- 底本
- Platonis Opera, Tomus I: Tetralogia I-II. Burnet, John, 1863-1928, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
- 翻訳
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- 言語
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- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg006.humanitext-grc2:159-160
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
ソクラテスとテアイテトスは、同一人物であっても健康状態の変化により知覚のされ方(甘味と苦味)が変わり、存在や生成はすべて知覚者と対象の間の動的な関係性においてのみ成立することに同意する。これにより、テアイテトスの「知識=知覚」という定義は、プロタゴラスやヘラクレイトスらの学説と一致し、論理的に完成する。
ΘΕΑΙ. ἀδύνατον τοίνυν ταὐτόν τι ἔχειν ἢ ἐν δυνάμει ἢ ἐν ἄλλῳ ὁτῳοῦν, ὅταν ᾖ κομιδῇ ἕτερον.1 ΣΩ. ἆρʼ οὖν οὐ καὶ ἀνόμοιον ἀναγκαῖον τὸ τοιοῦτον ὁμολογεῖν; ΘΕΑΙ. ἔμοιγε δοκεῖ. ΣΩ. εἰ ἄρα τι συμβαίνει ὅμοιόν τῳ γίγνεσθαι ἢ ἀνόμοιον, εἴτε ἑαυτῷ εἴτε ἄλλῳ, ὁμοιούμενον μὲν ταὐτὸν φήσομεν γίγνεσθαι, ἀνομοιούμενον δὲ ἕτερον; ΘΕΑΙ. ἀνάγκη. ΣΩ. οὐκοῦν πρόσθεν ἐλέγομεν ὡς πολλὰ μὲν εἴη τὰ ποιοῦντα καὶ ἄπειρα, ὡσαύτως δέ γε τὰ πάσχοντα; ΘΕΑΙ. ναί. ΣΩ. καὶ μὴν ὅτι γε ἄλλο ἄλλῳ συμμειγνύμενον καὶ ἄλλῳ οὐ ταὐτὰ ἀλλʼ ἕτερα γεννήσει; ΘΕΑΙ. πάνυ μὲν οὖν. ΣΩ. λέγωμεν δὴ ἐμέ τε καὶ σὲ καὶ τἆλλα ἤδη κατὰ τὸν αὐτὸν λόγον, Σωκράτη ὑγιαίνοντα καὶ Σωκράτη αὖ ἀσθενοῦντα.2 πότερον ὅμοιον τοῦτʼ ἐκείνῳ ἢ ἀνόμοιον φήσομεν; ΘΕΑΙ. ἆρα τὸν ἀσθενοῦντα Σωκράτη, ὅλον τοῦτο λέγεις ὅλῳ ἐκείνῳ, τῷ ὑγιαίνοντι Σωκράτει; ΣΩ. κάλλιστα ὑπέλαβες· αὐτὸ τοῦτο λέγω. ΘΕΑΙ. ἀνόμοιον δήπου. ΣΩ. καὶ ἕτερον ἄρα οὕτως ὥσπερ ἀνόμοιον; ΘΕΑΙ. ἀνάγκη. ΣΩ. καὶ καθεύδοντα δὴ καὶ πάντα ἃ νυνδὴ διήλθομεν, ὡσαύτως φήσεις; ΘΕΑΙ. ἔγωγε. ΣΩ. ἕκαστον δὴ τῶν πεφυκότων