- 底本
- Platonis Opera, Tomus I: Tetralogia I-II. Burnet, John, 1863-1928, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg007.humanitext-grc2:244
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
異郷人は複数原理論者に対する議論をまとめ、次に一者のみが存在すると主張する人々(一者論者)に対する吟味へ移行する。一者論における「名前」と「存在」の同一性の矛盾や、パルメニデスの記述に基づく「全体」と「部分」の論理的帰結について問いを立てる。
ΞΕ. ἀλλʼ, ὦ φίλοι, φήσομεν, κἂν οὕτω τὰ δύο λέγοιτʼ ἂν σαφέστατα ἕν.1 ΘΕΑΙ. ὀρθότατα εἴρηκας. ΞΕ. ἐπειδὴ τοίνυν ἡμεῖς ἠπορήκαμεν, ὑμεῖς αὐτὰ ἡμῖν ἐμφανίζετε ἱκανῶς, τί ποτε βούλεσθε σημαίνειν ὁπόταν ὂν φθέγγησθε. δῆλον γὰρ ὡς ὑμεῖς μὲν ταῦτα πάλαι γιγνώσκετε, ἡμεῖς δὲ πρὸ τοῦ μὲν ᾠόμεθα, νῦν δʼ ἠπορήκαμεν. διδάσκετε οὖν πρῶτον τοῦτʼ αὐτὸ ἡμᾶς, ἵνα μὴ δοξάζωμεν μανθάνειν μὲν τὰ λεγόμενα παρʼ ὑμῶν, τὸ δὲ τούτου γίγνηται πᾶν τοὐναντίον. ταῦτα δὴ λέγοντές τε καὶ ἀξιοῦντες παρά τε τούτων καὶ παρὰ τῶν ἄλλων ὅσοι πλεῖον ἑνὸς λέγουσι τὸ πᾶν εἶναι, μῶν, ὦ παῖ, τὶ πλημμελήσομεν; ΘΕΑΙ. ἥκιστά γε. ΞΕ. τί δέ; παρὰ τῶν ἓν τὸ πᾶν λεγόντων ἆρʼ οὐ πευστέον εἰς δύναμιν τί ποτε λέγουσι τὸ ὄν; ΘΕΑΙ. πῶς γὰρ οὔ; ΞΕ. τόδε τοίνυν ἀποκρινέσθων. ἕν πού φατε μόνον εἶναι; — φαμὲν γάρ, φήσουσιν. ἦ γάρ; ΘΕΑΙ. ναί. ΞΕ. τί δέ; ὂν καλεῖτέ τι; ΘΕΑΙ. ναί. ΞΕ. πότερον ὅπερ ἕν, ἐπὶ τῷ αὐτῷ προσχρώμενοι δυοῖν ὀνόμασιν, ἢ πῶς; ΘΕΑΙ. τίς οὖν αὐτοῖς ἡ μετὰ τοῦτʼ, ὦ ξένε, ἀπόκρισις; ΞΕ. δῆλον, ὦ Θεαίτητε, ὅτι τῷ ταύτην τὴν ὑπόθεσιν ὑποθεμένῳ πρὸς τὸ νῦν ἐρωτηθὲν καὶ πρὸς ἄλλο δὲ ὁτιοῦν οὐ πάντων ῥᾷστον ἀποκρίνασθαι. ΘΕΑΙ. πῶς; ΞΕ. τό τε δύο ὀνόματα ὁμολογεῖν εἶναι μηδὲν θέμενον πλὴν ἓν καταγέλαστόν που. ΘΕΑΙ. πῶς δʼ οὔ; ΞΕ. καὶ τὸ παράπαν γε ἀποδέχεσθαί του λέγοντος ὡς ἔστιν ὄνομά τι, λόγον οὐκ ἂν ἔχον. ΘΕΑΙ. πῇ; ΞΕ. τιθείς τε τοὔνομα τοῦ πράγματος ἕτερον δύο λέγει πού τινε. ΘΕΑΙ. ναί. ΞΕ. καὶ μὴν ἂν ταὐτόν γε αὐτῷ τιθῇ τοὔνομα, ἢ μηδενὸς ὄνομα ἀναγκασθήσεται λέγειν, εἰ δέ τινος αὐτὸ φήσει, συμβήσεται τὸ ὄνομα ὀνόματος ὄνομα μόνον, ἄλλου δὲ οὐδενὸς ὄν. ΘΕΑΙ. οὕτως. ΞΕ. καὶ τὸ ἕν γε, ἑνὸς ὄνομα ὂν καὶ τοῦ ὀνόματος αὖ τὸ ἓν ὄν. ΘΕΑΙ. ἀνάγκη. ΞΕ. τί δέ; τὸ ὅλον ἕτερον τοῦ ὄντος ἑνὸς ἢ ταὐτὸν φήσουσι τούτῳ; ΘΕΑΙ. πῶς γὰρ οὐ φήσουσί τε καὶ φασίν; ΞΕ. εἰ τοίνυν ὅλον ἐστίν, ὥσπερ καὶ Παρμενίδης λέγει, "πάντοθεν εὐκύκλου σφαίρης ἐναλίγκιον ὄγκῳ, μεσσόθεν ἰσοπαλὲς πάντῃ· τὸ γὰρ οὔτε τι μεῖζον οὔτε τι βαιότερον πελέναι χρεόν ἐστι τῇ ἢ τῇ," τοιοῦτόν γε ὂν τὸ ὂν μέσον τε καὶ ἔσχατα ἔχει, ταῦτα δὲ ἔχον πᾶσα ἀνάγκη μέρη ἔχειν· ἢ πῶς; ΘΕΑΙ. οὕτως.
