§8.32.1Συντιθέναι δεῖ τὸν βίον κατὰ μίαν πρᾶξιν καὶ εἰ ἑκάστη τὸ ἑαυτῆς παρέχει ὡς οἷόν τε, ἀρκεῖσθαι·
人生を一つの行為ごとに組み立てていかなければならない。 そして、それぞれの行為が、できる限り自らの役割を果たすなら、満足すべきである。
ἵνα δὲ τὸ ἑαυτῆς παρέχῃ, οὐδὲ εἷς σε κωλῦσαι δύναται.
しかし、自らの役割を果たすことを、誰一人として君に妨げることはできない。
—ἀλλ̓ ἐνστήσεταί τι ἔξωθεν. —οὐδὲν εἴς γε τὸ δικαίως καὶ σωφρόνως καὶ εὐλογίστως, ἄλλο δέ τι ἴσως ἐνεργητικὸν κωλυθήσεται, ἀλλὰ τῇ πρὸς αὐτὸ τὸ κώλυμα εὐαρεστήσει καὶ τῇ ἐπὶ τὸ διδόμενον εὐγνώμονι μεταβάσει εὐθὺς ἄλλη πρᾶξις ἀντικαθίσταται ἐναρμόσουσα εἰς τὴν σύνθεσιν, περὶ ἧς ὁ λόγος.
――「だが、外から何かが立ちふさがるだろう」――公正に、思慮深く、そして理知的に振る舞うことに対しては、何ものも立ちふさがらない。 おそらく、他の具体的な活動が何か妨げられることはあるだろう。 しかし、その障害そのものを快く受け入れること、そして与えられた状況へ感謝をもって移行することによって、ただちに別の行為が取って代わり、それは、我々が話題にしている生の組み立てに調和することになるのである。