τι ποιεῖν, ἄλλο τι, ὅταν μὲν λάβῃ ὑγιαίνοντα Σωκράτη, ὡς ἑτέρῳ μοι χρήσεται, ὅταν δὲ ἀσθενοῦντα, ὡς ἑτέρῳ; ΘΕΑΙ. τί δʼ οὐ μέλλει; ΣΩ. καὶ ἕτερα δὴ ἐφʼ ἑκατέρου γεννήσομεν ἐγώ τε ὁ πάσχων καὶ ἐκεῖνο τὸ ποιοῦν; ΘΕΑΙ. τί μήν; ΣΩ. ὅταν δὴ οἶνον πίνω ὑγιαίνων, ἡδύς μοι φαίνεται καὶ γλυκύς; ΘΕΑΙ. ναί. ΣΩ. ἐγέννησε γὰρ δὴ ἐκ τῶν προωμολογημένων τό τε ποιοῦν καὶ τὸ πάσχον γλυκύτητά τε καὶ αἴσθησιν, ἅμα φερόμενα ἀμφότερα, καὶ ἡ μὲν αἴσθησις πρὸς τοῦ πάσχοντος οὖσα3 αἰσθανομένην τὴν γλῶτταν ἀπηργάσατο, ἡ δὲ γλυκύτης πρὸς τοῦ οἴνου περὶ αὐτὸν φερομένη γλυκὺν τὸν οἶνον τῇ ὑγιαινούσῃ γλώττῃ ἐποίησεν καὶ εἶναι καὶ φαίνεσθαι. ΘΕΑΙ. πάνυ μὲν οὖν τὰ πρότερα ἡμῖν οὕτως ὡμολόγητο. ΣΩ. ὅταν δὲ ἀσθενοῦντα, ἄλλο τι πρῶτον μὲν τῇ ἀληθείᾳ οὐ τὸν αὐτὸν ἔλαβεν; ἀνομοίῳ γὰρ δὴ προσῆλθεν. ΘΕΑΙ. ναί. ΣΩ. ἕτερα δὴ αὖ ἐγεννησάτην ὅ τε τοιοῦτος Σωκράτης καὶ ἡ τοῦ οἴνου πόσις, περὶ μὲν τὴν γλῶτταν αἴσθησιν πικρότητος, περὶ δὲ τὸν οἶνον γιγνομένην καὶ φερομένην πικρότητα, καὶ τὸν μὲν οὐ πικρότητα ἀλλὰ πικρόν, ἐμὲ δὲ οὐκ αἴσθησιν ἀλλʼ αἰσθανόμενον; ΘΕΑΙ. κομιδῇ μὲν οὖν.
テアイテトス:それゆえ、完全に異なるものであるならば、潜在的な力においても他のいかなる点においても、何か同じものを持つことは不可能です。 ソクラテス:それでは、そのようなものは必然的に「不似」でもあると認めざるを得ないのではないかね。 テアイテトス:私にはそう思われます。 ソクラテス:では、もし何かがあるものに似てくるか、あるいは似てこなくなることが起こるとして、それが自分自身に対してであれ他のものに対してであれ、似てくるときには「同じ」になり、似てこなくなるときには「異なる」になると言うべきだろうか。 テアイテトス:必然的にそうです。 ソクラテス:ところで、私たちは以前、作用を及ぼすものは多数かつ無限であり、作用を受けるものも同様であると言っていなかったかね。 テアイテトス:はい。 ソクラテス:そしてさらに、あるものが別のものと交じり合うのと、またさらに別のものと交じり合うのとでは、同じものではなく異なるものを生み出すということも。 テアイテトス:まったくその通りです。 ソクラテス:では、私や君、そして他のものについても、同じ議論に従って、健康なソクラテスと、病気であるソクラテスについて語ってみよう。