- 底本
- Platonis Opera, Tomus I: Tetralogia I-II. Burnet, John, 1863-1928, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg002.humanitext-grc2:33
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
ソクラテスは、自身が生涯を通じて正義に反して誰とも妥協せず、誰に対しても報酬の有無を問わず対話を開いてきたこと、特定の教師になったことはないことを主張する。さらに、彼によって若者が堕落させられたという告発の虚偽を証明するため、法廷に傍聴に来ている若者たちの父親や兄弟など、多くの親族の具体名を挙げて、彼らが誰も自分を非難していないことを示す。
ἀλλʼ ἐγὼ διὰ παντὸς τοῦ βίου δημοσίᾳ τε εἴ πού τι ἔπραξα τοιοῦτος φανοῦμαι, καὶ ἰδίᾳ ὁ αὐτὸς οὗτος, οὐδενὶ πώποτε συγχωρήσας οὐδὲν παρὰ τὸ δίκαιον οὔτε ἄλλῳ οὔτε τούτων οὐδενὶ οὓς δὴ διαβάλλοντες ἐμέ φασιν ἐμοὺς μαθητὰς εἶναι. ἐγὼ δὲ διδάσκαλος μὲν οὐδενὸς πώποτʼ ἐγενόμην· εἰ δέ τίς μου λέγοντος καὶ τὰ ἐμαυτοῦ πράττοντος ἐπιθυμοῖ ἀκούειν, εἴτε νεώτερος εἴτε πρεσβύτερος, οὐδενὶ πώποτε ἐφθόνησα, οὐδὲ χρήματα μὲν λαμβάνων διαλέγομαι μὴ λαμβάνων δὲ οὔ, ἀλλʼ ὁμοίως καὶ πλουσίῳ καὶ πένητι παρέχω ἐμαυτὸν ἐρωτᾶν, καὶ ἐάν τις βούληται ἀποκρινόμενος ἀκούειν ὧν1 ἂν λέγω. καὶ τούτων ἐγὼ εἴτε τις χρηστὸς γίγνεται εἴτε μή, οὐκ ἂν δικαίως τὴν αἰτίαν ὑπέχοιμι, ὧν μήτε ὑπεσχόμην μηδενὶ μηδὲν πώποτε μάθημα μήτε ἐδίδαξα· εἰ δέ τίς φησι παρʼ ἐμοῦ πώποτέ τι μαθεῖν ἢ ἀκοῦσαι ἰδίᾳ ὅτι μὴ2 καὶ οἱ ἄλλοι πάντες, εὖ ἴστε ὅτι οὐκ ἀληθῆ λέγει.ἀλλὰ διὰ τί δή ποτε μετʼ ἐμοῦ χαίρουσί τινες πολὺν χρόνον διατρίβοντες; ἀκηκόατε, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, πᾶσαν ὑμῖν τὴν ἀλήθειαν ἐγὼ εἶπον· ὅτι ἀκούοντες χαίρουσιν ἐξεταζομένοις τοῖς οἰομένοις μὲν εἶναι σοφοῖς, οὖσι δʼ οὔ. ἔστι γὰρ οὐκ ἀηδές. ἐμοὶ δὲ τοῦτο, ὡς ἐγώ φημι, προστέτακται ὑπὸ τοῦ θεοῦ πράττειν καὶ ἐκ μαντείων καὶ ἐξ ἐνυπνίων καὶ παντὶ τρόπῳ ᾧπέρ τίς ποτε καὶ ἄλλη θεία μοῖρα ἀνθρώπῳ καὶ ὁτιοῦν προσέταξε πράττειν. ταῦτα, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, καὶ ἀληθῆ ἐστιν καὶ εὐέλεγκτα. εἰ γὰρ δὴ ἔγωγε τῶν νέων τοὺς μὲν διαφθείρω τοὺς δὲ διέφθαρκα, χρῆν3 δήπου, εἴτε τινὲς αὐτῶν πρεσβύτεροι γενόμενοι ἔγνωσαν ὅτι νέοις οὖσιν αὐτοῖς ἐγὼ κακὸν πώποτέ τι συνεβούλευσα, νυνὶ αὐτοὺς ἀναβαίνοντας ἐμοῦ κατηγορεῖν καὶ τιμωρεῖσθαι· εἰ δὲ μὴ αὐτοὶ ἤθελον, τῶν οἰκείων τινὰς τῶν ἐκείνων, πατέρας καὶ ἀδελφοὺς καὶ ἄλλους τοὺς προσήκοντας, εἴπερ ὑπʼ ἐμοῦ τι κακὸν ἐπεπόνθεσαν αὐτῶν οἱ οἰκεῖοι, νῦν μεμνῆσθαι καὶ τιμωρεῖσθαι. πάντως δὲ πάρεισιν αὐτῶν πολλοὶ ἐνταυθοῖ οὓς ἐγὼ ὁρῶ, πρῶτον μὲν Κρίτων οὑτοσί, ἐμὸς ἡλικιώτης καὶ δημότης, Κριτοβούλου τοῦδε πατήρ, ἔπειτα Λυσανίας ὁ Σφήττιος, Αἰσχίνου τοῦδε πατήρ, ἔτι δʼ Ἀντιφῶν ὁ Κηφισιεὺς οὑτοσί, Ἐπιγένους πατήρ, ἄλλοι τοίνυν οὗτοι ὧν οἱ ἀδελφοὶ ἐν ταύτῃ τῇ διατριβῇ γεγόνασιν, Νικόστρατος Θεοζοτίδου, ἀδελφὸς Θεοδότου—καὶ ὁ μὲν Θεόδοτος τετελεύτηκεν, ὥστε οὐκ ἂν ἐκεῖνός γε αὐτοῦ καταδεηθείη—καὶ Παράλιος ὅδε, ὁ Δημοδόκου, οὗ ἦν Θεάγης ἀδελφός· ὅδε δὲ Ἀδείμαντος, ὁ Ἀρίστωνος, οὗ ἀδελφὸς οὑτοσὶ Πλάτων, καὶ Αἰαντόδωρος, οὗ Ἀπολλόδωρος ὅδε ἀδελφός.
