底本
Plutarch. Plutarchi Chaeronensis Moralia, Vol 3. Vernardakēs, Grēgorios N., editor. Leipzig: Teubner, 1891.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0007.tlg110.perseus-grc2
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翻訳と校閲
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)
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最終更新:2026-10-10・変更履歴の一覧
要旨
本書は、祖国を追われる「追放(亡命)」という逆境に対し、いかに理性と哲学をもって立ち向かうべきかを説いた倫理的な随筆です。著者は、追放や不名誉といった不幸は客観的な悪ではなく、個人の主観的な判断によってその軽重が決まるものであると論じます。そして、人間は一都市の住民にとどまらず、全宇宙を真の祖国とする「宇宙の市民(コスモポリーテース)」であるという観点を提示します。さらに、古代の賢者や詩人たちが異郷や静かな島で不朽の業績を残した歴史的・神話的な実例を豊富に挙げ、一箇所からの追放はむしろ煩わしい政治的義務からの解放と精神的な自足、そして自由をもたらすものであると説きます。最後に、魂の本質から見ればすべての人間がこの地上における旅人であり流刑者であるという壮大な視野を示し、逆境における心の平静の保ち方を提示して結んでいます。
目次
8 チャンク
引用方式:section
- §1-3
不幸への助言と判断による軽重
不幸な時に役立つ言葉の重要性を説き、追放や不名誉などの不幸は客観的な重みを持つのではなく、人間の主観的な判断によって軽重が決まるものであると論じる。
- §4-5
理性的な対処と世界市民としての真の祖国
不幸や追放といった逆境に対して、理性的・哲学的な態度で立ち向かうべきであると説く。さらに、人間は特定の都市に限定される存在ではなく「宇宙の市民」であり、自然の法則と神の支配下にある全宇宙こそが真の祖国であると主張する。
- §6-8
宇宙における居住地と追放がもたらす自由
特定の都市に住んでいないことは大した不利益ではなく、地球全体が天に比して点にすぎないように、知性と理性があればどこでも自らの祖国にできる。さらに、運命によって都市を失った亡命者は、不自由な政治的義務から解放され、望む都市を自由に選べる利点があることを古代の様々な実例を挙げて説く。
- §9-10
狭い島での閑居と真の幸福
島々の小ささを嘆く必要はないことを示すため、アルクマイオンやティベリウス帝の事例を引き、静寂な島での生活の価値を説く。また、島を住処とした神話的英雄や、狭いアカデメイア等で生涯を送った賢者たちの例を挙げ、土地の広さと幸福は無関係であることを論じる。
- §11-12
島での閑暇と俗世からの解放の価値
著者は、島での静かな暮らしがもたらす精神的な自足と余暇の価値を、ゼノンの逸話やヘラクレイトスの言葉を引いて説く。さらに、一箇所の追放はすべての都市への自由を意味し、宮廷の煩わしさから解放された自由な生活が可能であることを論じる。
- §13-15
賢者たちの亡命と異郷で残された不朽の業績
ギリシアの多くの賢者や詩人が自発的または強制的に祖国を離れ、異郷で不朽の業績を残したことを挙げ、追放や亡命には不名誉などなく、むしろ静寂や自由をもたらすものであると説く。
- §16
エウリピデスの流刑嘆嘆への反論と真の隷属性
プルタルコスは、エウリピデスの悲劇における流刑を嘆く台詞を分析し、沈黙は隷属性ではなく思慮深さの表れであり、言論の自由は流刑地でも失われないと説く。また、流刑者の悲嘆は流刑そのもののせいではなく、個人の愚行や虚栄心によるものであると批判する。
- §17
流刑への世間の偏見と地上の旅人としての人間
流刑が恥ずべきものであるのは愚か者の間だけであることを論じ、テセウスやアポロン、さらにエンペドクレスの詩を引いて、魂の本質から見れば人間は皆この地上での旅人であり流刑者であることを示す。
