§4.16.1τῆς δὲ γῆς, τῆς πέρι ὅδε ὁ λόγος ὅρμηται λέγεσθαι, οὐδεὶς οἶδε ἀτρεκέως ὃ τι τὸ κατύπερθε ἐστί·
しかし、この記述が語られようと始められているその土地については、その奥(北方)が何であるかを正確に知る者は誰もいない。
οὐδενὸς γὰρ δὴ αὐτόπτεω εἰδέναι φαμένου δύναμαι πυθέσθαι·
というのも、知っていると主張する目撃者からは、私は誰からも聞き出すことができないからである。
οὐδὲ γὰρ οὐδὲ Ἀριστέης, τοῦ περ ὀλίγῳ πρότερον τούτων μνήμην ἐποιεύμην, οὐδὲ οὗτος προσωτέρω Ἰσσηδόνων ἐν αὐτοῖσι τοῖσι ἔπεσι ποιέων ἔφησε ἀπικέσθαι, ἀλλὰ τὰ κατύπερθε ἔλεγε ἀκοῇ, φας Ἰσσηδόνας εἶναι τοὺς ταῦτα λέγοντας.
なぜなら、私が今しがた言及したばかりのアリステアスでさえも、彼自身が詩を作る中で、まさにその詩において、イッセドネス人よりも先へ達したとは言わず、むしろ北方のことについては、イッセドネス人こそがそれらのことを語っている者たちであると言って、伝聞によって語っていたからである。
§4.16.2ἀλλʼ ὅσον μὲν ἡμεῖς ἀτρεκέως ἐπὶ μακρότατον οἷοι τε ἐγενόμεθα ἀκοῇ ἐξικέσθαι, πᾶν εἰρήσεται.
しかし、私たちが伝聞によって正確に、かつ最も遠いところまで到達することができた限りのすべてのことは、語られるであろう。