しかし私は、生涯を通じて、公の場でももし何かを行ったとすれば同様(正義を曲げない者)であると分かるでしょうし、私的な場でも全く同じその通りの者です。私は正義に反していかなる人にも、他の誰に対しても、また私をおとしめる者たちが私の弟子であると言っているあのような者たちに対しても、決して何一つ妥協したことはありません。そもそも、私は誰の教師になったことも一度もありません。しかし、もし誰かが、私が語り、私自身の務めを行っているのを聴くことを望むなら、若い者であれ年長者であれ、私は誰に対してもその機会を惜しんだことはありません。また、お金をもらえば対話し、もらわなければ対話しないということもなく、富める者にも貧しい者にも等しく、私に質問する機会を与え、もし望むなら、私の問いに答えて私の言うことを聴く機会を与えています。そして、彼らのうちの誰かが優れた人間になるにせよ、ならないにせよ、私がその責任を負わされるのは不当でしょう。私は彼らの誰に対しても、いかなる教えも約束したことはなく、教えたこともないからです。もし、私から個人的に、他のすべての人が聞かなかったようなことを何か学んだとか聞いたとか言う者がいるなら、その者は真実を語っていないということを、よく知っておいてください。では、なぜある人々は私とともに長い時間を過ごすことを好むのでしょうか。アテネの諸君、私は諸君に真実をすべて語りました。彼らは、自分が賢いと思い込んでいるが実際にはそうではない者たちが吟味されるのを、聴いて楽しんでいるのです。実際、それは不愉快なことではないからです。そして、私が言うように、このことを行うことは、神託によっても、夢によっても、またかつて他のいかなる神的な運命が人間に何かを行うよう命じたすべての方法によっても、神によって私に命じられているのです。アテネの諸君、これらのことは真実であり、かつ容易に検証できます。もし仮に私が若者たちのある者たちを現在堕落させており、またある者たちを過去に堕落させてきたのだとすれば、彼らのうちの何人かが年長者となって、自分が若かった頃に私がかつて悪いことを勧めたと気づいたなら、当然いま自ら登壇して私を告発し、報復すべきであったでしょう。また、もし彼ら自身がそれを望まなかったとしても、彼らの家族の誰か、父親や兄弟やその他の親族が、もし自分の家族の者が私から何か害を被っていたのであれば、いまそれを思い起こして報復すべきであったでしょう。いずれにせよ、そのような人々がここに多く来ているのを私は目にしています。まず、ここにいるクリトン、私と同い年で同じ区の者であり、あそこにいるクリトブロスの父親です。次にスペットス区のリュサニアス、あそこにいるアイスケィネスの父親です。さらにケピシア区のアンティポン、エピゲネスの父親です。そのほかにも、兄弟がこの交わりに加わっていた者たちがここにいます。テオゾティデスの子ニコストラトス、テオドトスの兄弟です。もっとも、テオドトスは亡くなっているので、彼がニコストラトスに哀願することはありえません。そしてデモドコスの子であるここにいるパラリオス、テアゲスが彼の兄弟でした。また、アリストンの子であるここにいるアデイマントス、ここにいるプラトンが彼の兄弟です。そしてアイアントドロス、ここにいるアポロドロスが彼の兄弟です。
- 33bὧν
関係代名詞。先行詞は前文の τούτων(これらの人々)であり、関係節内においては ὑπεσχόμην および ἐδίδαξα の二重対格の一方の対格(または内容)として機能するが、先行詞に牽引されて属格(いわゆる関係代名詞の牽引)になっている。
- 33bὅτι μὴ
「〜を除いて」「〜以外に」を意味する慣用句。ここでは「他のすべての人が聞かなかったようなことを、私から個別に聞いたというのでない限り」の意。
- 33dχρῆν
非人称動詞 χρή の未完了過去形。条件節の過去の事態に対応する帰結節において、小辞 ἄν なしで用いられ、過去における義務の不履行、あるいは当然そうされるべきであったのに実際にはなされなかった非現実の事態(「当然〜すべきであったのに」)を強調する。
