- 底本
- Diogenes Laertius. Hicks, R. D., editor. Cambridge, MA.: Harvard University Press; London: William Heinemann Ltd., 1925.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0004.tlg001.humanitext-grc2:1.9.106-1.9.108
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-09-23
七賢人の一人ミュソンの出自と神託、犂を修繕する彼を訪ねたアナカルシスとの対話、その無名ゆえの誤伝や人間嫌いの逸話、およびその格言と寿命について述べる。
Μύσων Στρύμωνος, ὥς φησι Σωσικράτης Ἕρμιππον παρατιθέμενος, τὸ γένος Χηνεύς, ἀπὸ κώμης τινὸς Οἰταϊκῆς ἢ Λακωνικῆς, σὺν τοῖς ἑπτὰ καταριθμεῖται. φασὶ δὲ αὐτὸν καὶ τυράννου πατρὸς εἶναι. λέγεται δὴ πρός τινος Ἀναχάρσιδος πυνθανομένου1 εἴ τις αὐτοῦ σοφώτερος εἴη, τὴν Πυθίαν ἀνελεῖν ἅπερ προείρηται ἐν τῷ Θαλοῦ βίῳ ὑπὲρ Χίλωνος· "Οἰταῖόν τινά φημι Μύσωνʼ ἐνὶ Χηνὶ γενέσθαι σοῦ μᾶλλον πραπίδεσσιν ἀρηρότα πευκαλίμῃσι." πολυπραγμονήσαντα δὲ ἐλθεῖν εἰς τὴν κώμην καὶ εὑρεῖν αὐτὸν θέρους ἐχέτλην ἀρότρῳ προσαρμόττοντα, καὶ εἰπεῖν, ἀλλʼ, ὦ Μύσων, οὐχ ὥρα νῦν ἀρότρου. καὶ μάλα, εἶπεν, ὥστε ἐπισκευάζειν2.
ストリュモンの子ミュソンは、ヘルミッポスを引用するソシクラテスによれば、家系としてはオイタ地方またはラコニア地方のさる村の出身のケネウス人であり、七賢人の一人に数えられている。また人々は、彼の父は僭主であったとも言っている。さて、ある人によって語られるところでは、アナカルシスが自分より賢い者がいるかどうかを尋ねたとき、ピューティアはかつてタレスの伝記においてキロンについて語られたのと同じ神託を下したという。 「オイタの者、ケネに生まれたるミュソンこそ、 汝にもまして聡き心根を備えたる者と我は言う。」 そこでアナカルシスは詮索してその村へと赴き、彼が夏の盛りに犂に犂柄を取り付けているところを見出して、こう言った。 「だが、ミュソンよ、今は犂を使う時節ではない。」 するとミュソンは言った。 「まさにそのとおり、修繕しておくのには(うってつけの時節だ)。」
ἄλλοι δὲ τὸν χρησμὸν οὕτως ἔχειν φασί, Ἠτεῖόν τινά φημι· καὶ ζητοῦσι τί ἐστιν ὁ Ἠτεῖος. Παρμενίδης μὲν οὖν δῆμον εἶναι Λακωνικῆς, ὅθεν εἶναι τὸν Μύσωνα. Σωσικράτης δʼ ἐν Διαδοχαῖς, ἀπὸ μὲν πατρὸς Ἠτεῖον εἶναι, ἀπὸ δὲ μητρὸς Χηνέα. Εὐθύφρων δʼ ὁ Ἡρακλείδου τοῦ Ποντικοῦ, Κρῆτά φησιν εἶναι· Ἠτείαν γὰρ πόλιν εἶναι Κρήτης. Ἀναξίλαος δʼ Ἀρκάδα. Μέμνηται δʼ αὐτοῦ καὶ Ἱππῶναξ εἰπών· "καὶ Μύσων ὃν Ὡπόλλων ἀνεῖλεν ἀνδρῶν σωφρονέστατον πάντων." Ἀριστόξενος δέ φησιν ἐν τοῖς σποράδην οὐ πόρρω Τίμωνος αὐτὸν καὶ Ἀπημάντου γεγονέναι· μισανθρωπεῖν γάρ.
