底本
Appianus. Appiani Historia romana, Volume 1. Mendelssohn, Ludwig, editor. Leipzig: Teubner, 1879.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0551.tlg013.perseus-grc2
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要旨
本作は、セレウコス朝シリアとローマとの間で繰り広げられた「シリア戦争」を軸に、シリア王アンティオコス3世(大王)の台頭から王朝の滅亡までを描いた歴史叙述である。物語は、アンティオコス3世の領土拡大がローマの本格的な介入を招くところから始まる。亡命した名将ハンニバルの警告を王が無視する中、両国は激突し、ギリシアのテルモピュライや小アジアのマグネシアでローマ軍が決定的な勝利を収める。スキピオ兄弟による寛大な講和の後に、叙述はセレウコス朝の起源へと遡り、初代セレウコス1世の超人的な事績や王位継承のドラマが語られる。最後は、後継者たちの骨肉の内紛を経て、ポンペイウスによりシリアがローマの属州として統合されるまでの王朝の興亡が描かれる。
目次
27 チャンク
引用方式:chapter.section
- §11-12
アンティオコス3世の勢力拡大とローマの介入の端緒
アンティオコス3世の東方遠征と領土拡大、特にコイレ・シリアの獲得、トラキアでのリシマキア再建が、スミルナなどの訴えやエジプトの告発を呼び起こし、ローマ人の本格的な介入を招く発端となった経緯を記述する。
- §13-15
使節との交渉決裂とアンティオコスの同盟策
ローマの使節グナエウスとアンティオコス3世は、アジアの都市の自治やエジプトの領有権を巡って議論するが交渉は決裂する。その後、アンティオコスはエジプト侵攻を企てるもプトレマイオスの生存を知ってキプロスへ向かい、さらにローマとの戦争を見据えて近隣の王たちと婚姻同盟を結ぶ。
- §26-28
アンティオコスの使節派遣とハンニバルの進言
アンティオコスはヘレスポントスやトラキアで勢力を拡大し、ローマに使節を送るが交渉は決裂する。ハンニバルは彼にイタリアへの直接侵攻を提案し、カルタゴの同盟者を募ろうとするが、派遣した密使の発覚を防ぐため機転を利かせて危機を回避する。
- §29-211
スキピオとハンニバルの会談とハンニバルの最期
ローマの使節団がエフェソスでハンニバルと接触してアンティオコスの疑念を煽り、スキピオとハンニバルは史上最高の将軍について語り合う。その後、ローマに追われたハンニバルはビュティニアでフラミニヌスにより毒殺される。
- §312-314
アンティオコスの渡海と退けられたハンニバルの策
アンティオコスはローマとの交渉が決裂したのち、アイトリア人の勧めにより少数の兵を率いてギリシアに渡る。テッサリア遠征を前に意見を求められたハンニバルは、アジアから主力軍を呼び寄せ、イタリアを直接攻撃すべきであるという最善の策を提示するが、王らは嫉妬からこれを無視する。
- §315-316
ローマの宣戦とアンティオコスのハルキス越冬
ローマがアンティオコスへの宣戦を議決し、イタリア防衛と動員を進める一方で、アンティオコスはテッサリアに進軍してキノスケファライの遺骨を埋葬する。しかしマケドニアのフィリッポスがローマ側につき、包囲を解いたアンティオコスはハルキスで恋に溺れて冬を無為に過ごし、春のローマ軍渡海の報に直面する。
- §417-418
グラブリオの進軍とテルモピュライの布陣
マニウス・アキリウス・グラブリオ率いるローマ軍がギリシアに進攻して戦果を上げる一方、アンティオコスはテルモピュライを占領し、ローマ軍の侵入を防ごうとする。ローマ軍はマルクス・カトらの迂回作戦によってテルモピュライの背後の山頂を急襲し、アンティオコスの配備に対抗する。
- §419-421
テルモピュライの勝利とスキピオ兄弟の選出
テルモピュライの戦いでローマ軍はアンティオコスの軍に大勝し、王はアジアへ逃亡する。ローマはアイトリアへの掃討戦を進める一方、次のアジア遠征のためにルキウス・スキピオと、その顧問としてアフリカヌスを選出する。
- §522-523
リウィウスの海戦勝利とスキピオの東進
ローマの海軍司令官リウィウスはアンティオコスの艦隊を海戦で破り、アンティオコスはハンニバルに艦隊の再編を命じる。一方、プブリウス・スキピオらはフィリッポス5世の全面的な協力を得てヘレスポントスへと進軍する。
- §524-525
パウシマコスの敗死とエフェソス沖の示威
アンティオコスの海軍司令官ポリクセニダスの偽の降伏工作に騙されたロドス人パウシマコスが急襲されて戦死し、艦隊を失う。これにより複数の都市が再びアンティオコス側に寝返るが、ローマ・ロドス連合艦隊は再集結してエフェソスへ押し寄せ威嚇行動をとる。
- §526-527
ペルガモンの救援とミュオンネソス沖の海戦
アカイア人の将軍ディオパネスがペルガモン近郊でセレウコスの軍に奇襲をかけて退散させる。その後、ローマ・ロドス連合艦隊はミュオンネソスの海戦でポリクセニダス率いるアンティオコス艦隊を破る。
- §628-629
