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パイドン

§75

出生前のイデアの認識と想起説の帰結

ソクラテスは、感覚するより前に「等しさそのもの」の知識を得ていなければならないことから、私たちは生まれる前にこれらの知識(イデアの知識)を獲得していたはずだと論じ、学習とはかつて持っていた知識を取り戻す「想起」に他ならないと結論づける。

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§75

ΦΑΙΔ. ἀναγκαῖον ἄρα ἡμᾶς προειδέναι τὸ ἴσον πρὸ ἐκείνου τοῦ χρόνου ὅτε1 τὸ πρῶτον ἰδόντες τὰ ἴσα ἐνενοήσαμεν ὅτι ὀρέγεται μὲν πάντα ταῦτα εἶναι οἷον τὸ ἴσον, ἔχει δὲ ἐνδεεστέρως. ἔστι ταῦτα. ἀλλὰ μὴν καὶ τόδε ὁμολογοῦμεν, μὴ ἄλλοθεν αὐτὸ ἐννενοηκέναι μηδὲ δυνατὸν εἶναι ἐννοῆσαι ἀλλ’ ἢ ἐκ τοῦ ἰδεῖν ἢ ἅψασθαι ἢ ἔκ τινος ἄλλης τῶν αἰσθήσεων· ταὐτὸν δὲ πάντα ταῦτα λέγω. ταὐτὸν γὰρ ἔστιν, ὦ Σώκρατες, πρός γε ὃ βούλεται δηλῶσαι ὁ λόγος. ἀλλὰ μὲν δὴ ἔκ γε τῶν αἰσθήσεων δεῖ ἐννοῆσαι ὅτι πάντα τὰ ἐν ταῖς αἰσθήσεσιν ἐκείνου τε ὀρέγεται τοῦ ὃ ἔστιν ἴσον, καὶ αὐτοῦ ἐνδεέστερά ἐστιν· ἢ πῶς λέγομεν; οὕτως. πρὸ τοῦ ἄρα ἄρξασθαι ἡμᾶς ὁρᾶν καὶ ἀκούειν καὶ τἆλλα αἰσθάνεσθαι τυχεῖν ἔδει που εἰληφότας2 ἐπιστήμην αὐτοῦ τοῦ ἴσου ὅτι ἔστιν, εἰ ἐμέλλομεν τὰ ἐκ τῶν αἰσθήσεων ἴσα ἐκεῖσε ἀνοίσειν,3 ὅτι προθυμεῖται μὲν πάντα τοιαῦτ’ εἶναι οἷον ἐκεῖνο, ἔστιν δὲ αὐτοῦ φαυλότερα. ἀνάγκη ἐκ τῶν προειρημένων, ὦ Σώκρατες. οὐκοῦν γενόμενοι εὐθὺς ἑωρῶμέν τε καὶ ἠκούομεν καὶ τὰς ἄλλας αἰσθήσεις εἴχομεν; πάνυ γε. ἔδει δέ γε, φαμέν, πρὸ τούτων τὴν τοῦ ἴσου ἐπιστήμην εἰληφέναι; ναί. πρὶν γενέσθαι ἄρα, ὡς ἔοικεν, ἀνάγκη ἡμῖν αὐτὴν εἰληφέναι. ἔοικεν. οὐκοῦν εἰ μὲν λαβόντες αὐτὴν πρὸ τοῦ γενέσθαι ἔχοντες ἐγενόμεθα, ἠπιστάμεθα καὶ πρὶν γενέσθαι καὶ εὐθὺς γενόμενοι οὐ μόνον τὸ ἴσον καὶ τὸ μεῖζον καὶ τὸ ἔλαττον ἀλλὰ καὶ σύμπαντα τὰ τοιαῦτα; οὐ γὰρ περὶ τοῦ ἴσου νῦν ὁ λόγος ἡμῖν μᾶλλόν τι ἢ καὶ περὶ αὐτοῦ τοῦ καλοῦ καὶ αὐτοῦ τοῦ ἀγαθοῦ καὶ δικαίου καὶ ὁσίου καί, ὅπερ λέγω, περὶ ἁπάντων οἷς ἐπισφραγιζόμεθα τὸ αὐτὸ ὃ ἔστι4 καὶ ἐν ταῖς ἐρωτήσεσιν ἐρωτῶντες καὶ ἐν ταῖς ἀποκρίσεσιν ἀποκρινόμενοι. ὥστε ἀναγκαῖον ἡμῖν τούτων πάντων τὰς ἐπιστήμας πρὸ τοῦ γενέσθαι εἰληφέναι. ἔστι ταῦτα. καὶ εἰ μέν γε λαβόντες ἑκάστοτε μὴ ἐπιλελήσμεθα, εἰδότας ἀεὶ γίγνεσθαι καὶ ἀεὶ διὰ βίου εἰδέναι· τὸ γὰρ εἰδέναι τοῦτ’ ἔστιν, λαβόντα του ἐπιστήμην ἔχειν καὶ μὴ ἀπολωλεκέναι· ἢ οὐ τοῦτο λήθην λέγομεν, ὦ Σιμμία, ἐπιστήμης ἀποβολήν; πάντως δήπου, ἔφη, ὦ Σώκρατες. εἰ δέ γε οἶμαι λαβόντες πρὶν γενέσθαι γιγνόμενοι ἀπωλέσαμεν, ὕστερον δὲ ταῖς αἰσθήσεσι χρώμενοι περὶ αὐτὰ ἐκείνας ἀναλαμβάνομεν τὰς ἐπιστήμας ἅς ποτε καὶ πρὶν εἴχομεν, ἆρ’ οὐχ ὃ καλοῦμεν μανθάνειν οἰκείαν ἂν ἐπιστήμην ἀναλαμβάνειν εἴη; τοῦτο δέ που ἀναμιμνῄσκεσθαι λέγοντες ὀρθῶς ἂν λέγοιμεν; πάνυ γε.

