόμεθʼ, ἂν δόξῃ, περὶ δὲ τοῦ μεγίστου τε καὶ ἀρχηγοῦ πρώτου νῦν σκεπτέον. ΘΕΑΙ. τίνος δὴ λέγεις; ἢ δῆλον ὅτι τὸ ὂν φῂς πρῶτον δεῖν διερευνήσασθαι τί ποθʼ οἱ λέγοντες αὐτὸ δηλοῦν ἡγοῦνται; ΞΕ. κατὰ πόδα2 γε, ὦ Θεαίτητε, ὑπέλαβες. λέγω γὰρ δὴ ταύτῃ δεῖν ποιεῖσθαι τὴν μέθοδον ἡμᾶς, οἷον αὐτῶν παρόντων ἀναπυνθανομένους ὧδε· φέρε, ὁπόσοι θερμὸν καὶ ψυχρὸν ἤ τινε δύο τοιούτω τὰ πάντʼ εἶναί φατε, τί ποτε ἄρα τοῦτʼ ἐπʼ ἀμφοῖν φθέγγεσθε, λέγοντες ἄμφω καὶ ἑκάτερον εἶναι; τί τὸ εἶναι τοῦτο ὑπολάβωμεν ὑμῶν; πότερον τρίτον παρὰ τὰ δύο ἐκεῖνα, καὶ τρία τὸ πᾶν ἀλλὰ μὴ δύο ἔτι καθʼ ὑμᾶς τιθῶμεν; οὐ γάρ που τοῖν γε δυοῖν καλοῦντες θάτερον ὂν ἀμφότερα ὁμοίως εἶναι λέγετε· σχεδὸν γὰρ ἂν ἀμφοτέρως ἕν, ἀλλʼ οὐ δύο εἴτην.3 ΘΕΑΙ. ἀληθῆ λέγεις. ΞΕ. ἀλλʼ ἆρά γε τὰ ἄμφω βούλεσθε καλεῖν ὄν; ΘΕΑΙ. ἴσως.
客人:「異なるものは常に合致する」と、ミューズたちのうちでもより厳格な方々は言う。これに対して、より緩やかな方々は、これらが常にこのようであるという緊張を緩め、代わる代わる、ある時は万物は一つであり、アプロディテによって親しい関係にあり、またある時は、多くのものとなり、ある種の争いのために、それ自体に対して敵対していると言うのだ。しかし、これらのことについて、彼らのうちの誰かが真実を語っているのか、それともそうでないのかを論じるのは困難であり、そのように偉大で誉れ高い古の人々を非難するのは不作法というものだ。だが、次のことを表明することなら、反感を買うことはないだろう。 テアイテトス:それはどのようなことですか。 客人:彼らは私たち多くの者をあまりにも見下し、軽んじたということだ。なぜなら、彼らは自分たちの言葉に私たちがついていっているのか、それとも取り残されているのかなど少しも気に留めず、めいめいが自分たちの主張を推し進めているからだ。 テアイテトス:どういう意味でおっしゃっているのですか。 客人:彼らのうちの誰かが、存在する、あるいは存在した、あるいは存在するようになるものは、「多く」であるとか、「一つ」であるとか、「二つ」であるとか語り、また熱いものが冷たいものと混ざり合うとか語り、さらに他の箇所では分離や結合を仮定して語るとき、テアイテトスよ、神々に誓って、君は彼らがその都度何を言っているのか理解できているかね。私自身について言えば、若い頃は、今や行き詰まっている「存在しないもの」という言葉を誰かが口にするとき、それを正確に理解していると思い込んでいた。だが、現在、私たちがその困難についてどのような状況にあるか、君も目にする通りだ。 テアイテトス:目にします。 客人:したがって、おそらく同様に「存在する」ということに関しても、私たちは魂において同じ状態に陥っているかもしれない。私たちは、誰かがそれを口にするとき、それについては容易に理解し把握していると主張しながら、もう一方についてはそうではないと言っているが、実際には両者に対して同じ状態にあるのではないか。 テアイテトス:おそらくその通りです。 客人:では、私たちが先に述べた他のすべての事柄についても、これと同じことが言えることにしておこう。 テアイテトス:まったくその通りです。 客人:さて、多くの事柄については、後で必要と思われるなら検討することにしよう。しかし、最大かつ最も根源的な第一のものについて、今こそ検討せねばならない。 テアイテトス:いったい何についておっしゃっているのですか。まず「存在する」ということを探究し、それを語る人々が一体何を示していると考えているのかを明らかにすべきだ、とおっしゃるのですね。 客人:テアイテトスよ、君は私のすぐ後をぴったり追って引き取ってくれた。というのも、私はまさに次のような方法をとるべきだと言っているのだ。彼らがそこに立ち会っているかのように、このように問い質してみるのだ。 「さあ、万物は熱と冷、あるいはそれらに類する二つのものであると言う方々よ、あなた方は両方が『存在する』、またそれぞれが『存在する』と言うとき、一体その両方に対して何を口にしているのですか。あなた方の言うこの『存在する』とは何を意味していると私たちは受け取ればよいのでしょうか。それはあの二つのほかに第三の存在であり、したがって万物は、あなた方の言うように二つではなく、もはや三つであると私たちは仮定すべきなのでしょうか。というのも、あなた方はその二つのうちの一方だけを『存在する』と呼んで、両方が同様に『存在する』と言っているわけではないでしょう。なぜなら、どちらの解釈をとっても、おそらく二つは一つになってしまい、二つではなくなるでしょうから」テアイテトス:おっしゃる通りです。 客人:「では、あなた方は両方をあわせて『存在する』と呼びたいのですか」テアイテトス:おそらくそうです。
- 243τὸ μὲν ἀεὶ ταῦτα οὕτως ἔχειν ἐχάλασαν
動詞 ἐχάλασαν(χαλάω「緩める」の3人称複数アオリスト)の直接目的語は、中性単数冠詞 τὸ を伴う不定詞句 τὸ ἀεὶ ταῦτα οὕτως ἔχειν(これらが常にこのように[=相反する二つの状態が同時に一体となって]あること)である。これにより、「常に同時に一体である」というヘラクレイトス的な緊張関係を、エンペドクレス的な時間的交互へと緩めたことが表現されている。
- 243dκατὰ πόδα
文字通りには「足元に従って」「一歩一歩追って」を意味する副詞句。ここでは「私のすぐ後にぴったり付いて」「私の思考の歩みに正確についてきて」という意味で、テアイテトスの理解が極めて的確で素早い(「我が意を得たり」)ことを比喩的に表現している。
- 243eἀμφοτέρως ἕν, ἀλλʼ οὐ δύο εἴτην
εἴτην は3人称双数希求法現在(条件文の不変化小辞 ἄν を伴う帰結節)。主語は対立する二つのもの(熱と冷)。「その二つのうちのいずれか一方のみを『存在』と呼ぶのであれば、どちらの解釈をとっても(ἀμφοτέρως)二つのものは一つになってしまい、もはや二つではなくなるだろう」という意味。双数形 εἴτην の使用により、対立する二者を一対のものとして明確に指示している。
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-09-21)
- 2026-09-21 AI校閲 — 訳文 1 件