私たちは、この者があの者と似ていると言うべきだろうか、それとも似ていないと言うべきだろうか。 テアイテトス:病気であるソクラテスという、この全体を、あの全体、すなわち健康なソクラテスと比較して言っておられるのですか。 ソクラテス:見事にこちらの意図を汲んでくれた。まさにその通りのことを言っている。 テアイテトス:当然、似ていません。 ソクラテス:そうすると、似ていないのと同様に、異なるものであるとも言えるね。 テアイテトス:必然的にそうです。 ソクラテス:そして、眠っている者についても、また先ほど私たちが議論したすべての状態についても、同様であると言うかね。 テアイテトス:私はそう言います。 ソクラテス:では、何かを作用させる性質を持つもののそれぞれは、健康なソクラテスに出会ったときには、それを一つの異なるものとして扱い、病気なソクラテスに出会ったときには、また別の異なるものとして扱うのではないかね。 テアイテトス:どうしてそうならないことがありましょう。 ソクラテス:そして、作用を受ける私と、作用を及ぼすあのものの双方が、それぞれのケースにおいて、異なるものを生み出すことになるのではないかね。 テアイテトス:当然です。 ソクラテス:例えば、私が健康なときにワインを飲むと、それは私にとって心地よく甘いものと感じられるね。 テアイテトス:はい。 ソクラテス:なぜなら、以前合意した事柄によれば、作用を及ぼすものと作用を受けるものの双方が、甘みと知覚を同時に生み出し、両者が同時に運動するからだ。そして、知覚の方は作用を受けるものの側に生じて、舌を知覚するものへと仕立て上げ、甘みの方はワインの側に生じて、ワインの周囲を動き回りながら、健康な舌に対して、そのワインを甘いものとして存在させ、かつそのように見えさせるのである。 テアイテトス:まったくその通りに、私たちは以前、合意しておりました。 ソクラテス:しかし、病気のソクラテスに出会うときには、まず第一に、それは実際には同じ人に出会ったのではないのではないかね。なぜなら、似ていない人に近づいたのだから。 テアイテトス:はい。 ソクラテス:それでは今度は、そのようなソクラテスとワインを飲むことの双方が、異なるものを生み出すことになる。すなわち、舌の周りには苦味の知覚を、ワインの周りには生じて動き回る苦味を生み出し、ワインを苦味そのものではなく「苦いもの」にし、私を知覚そのものではなく「知覚しているもの」にするのではないかね。 テアイテトス:まさにその通りです。
ΣΩ. οὔκουν ἐγώ τε οὐδὲν ἄλλο ποτὲ γενήσομαι οὕτως αἰσθανόμενος· τοῦ γὰρ ἄλλου ἄλλη αἴσθησις, καὶ ἀλλοῖον καὶ ἄλλον ποιεῖ τὸν αἰσθανόμενον· οὔτʼ ἐκεῖνο τὸ ποιοῦν ἐμὲ μήποτʼ ἄλλῳ συνελθὸν ταὐτὸν γεννῆσαν τοιοῦτον γένηται· ἀπὸ γὰρ ἄλλου ἄλλο γεννῆσαν ἀλλοῖον γενήσεται. ΘΕΑΙ. ἔστι ταῦτα. ΣΩ. οὐδὲ μὴν ἔγωγε ἐμαυτῷ τοιοῦτος, ἐκεῖνό τε ἑαυτῷ τοιοῦτον γενήσεται. ΘΕΑΙ. οὐ γὰρ οὖν. ΣΩ. ἀνάγκη δέ γε ἐμέ τε τινὸς γίγνεσθαι, ὅταν αἰσθανόμενος γίγνωμαι· αἰσθανόμενον