アンティオコスの拠点放棄とスキピオの和平要求
アンティオコス3世はミュオンネソスでの敗北に動揺してヘルソネソスなどの重要拠点を無防備なまま放棄し、海峡を渡ったスキピオ兄弟は彼に厳しい和平条件を突きつける。
- §630-632
マグネシアにおける両軍の対峙と布陣
プブリウス・スキピオが療養のため後退した後、ローマ軍のドミティウスとアンティオコス3世の間で小競り合いが発生し、両軍はマグネシアでの決戦に向けてそれぞれの布陣を整える。
- §633-634
マグネシアの開戦とエウメネスの戦車撃退
マグネシアの戦いが始まるが、濃霧のためにアンティオコス軍の威容や飛び道具の効果は減退する。エウメネスは敵の鎌付き戦車の馬を狙い撃ちにする奇策で戦車を暴走させ、連鎖的な大混乱を招いた隙を突いて敵の左翼(ファランクス左側)を壊滅させたが、アンティオコス自身はローマ軍の隊列を突破して追撃していた。
- §635-636
ファランクスの壊滅とアンティオコスの敗走
ドミティウスの包囲攻撃によってマケドニアのファランクスは潰走し、ローマ軍の勝利が決定づけられた。一方、敵の追撃から戻ったアンティオコスは、自軍の壊滅を知って敗走し、シリアへと退却して和平交渉の使節を送った。
- §737-738
大勝の反響とスキピオによる講和条件の提示
マグネシアの戦いにおけるローマ軍の大勝に対する双方の評価が記され、続いて回復したプブリウス・スキピオが、アンティオコスの使節に対し、彼のこれまでの貪欲な行動を非難しつつも以前の和平提案を踏襲した寛大な講和条件を提示する。
- §739-741
平和条約の締結とスキピオの裁判
ローマとアンティオコス大王の間の平和条約が正式に起草・締結される。その後、帰国したスキピオは告発を受けるが、自らの偉業を語って聴衆を圧倒し裁判を事実上無効にする。著者はスキピオの超然とした態度を、アリスティデスやソクラテス、さらには不法に指揮権を保持した罪で起訴されながら自らの功績を誇り高く述べて裁判官たちを畏服させたエパメイノンダスの逸話と比較し称賛する。
- §742-744
ウルソのガラティア遠征とアジアの領土分割
マニウス・ウルソはアジアでガラティア人らを破って莫大な戦利品を得るが、帰還途中のトラキアで大損害を被り、ローマ元老院はロドス人とエウメネスに領土を分配した。
- §845-848
セレウコス朝の後継者争いとシリアの没落
セレウコス朝の王位継承(アンティオコス・エピファネス、ウパトルの即位と死)と、デメトリオスのローマ脱出による即位、そしてミトリダテス戦争の勃発に伴うシリアの衰退とアルメニア王ティグラネスによる征服について叙述される。
- §849-851
ポンペイウスのシリア属州化とローマ総督の統治
ポンペイウスはシリアおよび周辺地域をローマの支配下に置き、ユダヤを制圧してエルサレムを破壊した。その後、シリアはローマの元老院によって任命された総督たちによって統治され、ガビニウスやクラッススらがパルティアやエジプトをめぐる争いに関与した。
- §952-954
大王没後のディアドコイの抗争と王位の僭称
アレクサンドロス大王の急逝後、サトラップたちが割拠し、シリアの支配権を巡ってプトレマイオスやアンティゴノス、セレウコスらが抗争を繰り広げる。デメトリオスの海戦勝利などを経て、各将軍が相次いで王を称するに至る。
- §955-956
セレウコスの領土拡大と王権を示す数々の予兆
セレウコスが獲得した広大な領土と、彼の王権を予兆する様々な逸話(ディデュマの神託、錨の印章、アレクサンドロスの王冠の回収など)について語られる。
- §957-958
セレウコスの怪力と都市創建および吉兆
アレクサンドロス死後のセレウコスの権力掌握、彼が有した超人的な怪力、および各地に数多く創建された都市の名称が語られる。さらに、セレウケイアの創建時に起こった落雷の兆候や、神官たちが建設時刻を偽ろうとしたものの神意によって吉祥な時刻に建設が開始された経緯が説明される。
- §1059-1061
アンティオコスの恋慕とセレウコスの譲位
セレウコスは、息子アンティオコスが義母ストラトニケに対して抱く不治の病のような恋慕の情を医師エラシストラトスの機知によって知り、自らの領土を分割して二人を結婚させ、上方の国の王として送り出した。
- §1062-1064
プトレマイオスによるセレウコス暗殺とリシマコスの死
セレウコスは広大な帝国の大半をアンティオコスに譲った後、ヨーロッパへ渡る途中にプトレマイオス・ケラウノスによって暗殺される。かつてリシマコスの過酷な運命を予言されたリシマコスもまた戦死し、その最期の逸話が語られる。
- §1165-1167
セレウコス朝歴代の王たちの治世と王号
セレウコス朝シリアの歴代の後継者たちの治世や、彼らの王号の由来、エジプトやローマ、パルティアとの戦争や政争が手際よく記述されています。
- §1168-1170
セレウコス朝の内紛と滅亡およびローマによる属州化
王位を簒奪したトリュポンの死、クレオパトラによる夫デメトリオスと息子セレウコスの殺害、それに続くグリュポスとキュジケノスの骨肉の争いなど、内紛の末に衰退したセレウコス朝の終焉とポンペイウスによるシリア属州化、そして王朝の総支配期間について記述されている。
