- 底本
- Terence. Publii Terentii Comoediae Sex. Parry, Edward St. John, editor. London: Whittaker and Co.; George Bell, 1857.
- 翻訳
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- 言語
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- CTS URN
- urn:cts:latinLit:phi0134.phi006.humanitext-lat2:production-70
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
テレンティウスの喜劇『兄弟』のプロローグで、他の喜劇からの借用とパトロンとの共同執筆の疑惑に反論した後、都市で寛大な生活を送る老人ミキオが登場し、厳しい兄弟デメアとの教育方針の対立を語る。
ADELPHI. ACTA LUDIS FUNEBRIBUS AEMILII PAULLI QUOS FECERE Q. FABIUS MAXIMUS, P. CORNELIUS AFRICANUS. EGERE L. ATTILIUS PRAENESTINUS, MINUTIUS PROTHIMUS. MODOS FECIT FLACCUS CLAUDII, TIBIIS SARRANIS. FACTA GRAECA MENANDRU L. ANICIO M. CORNELIO COSS.
『兄弟』。ルキウス・アエミリウス・パウルスの追悼競技会にて上演。主催者はクィントゥス・ファビウス・マクシムス、プブリウス・コルネリウス・アフリカヌス。上演はルキウス・アティリウス・プラエネスティヌス、ミヌティウス・プロティムス。音楽はクラウディウスの奴隷フラックス、サッラ風(ティルス風)の笛による。原作はギリシア語、メナンドロスによる。ルキウス・アニキウスとマルクス・コルネリウスが執政官の年。
POSTQUAM Poëta sensit scripturam suam
詩人は自らの著作が
Ab iniquis observari, et adversarios
悪意ある者たちに監視され、敵対者たちが
Rapere in peiorem partem quam acturi sumus,1
我々がこれから演じようとするものを悪い方へと歪めて解釈していることに気づいたので、
Indicio de se ipse erit;2 vos eritis iudices
自ら自分について証言することにする。あなたがたが裁判官となるのだ、
Laudine an vitio duci id factum oporteat.
その行為が賞賛に値するものと見なされるべきか、それとも非難に値するものと見なされるべきかについて。
Synapothnescontes Diphili comoedia est.
『ともに死ぬ者たち』はディピロスの喜劇である。
Eam Commorientes Plautus fecit fabulam.
プラウトゥスはその戯曲を『ともに死ぬ者たち』とした。
In Graeca adolescens est qui lenoni eripuit
ギリシア語の原作では、劇の冒頭で若者がポン引きから
Meretricem in prima fabula. Eum Plautus locum
遊女を奪い取る。プラウトゥスはその場面を
Reliquit integrum: eum hic locum sumpsit sibi
手をつけずに残しておいた。この作者はその場面を
In Adelphos; verbum de verbo expressum extulit.
『兄弟』に取り入れ、言葉一つ一つを忠実に翻訳して表現した。
Eam nos acturi sumus novam: pernoscite
我々はそれを新しい劇として上演しようとしている。よく見極めて、
Furtumne factum existimetis, an locum
あなたがたが、それを盗作が行われたとみなすか、それとも
Reprehensum qui praeteritus negligentia est.3
不注意によって見過ごされていた場面が救い出されたとみなすかを判断してほしい。
Nam quod isti dicunt malevoli, homines nobiles
というのも、あの悪意ある者たちが、高貴な人々が
Eum adiutare, assidueque una scribere;
彼を助けており、常に一緒に執筆していると言っていることについて、
Quod illi maledictum vehemens esse existimant
彼らはそれを激しい中傷であると考えているが、
Eam laudem hic ducit maximam, quum illis placet
この作者はそれを最大の賞賛であるとみなしている。なぜなら、彼が気に入られている人々は、
Qui vobis universis et populo placent;
あなたがたすべてと人民にお気に召している人々であり、
Quorum opera in bello, in otio, in negotio,
その人々による援助を、戦争において、余暇において、公務において、
Suo quisque tempore usus est sine superbia.
誰もがそれぞれの必要な時に、彼らの傲慢さなしにあやかってきたからである。
Dehinc ne exspectetis argumentum fabulae:
これからは、戯曲のあらすじを期待しないでほしい。
Senes qui primi venient ii partem aperient;
最初に登場する老人たちが、その一部を明らかにするだろうし、
In agendo partem ostendent. Facite, aequanimitas
劇の進行において、彼らは一部を示すだろう。あなたがたの公平な態度が、
Poëtae ad scribendum augeat industriam.
