- 底本
- Platonis Opera, Tomus I: Tetralogia I-II. Burnet, John, 1863-1928, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg004.humanitext-grc2:103
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-28
一人の聴衆が、以前の「相反するものからの生成」の議論と、現在の「相反する形相はそれ自体に反対のものを受け入れない」という議論の矛盾を指摘する。ソクラテスは、反対の性質を「持っているもの(具体物)」と「反対なるもの自体(形相)」を区別することでこの疑問に答え、さらに雪と熱、火と冷気の例を挙げて、形相そのものではないが特定の形相を必然的に伴う性質について説明を始める。
ΦΑΙΔ. παντάπασιν, ἔφη ὁ Κέβης, οὕτω φαίνεταί μοι. καί τις εἶπε τῶν παρόντων ἀκούσας — ὅστις δ’ ἦν, οὐ σαφῶς μέμνημαι — πρὸς θεῶν, οὐκ ἐν τοῖς πρόσθεν ἡμῖν λόγοις αὐτὸ τὸ ἐναντίον τῶν νυνὶ λεγομένων ὡμολογεῖτο, ἐκ τοῦ ἐλάττονος τὸ μεῖζον γίγνεσθαι1 καὶ ἐκ τοῦ μείζονος τὸ ἔλαττον, καὶ ἀτεχνῶς αὕτη εἶναι ἡ γένεσις τοῖς ἐναντίοις, ἐκ τῶν ἐναντίων; νῦν δέ μοι δοκεῖ λέγεσθαι ὅτι τοῦτο οὐκ ἄν ποτε γένοιτο. καὶ ὁ Σωκράτης παραβαλὼν τὴν κεφαλὴν καὶ ἀκούσας, ἀνδρικῶς, ἔφη, ἀπεμνημόνευκας, οὐ μέντοι ἐννοεῖς τὸ διαφέρον τοῦ τε νῦν λεγομένου καὶ τοῦ τότε. τότε μὲν γὰρ ἐλέγετο ἐκ τοῦ ἐναντίου πράγματος τὸ ἐναντίον πρᾶγμα γίγνεσθαι, νῦν δέ, ὅτι αὐτὸ τὸ ἐναντίον ἑαυτῷ ἐναντίον οὐκ ἄν ποτε γένοιτο, οὔτε τὸ ἐν ἡμῖν οὔτε τὸ ἐν τῇ φύσει. τότε μὲν γάρ, ὦ φίλε, περὶ τῶν ἐχόντων τὰ ἐναντία ἐλέγομεν, ἐπονομάζοντες αὐτὰ τῇ ἐκείνων ἐπωνυμίᾳ, νῦν δὲ περὶ ἐκείνων αὐτῶν ὧν ἐνόντων2 ἔχει τὴν ἐπωνυμίαν τὰ ὀνομαζόμενα· αὐτὰ δ’ ἐκεῖνα οὐκ ἄν ποτέ φαμεν ἐθελῆσαι γένεσιν ἀλλήλων δέξασθαι. καὶ ἅμα βλέψας πρὸς τὸν Κέβητα εἶπεν, ἆρα μή που, ὦ Κέβης, ἔφη, καὶ σέ τι τούτων ἐτάραξεν ὧν ὅδε εἶπεν; οὐδ’ αὖ, ἔφη ὁ Κέβης, οὕτως ἔχω· καίτοι οὔτι λέγω ὡς οὐ πολλά με ταράττει. συνωμολογήκαμεν ἄρα, ἦ δ’ ὅς, ἁπλῶς τοῦτο, μηδέποτε ἐναντίον ἑαυτῷ τὸ ἐναντίον ἔσεσθαι. παντάπασιν, ἔφη. ἔτι δή μοι καὶ τόδε σκέψαι, ἔφη, εἰ ἄρα