パイドン:「それなら、私たちが等しいものをあらかじめ知っていたことは不可避である、あの時、すなわち、私たちが等しいものを最初に見て、『これらすべてのものは等しさそのもののようであろうとしているが、不十分な状態にある』と考えた、あの時よりも前に。」 「その通りです。」 「しかしさらに、私たちは次のことにも合意している。それ(等しさそのもの)を、見ることから、あるいは触れることから、あるいは他の感覚のどれかから以外には、思い浮かべたこともないし、思い浮かべることも不可能である、と。なお、これらすべてを私は同じことと言っているが。」 「実際それらは同じことです、ソクラテス、少なくとも議論が明らかにしようと望んでいる目的に対しては。」 「しかしともかく、感覚からこそ、次のことを考えなければならない。すなわち、感覚の中にあるすべてのものは、あの『等しいものであるところのもの』を目指していながら、それに対して不十分なものである、と。それとも私たちはどのように言うかね?」 「そのように言います。」 「それなら、私たちが視覚や聴覚、その他の感覚を使い始める前に、私たちは等しさそのものについての『それがある』という知識をあらかじめ獲得していたはずだ。もし私たちが、感覚から得られる等しいものをそこへ持ち帰って比較し、『これらはすべてあのもののようであろうと努めているが、それより劣っている』と考えるつもりであったならば。」 「これまでに言われたことからして、不可避です、ソクラテス。」 「ところで、私たちは生まれてすぐに、見たり、聞いたり、その他の感覚を持ったりしたのではないかね?」 「全くその通りです。」 「だが、私たちはこれら(の感覚)の前に、等しさの知識を獲得していなければならなかった、と私たちは言うのだね?」 「はい。」 「それなら、生まれる前に、どうやら私たちはそれを獲得していたことが不可避のようだ。」 「そのようです。」 「それなら、もし私たちが生まれる前にそれを獲得し、それを持った状態で生まれたのだとすれば、私たちは生まれる前にも、そして生まれてすぐにも、単に『等しいもの』や『より大きいもの』や『より小さいもの』だけでなく、そのようなものすべてを知っていたことになるのではないかね?なぜなら、今私たちの議論が対象としているのは、等しいものについてであるのと同様に、美そのもの、善そのもの、正義、虔さ、そして私が言うように、私たちが問いにおいて問い、答えにおいて答えるなかで『それ自体があるところのもの』という刻印を押すすべてのものについてなのだから。したがって、私たちはこれらすべてについての知識を、生まれる前に獲得していたことが不可避なのだ。」 「その通りです。」 「そして、もし私たちが獲得するたびに忘れてしまわなかったならば、私たちは常に知っている者として生まれ、常に生涯を通じて知っていることになる。というのも、『知っている』とは、あるものの知識を獲得してそれを保持し、失っていないことだからだ。あるいは、シミアスよ、私たちはこのこと、すなわち知識の喪失を『忘却』と呼んでいるのではないかね?」 「間違いなくそうです」と彼は言った、「ソクラテス。」 「だが、思うに、もし私たちが生まれる前に獲得したのに、生まれる際にそれを失い、その後で感覚を用いることによって、かつて持っていたあの知識をそれらに関して取り戻すのだとすれば、私たちが『学ぶ』と呼んでいるのは、自分自身の知識を取り戻すことではないだろうか?そして、これを『想起する』と言うなら、私たちは正しく言っていることになるのではないかね?」 「全くその通りです。」

構文注4 件
  1. 75πρὸ ἐκείνου τοῦ χρόνου ὅτε

    ἐκείνου τοῦ χρόνου(あの時)に ὅτε 節が関係節として係り、「〜するあの時よりも前に」となる。ここでは「等しいもの」を見る以前に「等しさそのもの(イデア)」をすでに知っていなければならないという時間的前後関係を明示している。

  2. 75bτυχεῖν ... εἰληφότας

    非人称動詞 ἔδει の不定詞補語として τυχεῖν があり、それに伴う分詞 εἰληφότας が「たまたま〜している」あるいは単に「現に〜している状態にある」ことを表す。全体として「(あらかじめ知識を)獲得している状態にある必要があった」を意味する。

  3. 75bἀνοίσειν

    ἀναφέρω(持ち帰る、帰属させる、比較する)の未来不定詞。直説法未完了過去 ἐμέλλομεν(〜するつもりだった)に続き、「(感覚から得られた等しいものを)そこ(等しさそのもの)へ持ち帰って比較する」という意味を表す。

  4. 75dαὐτὸ ὃ ἔστι

    プラトン哲学における「本質(イデア)」を表す。直訳すると「それが存在するところのそれ自体」であり、関係代名詞 ὃ と直説法現在 ἔστι を用いて、事物の恒常的で真なるあり方を示している。ここでは対格中性名詞句として ἐπισφραγιζόμεθα の目的語になっている。

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(2 件・最終 2026-09-30)
  • 2026-09-30 表記の統一 — 注 1 件
  • 2026-09-21 AI校閲 — 注 1 件
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