γάρ, μηδενὸς δὲ αἰσθανόμενον, ἀδύνατον γίγνεσθαι· ἐκεῖνό τε τινὶ γίγνεσθαι, ὅταν γλυκὺ ἢ πικρὸν ἤ τι τοιοῦτον γίγνηται· γλυκὺ γάρ, μηδενὶ δὲ γλυκὺ ἀδύνατον γενέσθαι. ΘΕΑΙ. παντάπασι μὲν οὖν. ΣΩ. λείπεται δὴ οἶμαι ἡμῖν ἀλλήλοις, εἴτʼ ἐσμέν, εἶναι, εἴτε γιγνόμεθα, γίγνεσθαι,4 ἐπείπερ ἡμῶν ἡ ἀνάγκη τὴν οὐσίαν συνδεῖ μέν, συνδεῖ δὲ οὐδενὶ τῶν ἄλλων οὐδʼ αὖ ἡμῖν αὐτοῖς. ἀλλήλοις δὴ λείπεται συνδεδέσθαι. ὥστε εἴτε τις εἶναί τι ὀνομάζει, τινὶ εἶναι ἢ τινὸς ἢ πρός τι ῥητέον αὐτῷ, εἴτε γίγνεσθαι· αὐτὸ δὲ ἐφʼ αὑτοῦ τι ἢ ὂν ἢ γιγνόμενον οὔτε αὐτῷ λεκτέον οὔτʼ ἄλλου λέγοντος ἀποδεκτέον, ὡς ὁ λόγος ὃν διεληλύθαμεν σημαίνει. ΘΕΑΙ. παντάπασι μὲν οὖν, ὦ Σώκρατες. ΣΩ. οὐκοῦν ὅτε δὴ τὸ ἐμὲ ποιοῦν ἐμοί ἐστιν καὶ οὐκ ἄλλῳ, ἐγὼ καὶ αἰσθάνομαι αὐτοῦ, ἄλλος δʼ οὔ; ΘΕΑΙ. πῶς γὰρ οὔ; ΣΩ. ἀληθὴς ἄρα ἐμοὶ ἡ ἐμὴ αἴσθησις—τῆς γὰρ ἐμῆς οὐσίας ἀεί ἐστιν—καὶ ἐγὼ κριτὴς κατὰ τὸν Πρωταγόραν τῶν τε ὄντων ἐμοὶ ὡς ἔστι, καὶ τῶν μὴ ὄντων ὡς οὐκ ἔστιν. ΘΕΑΙ. ἔοικεν. ΣΩ. πῶς ἂν οὖν ἀψευδὴς ὢν καὶ μὴ πταίων τῇ διανοίᾳ περὶ τὰ ὄντα ἢ γιγνόμενα οὐκ ἐπιστήμων ἂν εἴην ὧνπερ αἰσθητής; ΘΕΑΙ. οὐδαμῶς ὅπως οὔ. ΣΩ. παγκάλως ἄρα σοι εἴρηται ὅτι ἐπιστήμη οὐκ ἄλλο τί ἐστιν ἢ αἴσθησις, καὶ εἰς ταὐτὸν συμπέπτωκεν, κατὰ μὲν Ὅμηρον καὶ Ἡράκλειτον καὶ πᾶν τὸ τοιοῦτον φῦλον οἷον ῥεύματα κινεῖσθαι τὰ πάντα, κατὰ δὲ Πρωταγόραν τὸν σοφώτατον πάντων χρημάτων ἄνθρωπον μέτρον εἶναι, κατὰ δὲ Θεαίτητον τούτων οὕτως ἐχόντων αἴσθησιν ἐπιστήμην γίγνεσθαι. ἦ γάρ, ὦ Θεαίτητε; φῶμεν τοῦτο σὸν μὲν εἶναι οἷον νεογενὲς παιδίον, ἐμὸν δὲ μαίευμα; ἢ πῶς λέγεις; ΘΕΑΙ. οὕτως ἀνάγκη, ὦ Σώκρατες.