συνομολογήσεις. θερμόν τι καλεῖς καὶ ψυχρόν; ἔγωγε. ἆρ’ ὅπερ χιόνα καὶ πῦρ; μὰ Δί᾽ οὐκ ἔγωγε. ἀλλ᾽ ἕτερόν τι πυρὸς τὸ θερμὸν καὶ ἕτερόν τι χιόνος τὸ ψυχρόν; ναί. ἀλλὰ τόδε γ᾽ οἶμαι δοκεῖ σοι, οὐδέποτε χιόνα γ’ οὖσαν δεξαμένην τὸ θερμόν, ὥσπερ ἐν τοῖς πρόσθεν ἐλέγομεν, ἔτι ἔσεσθαι ὅπερ ἦν, χιόνα καὶ θερμόν, ἀλλὰ προσιόντος τοῦ θερμοῦ ἢ ὑπεκχωρήσειν αὐτῷ ἢ ἀπολεῖσθαι. πάνυ γε. καὶ τὸ πῦρ γε αὖ προσιόντος τοῦ ψυχροῦ αὐτῷ ἢ ὑπεξιέναι ἢ ἀπολεῖσθαι, οὐ μέντοι ποτὲ τολμήσειν δεξάμενον τὴν ψυχρότητα ἔτι εἶναι ὅπερ ἦν, πῦρ καὶ ψυχρόν. ἀληθῆ, ἔφη, λέγεις. ἔστιν ἄρα, ἦ δ’ ὅς, περὶ ἔνια τῶν τοιούτων, ὥστε μὴ μόνον αὐτὸ τὸ εἶδος ἀξιοῦσθαι τοῦ αὑτοῦ ὀνόματος εἰς τὸν ἀεὶ χρόνον, ἀλλὰ καὶ ἄλλο τι3 ὃ ἔστι μὲν οὐκ ἐκεῖνο, ἔχει δὲ τὴν ἐκείνου μορφὴν ἀεί, ὅτανπερ ᾖ. ἔτι δὲ ἐν τῷδε ἴσως ἔσται σαφέστερον ὃ λέγω· τὸ γὰρ περιττὸν ἀεί που δεῖ τούτου τοῦ ὀνόματος τυγχάνειν ὅπερ νῦν λέγομεν· ἢ οὔ; πάνυ γε.
パイドン:「全くその通り、私にもそのように思われます」とケベスは言いました。そして、その場にいた人の一人が、これを聞いて言いました。――それが誰であったか、私ははっきりとは覚えていませんが――「神々の名において、以前の私たちの議論において、今言われていることのまさに反対のことが合意されていたのではないですか。すなわち、より小さいものからより大きいものが生じ、より大きいものからより小さいものが生じること、そして端的に言って、反対のものたちにとって、反対のものたちから生じることこそがその生成である、と。しかし今では、このようなことは決して起こり得ない、と言われているように思われます。」するとソクラテスは、首をそちらに傾けて耳を傾け、「実に見事に記憶しているね」と言いました。「しかしながら、今言われていることと、あのとき言われていたことの違いを理解してはいない。というのも、あのときは、反対の事象から反対の事象が生じると言われていたのだ。しかし今言われているのは、反対なるものそれ自体は、それ自身にとって反対のものに決してなり得ない、ということだ。私たちのうちにあるものも、自然のうちにあるものも同様にね。というのも、友よ、あのときは反対のものを有しているものたちについて語っており、それらのものをそれらのものの名前で呼んでいた。しかし今は、それら(反対のもの)が内にあることによって、名付けられるものがその名前を持つことになる、その(反対なるもの)自体について語っているのだ。そして、それら自体は、互いの生成を受け入れることを決して望まないだろう、と私たちは主張しているのだ。」そして同時に、ケベスの方に目を向けて言いました。「ケベスよ、まさか君も、この人の言ったことの何かに動揺させられたのではないだろうね」と。「そんなことはありません」とケベスは言いました。「そういうわけではありません。