客人:「しかし、友よ」と私たちは言うでしょう。「そうであっても、二つのものは最も明白に一つと言われることになる」と。 テアイテトス:まったくその通りです。 客人:それゆえ、私たちは行き詰まってしまったのですから、あなた方が、存在する(ある)ということを口にするとき、一体何を意味しようとしているのか、それを私たちに十分に明らかにしてください。というのも、あなた方はずっと前からこれらを知っていたのに対し、私たちは以前は知っていると思い込んでいたものの、今や行き詰まってしまっていることは明らかだからです。ですから、まずはまさにこのことを私たちに教えてください。あなた方の語ることを私たちが理解していると思い込みながら、実際にはその全く逆のことが起こっている、などということにならないように。 このように語り、また、これらの人々や、万物を一つより多いであると言う他のすべての人々に要求するとき、少年よ、私たちは何か間違いを犯すことになるだろうか。 テアイテトス:決してそんなことはありません。 客人:では、万物は一つであると言う人々に対しても、彼らが「存在する」ということを一体何であると言っているのか、できる限り問い質すべきではないだろうか。 テアイテトス:どうしてそうしないことがありえましょう。 客人:では、彼らにこのように答えてもらうことにしよう。「あなた方は、ただ一つだけが存在すると言っているのですね」――「はい、そうです」と彼らは言うだろう。そうではないかね。 テアイテトス:はい。 客人:では、「存在する(ある)」とあなた方は何かを呼んでいるのですか。 テアイテトス:はい。 客人:それは「一つ」と同じものですか。同じものに対して二つの名前を重複して用いているのですか、それともどうなのですか。 テアイテトス:異郷人よ、そう尋ねたら、彼らは次にどのように答えるのでしょうか。 客人:テアイテトスよ、そのような前提を置いた者にとって、今の質問や、他のどのような質問に対しても答えることは、およそ最も容易なことではないというのは明らかだ。 テアイテトス:どういうことですか。 客人:一つ以外には何も存在しないと仮定しておきながら、二つの名前が存在することを認めるのは、滑稽なことだからだ。 テアイテトス:どうしてそうでないことがありえましょう。 客人:また、何らかの名前が存在すると誰かが言うのを、およそそのまま受け入れることも、不合理(道理に合わないこと)だろう。 テアイテトス:どのようにですか。 客人:名前を事物の外部にある別のものとするなら、二つのものを語ることになるはずだ。 テアイテトス:はい。 客人:そしてまた、もし名前をその事物と同一のものとするなら、それは何の(誰の)名前でもないと言うか、あるいは何らかのものの名前であると言うならば、その名前はただ「名前という名前」にすぎず、他のいかなるものの名前でもないということになってしまうだろう。 テアイテトス:その通りです。 客人:そして「一つ」についても、それは「一というもの」の名前でありながら、さらにその「一というもの」は名前そのものであるということになる。 テアイテトス:必然的にそうなります。 客人:では、「全体」についてはどうだろう。彼らはそれを「存在する一」とは別のものであると言うだろうか、それともこれと同一であると言うだろうか。 テアイテトス:どうして同一であると言わないことがありえましょう、現にそう言っているのですから。 客人:それでは、もしそれが「全体」であるなら、パルメニデスが、 「あらゆる方向から、美しく丸い球体のふくらみに似て、 中心から四方に等しく引き合っている。なぜなら、これより大きいとか、 あれより小さいとかいうことが、こちらやあちらにあってはならないからだ」と言っているように、存在するものがそのようなものであるなら、中心と両端(極限)を持つことになる。そして、これらを持つ以上は、部分を持つことが絶対に不可避である。そうではないかね。 テアイテトス:その通りです。
- 244aκἂν οὕτω τὰ δύο λέγοιτʼ ἂν σαφέστατα ἕν
接続詞 κἄν(καὶ ἐάν の縮約)は、ここでは「たとえそのようであっても」という譲歩の仮定を表す。主節の λέγοιτʼ ἂν(希求法+ἄν)は潜在(〜となるであろう)を表し、複数原理主義者が二つのもの(熱と冷)の両方を「存在する」と同一視した場合に、結局それら二つが同一の「存在」となってしまい、一者(一つ)に帰着せざるを得ないという帰結を導いている。
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-09-30)
- 2026-09-30 表記の統一 — 訳文 1 件