ソクラテス:したがって、私は他のいかなるものに対しても、このように知覚するものになることは決してない。というのも、別のものに対しては別の知覚があり、それは知覚する者を変化させ、別のものにするのだから。また、私に作用を及ぼすあのものも、別のものと出会うことによって同じものを生み出し、今と同じようなものになることは決してない。なぜなら、別のものから別のものを生み出すことによって、それは異なるものになるのだから。 テアイテトス:その通りです。 ソクラテス:そしてもちろん、私自身が自分だけでこのようなものになることはなく、またあのものもそれ自身だけでこのようなものになることもない。 テアイテトス:確かにその通りです。 ソクラテス:しかし、私が知覚するものとなるときには、何かに対して知覚するものとなることが必然である。なぜなら、知覚しているのに、何ものも知覚していないということは不可能だからだ。またあのものも、甘いものや苦いもの、あるいはそのようなものになるときには、誰かにとってそのようになることが必然である。なぜなら、甘いものであるのに、誰にとっても甘くないということは不可能だからだ。 テアイテトス:まったくその通りです。 ソクラテス:それゆえ、私たちが存在するのであれ存在するようになるのであれ、私たちの存在は互いに結びついているということになる、と私は思う。なぜなら、必然の力が私たちの本質を互いに結びつけているものの、他の何ものにも、また私たち自身だけにも結びつけてはいないからだ。したがって、互いに結び合わされている状態が残る。それゆえ、もし誰かがあるものを「存在する」と呼ぶならば、それは「誰かにとって存在する」、あるいは「何かの存在である」、あるいは「何かとの関係において存在する」と言わねばならず、また「存在するようになる」と言う場合も同様である。しかし、それ自体で独立して存在するもの、あるいは存在するようになるものについては、自分自身でそう言うべきでもなければ、他人がそう言うのを受け入れるべきでもない。それは、私たちが探究してきた議論が示している通りだ。 テアイテトス:まったくその通りです、ソクラテス。 ソクラテス:そうすると、私に作用を及ぼすものは私に対して作用を及ぼすのであって、他の誰に対してでもないのだから、私もまたそれを知覚するのであり、他の誰も知覚しないのではないかね。 テアイテトス:当然そうです。 ソクラテス:したがって、私の知覚は私にとって真実である。なぜなら、それは常に私の存在に属しているのだから。そして、プロタゴラスに従えば、私は自分にとって存在するものが存在することの、また存在しないものが存在しないことの判定者なのだ。 テアイテトス:そのようです。 ソクラテス:そうであるなら、偽ることがなく、存在するものや生ずるものについて思考においてつまずくことがない私が、自分が知覚しているその事柄についての知者でないなどということが、どうしてあり得ようか。 テアイテトス:決して、そうでないはずがありません。 ソクラテス:そうすると、知識とは知覚に他ならないという君の主張は、この上なく見事に語られたわけであり、それはすべて同じ結論へと合流したのだ。すなわち、ホメロスやヘラクレイトス、そしてその系統に属するすべての人々によれば、万物は流れのように動いており、最も知恵のあるプロタゴラスによれば、人間は万物の尺度であり、テアイテトスによれば、これらの前提のもとで、知覚が知識となる、ということだ。どうだろう、テアイテトス。これを、君の生まれたばかりの赤ん坊であり、私の助産術による成果であると呼ぶべきだろうか。それとも、君はどう言うかね。 テアイテトス:そのように言うしかありません、ソクラテス。
- 159aὅταν ᾖ κομιδῇ ἕτερον
接続法 ᾖ の主語は、前文の「完全に異なる他のものであるならば(ὃ ἂν ἕτερον ᾖ παντάπασιν)」に現れる「他方のものと完全に異なるもの(ἕτερον)」である。
- 159bΣωκράτη ὑγιαίνοντα καὶ Σωκράτη αὖ ἀσθενοῦντα
動詞 λέγωμεν(〜について語ろう)の直接目的語(対格)であり、同一の主体の異なる二つの状態(健康な時と病気の時)を別個の主体として対比させる文脈を提示している。
- 159dπρὸς τοῦ πάσχοντος οὖσα
前置詞 πρὸς+属格は、ここでは「〜の側に属する、〜の側から生じる」を意味する。ἡ μὲν αἴσθησις(知覚)が「作用を受けるもの(ὁ πάσχων)」の側に生じるものであることを示している。
- 160bλείπεται δὴ οἶμαι ἡμῖν ἀλλήλοις, εἴτʼ ἐσμέν, εἶναι, εἴτε γιγνόμεθα, γίγνεσθαι
非人称動詞 λείπεται(〜することが残されている)に、与格 ἡμῖν(私たちにとって)と、それと同格または並置された ἀλλήλοις(互いに)、そして主格の補語としての不定詞 εἶναι / γίγνεσθαι が続く。これにより、「私たちにとっては、存在するにせよ生じるにせよ、互いに結びついて存在(または発生)することだけが残されている」という意味になる。
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-09-21)
- 2026-09-21 AI校閲 — 訳文 1 件
