§6.124.1ἀλλὰ γὰρ ἴσως τι ἐπιμεμφόμενοι Ἀθηναίων τῷ δήμῳ προεδίδοσαν τὴν πατρίδα.
しかし、もしかすると彼らはアテナイの民衆に何か不満を抱いて、祖国を裏切ろうとしたのだろうか。
οὐ μὲν ὦν ἦσαν σφέων ἄλλοι δοκιμώτεροι ἔν γε Ἀθηναίοισι ἄνδρες οὐδʼ οἳ μᾶλλον ἐτετιμέατο.
だが実際には、アテナイ人の中に彼ら以上に名誉ある男たちはいなかったし、より重んじられていた者たちもいなかった。
§6.124.2οὕτω οὐδὲ λόγος αἱρέει ἀναδεχθῆναι ἔκ γε ἂν τούτων ἀσπίδα ἐπὶ τοιούτῳ λόγῳ.
それゆえ、そのような理由で、他ならぬ彼らによって盾が掲げられたなどということは、およそ道理に合わない。
ἀνεδέχθη μὲν γὰρ ἀσπίς, καὶ τοῦτο οὐκ ἔστι ἄλλως εἰπεῖν·
というのも、盾が掲げられたのは事実であり、これを否定することはできない。
ἐγένετο γάρ·
現実に起こったことだからである。
ὃς μέντοι ἦν ὁ ἀναδέξας, οὐκ ἔχω προσωτέρω εἰπεῖν τούτων.
しかしながら、掲げた者が誰であったかについては、これ以上に語るすべを私は持たない。