しかし他の人々は、その神託が次のようなものであったと言う。 「エテアの者と我は言う」そして人々は、そのエテアの者とは何であるかを詮索している。パルメニデスによれば、それはラコニアの区(デーモス)であり、ミュソンはそこから出たという。ソシクラテスは『継承記』において、父方からはエテアの者、母方からはケネの者であるとしている。ポントスのヘラクレイデスの門人エウテュプロンは、彼がクレタ人であると言う。というのもエテイアはクレタの都市だからである。アナクシラオスは彼をアルカディア人としている。 ヒッポナクスも彼に言及して次のように詠んでいる。 「またアポロンが、すべての人間の中で 最も思慮深き者と託宣したもうたミュソンも。」 アリストクセノスは『雑録』の中で、彼がティモンやアペマントスに劣らず人嫌いであったと言っている。人間嫌いであったからである。
ὀφθῆναι γοῦν ἐν Λακεδαίμονι μόνον ἐπʼ ἐρημίας γελῶντα· ἄφνω δέ τινος ἐπιστάντος καὶ πυθομένου διὰ τί μηδενὸς παρόντος γελᾷ, φάναι, διʼ αὐτὸ τοῦτο. φησὶ δʼ Ἀριστόξενος ὅτι ἔνθεν καὶ ἄδοξος ἦν, ὅτι μηδὲ πόλεως, ἀλλὰ κώμης, καὶ ταῦτα ἀφανοῦς. ὅθεν διὰ τὴν ἀδοξίαν αὐτοῦ καὶ τὰ αὐτοῦ τινας Πεισιστράτῳ περιθεῖναι τῷ τυράννῳ, χωρὶς Πλάτωνος τοῦ φιλοσόφου3. μέμνηται γὰρ αὐτοῦ καὶ οὗτος ἐν τῷ Πρωταγόρᾳ, ἀντὶ Περιάνδρου θεὶς αὐτόν. Ἔφασκε δὲ μὴ ἐκ τῶν λόγων τὰ πράγματα, ἀλλʼ ἐκ τῶν πραγμάτων τοὺς λόγους ζητεῖν· οὐ γὰρ ἕνεκα τῶν λόγων τὰ πράγματα συντελεῖσθαι, ἀλλʼ ἕνεκα τῶν πραγμάτων τοὺς λόγους. Κατέστρεψε δὲ βιοὺς ἔτη ἑπτὰ καὶ ἐννενήκοντα.
実際、彼はラケダイモンにおいて、人里離れた荒野で一人笑っているところを目撃された。不意に一人の男が立ち寄り、なぜ誰も居合わせないのに笑っているのかと尋ねると、彼はこう答えた。 「まさにそのこと(誰もいないこと)のゆえにだ。」 アリストクセノスが言うには、彼が無名であったのは、都市の出身ではなく村、それも無名の村の出身であったためである。それゆえ、哲学者プラトンを除いて、彼が無名であったために彼の言行を僭主ペイシストラトスに帰してしまった人々もいた。というのもプラトンもまた『プロタゴラス』の中でミュソンに言及し、ペリアンドロスの代わりに彼を(七賢人に)入れているからである。 彼は、言葉から事柄を探求するのではなく、事柄から言葉を探求すべきであると言っていた。なぜなら言葉のために事柄が成し遂げられるのではなく、事柄のために言葉があるからである。 彼は九十七年を生きて生涯を終えた。
- 1.9.106λέγεται δὴ πρός τινος Ἀναχάρσιδος πυνθανομένου
πρός τινος は受動態動詞 λέγεται に対する行為者を表す前置詞句(「ある人によって語られる」)であり、続く Ἀναχάρσιδος πυνθανομένου は時を表す属格絶対構文(「アナカルシスが尋ねたとき」)である。πρός τινος を πυνθανομένου に係るものとして「誰かに尋ねたとき」と取る解釈も文法上ありうるが、質問の対象がピュティアであることは文脈上明らか(神託を下す主語が τὴν Πυθίαν となっている)なため、行為者の πρός τινος は λέγεται に係ると取るのが自然である。
- 1.9.106ὥστε ἐπισκευάζειν
直前の「οὐχ ὥρα νῦν ἀρότρου」(今は犂の季節ではない)という言葉を受けた極めて簡潔な省略的対話表現。ミュソンの返答「καὶ μάλα ... ὥστε ἐπισκευάζειν」は、「καὶ μάλα [ὥρα ἐστίν], ὥστε ἐπισκευάζειν」(「まさに[時節である]、修繕しておくのには」)と補って読む。ὥστε+不定詞が結果あるいは適度・目的(「修繕するのに適した」)を表している。
- 1.9.108καὶ τὰ αὐτοῦ τινας Πεισιστράτῳ περιθεῖναι τῷ τυράννῳ, χωρὶς Πλάτωνος τοῦ φιλοσόφου
対格不定詞構文(τινας が意味上の主語、περιθεῖναι が不定詞)。περιτίθημι は「(名誉や言行などを)〜に着せる、帰する」の意で与格補語 Πεισιστράτῳ を取る。τὰ αὐτοῦ は中性複数対格で「彼(ミュソン)の言行」を指す。前置詞句 χωρὶς Πλάτωνος は「哲学者プラトンを除いて」の意で、プラトン以外の「ある人々(τινας)」がミュソンの言葉をペイシストラトスのものとしたことを表す(直後の μέμνηται γὰρ αὐτοῦ καὶ οὗτος でプラトンがミュソンを七賢人に含めている理由が説明される)。