もっとも、私を当惑させるものが多くはない、と言っているわけではありませんが。」「それでは、私たちは端的に次のこと、すなわち、反対なるものはそれ自身にとって決して反対のものにはならないということに合意したのだね」とソクラテスは言いました。「まったくその通りです」とケベスは言いました。「それでは、私に対してさらに次のことも考えて、君が同意するかどうか言ってほしい」と彼は言いました。「君は何かを熱いもの、冷たいものと呼ぶかね。」「はい、呼びます。」「それは、雪や火と同じものかね。」「まさか、とんでもない。私はそうは思いません。」「では、熱いものは火とは別のものであり、冷たいものは雪とは別のものかね。」「はい、そうです。」「しかし、少なくとも次のことは君にそう思われるはずだ。雪であるものが、熱を受け入れたときに、以前に私たちが言っていたように、依然としてそれ以前のものであり続ける、すなわち雪でありかつ熱いものである、ということは決してなく、熱が近づいてくるときには、それに道を譲って退くか、さもなければ消滅するだろう、と。」「まったくその通りです。」「そしてまた、火に冷たいものが近づいてくるときも、火は立ち去るか消滅するかのどちらかであり、冷たさを受け入れて、依然としてそれ以前のものである火でありかつ冷たいものである状態にとどまる勇気は、決してないだろう、ということも。」「おっしゃる通りです」と彼は言いました。「それならば」とソクラテスは言いました、「この種のものごとのいくつかについては、こういうことが成り立つ。すなわち、形相そのものが、永遠にそれ自体の名前で呼ばれるに値するだけでなく、形相そのものではないけれども、存在している限りは常にその形相の姿を持っている別の何かもまた、そう呼ばれるに値する、ということだ。私が言っていることは、次の例でおそらくさらに明確になるだろう。奇数というものは、私たちが今言っているこの名前を、常に得ていなければならないはずだ。そうではないかね。」「全くその通りです。」
- 103ἐκ τοῦ ἐλάττονος τὸ μεῖζον γίγνεσθαι
対格と不定詞(対格不定詞構文)による間接話法で、前の議論(70d-71a)の内容「より小さいものからより大きいものが生じること」を要約している。この文脈では、変化する主客(事象)における生成(Aという状態からBという状態への移行)を指しており、103bで示される「形相そのものの排他性」との対比の前提となる。
- 103bτῶν ἐχόντων τὰ ἐναντία... ὧν ἐνόντων
前半の τῶν ἐχόντων τὰ ἐναντία(反対のものを有しているものたち)は、具体的な個物を指す分詞の実質的用法(属格)。後半の ὧν ἐνόντων は関係代名詞 ὧν(先行詞は ἐκείνων αὐτῶν「それら自体」、すなわち形相)を主語とする独立属格(絶対属格)の構造であり、「それらが(個物のなかに)存在することによって」を意味する。この一文は、属性を宿す「具体的個物」と、その属性の根拠となる「内在的形相」という、プラトン哲学における二つの存在レベルを文法的に鮮やかに描き分けている。
- 103eὥστε μὴ μόνον αὐτὸ τὸ εἶδος ἀξιοῦσθαι... ἀλλὰ καὶ ἄλλο τι
ὥστε は、直前の ἔστιν ... περὶ ἔνια τῶν τοιούτων(〜についてはこういうことが成り立つ)の内容を具体的に説明する結果・特徴の節を導く。不定詞 ἀξιοῦσθαι(〜と見なされる、〜と呼ばれるに値する)の主語として、αὐτὸ τὸ εἶδος(形相そのもの)と ἄλλο τι(他の何か)の二つが並列されている。ἄλλο τι の後には ὃ ἔστι μὲν οὐκ ἐκεῖνο, ἔχει δὲ τὴν ἐκείνου μορφὴν ἀεί(それ自体はかの形相ではないが、常にその形相の姿を持つもの)という関係節が続き、修飾関係を形成している。