詩人の執筆への熱意を増すようにしてほしい。
Storax—Non rediit hac nocte a coena Aeschinus,
ストラクス!――エスキヌスは昨夜、夕食会から戻らなかった、
Neque servulorum quisquam qui adversum ierant.4
迎えに行った召使いの誰も戻っていない。
Profecto hoc vere dicunt: si absis uspiam,
本当に人々はこう正しく言っている。もしどこかへ出かけて、
Aut ubi si cesses, evenire ea satius est
あるいはどこかで遅くなっているなら、起こる方がましだ、
Quae in te uxor dicit et quae in animo cogitat
怒った妻があなたを非難して言い、心の中で考えることが、
Irata quam illa quae parentes propitii.
好意的な親たちが(子供に対して考え、心配する)それらのことよりも。
Uxor si cesses aut te amare cogitat,
妻ならば、あなたが遅くなれば、あなたが誰かを愛しているか、
Aut tete amari, aut potare, aut animo obsequi;
あるいは愛されているか、飲んでいるか、気ままに楽しんでいるか、
Et tibi bene esse soli quum sibi sit male.
自分は不快な思いをしているのに、あなた一人だけが快適に過ごしていると考える。
Ego quia non rediit filius quae cogito, et
一方、私は、息子が戻らないために、なんと多くのことを考え、
Quibus nunc sollicitor rebus! ne aut ille alserit,
今どのようなことで心配していることか!彼が風邪を引いてはいないか、
Aut uspiam ceciderit, aut perfregerit
あるいはどこかで転んではいないか、あるいは何かを
Aliquid. Vah, quemquamne hominem in animum instituere5 aut
骨折してはいないか。ああ!誰であれ人間が、自分自身よりも愛おしいものを
Parare quod sit carius quam ipse est sibi?
心の中に受け入れ、あるいは用意するなどということがあろうか。
Atqui ex me hic non natus est, sed ex fratre. Is adeo
しかし、この子は私から生まれたのではなく、私の兄弟から生まれたのだ。あの兄弟は
Dissimili studio est iam inde ab adolescentia.
実に、若い頃からずっと全く異なる傾向を持っている。
Ego hanc clementem vitam urbanam atque otium
私はこの穏やかな都市の生活と余暇を
Secutus sum; et, quod fortunatum isti putant,
追求してきた。そして、世間の人々が幸運だと思うことだが、
Uxorem numquam habui. Ille contra haec omnia:
妻を一度も持たなかった。彼はこれらすべてとは正反対だ。
Ruri agere vitam; semper parce ac duriter
田舎で生活を送り、常に質素に、また過酷に
Se habere: uxorem duxit; nati filii
暮らしている。彼は妻を娶り、息子が二人
Duo: inde ego hunc maiorem adoptavi mihi;
生まれた。そこで私は、この兄の方を私に養子として迎えた。
Eduxi a parvulo; habui, amavi pro meo;
幼い頃から育て、我が子として扱い、愛してきた。
In eo me oblecto; solum id est carum mihi.
この子の中に私は喜びを見出しており、これだけが私にとって愛おしい。
Ille ut item contra me habeat facio sedulo:
彼もまた、私をそのように(父親として)思ってくれるよう、私は懸命に努めている。
Do, praetermitto: non necesse habeo omnia
与え、大目に見る。私はすべてを
Pro meo iure agere. Postremo alii clanculum
私の法的権利に従って行う必要はないと思っている。結局、他の若者たちが父親に秘密で
Patres quae faciunt, quae fert adolescentia,
行うようなこと、青春期がもたらすようなことを、
Ea ne me celet consuefeci filium;
私に対して隠さないように、私は息子を習慣づけてきた。
Nam qui mentiri aut fallere insuerit patrem, aut
というのも、父親に嘘をついたり欺いたりすることに慣れた者、あるいは
Audebit, tanto magis audebit caeteros.
あえてそうする者は、他の人々に対してはなおさらそうするだろうからだ。
Pudore et liberalitate liberos
恥の心と寛大な扱いによって子供たちを
Retinere satius esse credo quam metu.
引き留めておく方が、恐怖によるよりも勝っていると私は信じている。
Haec fratri mecum non convenient neque placent.
これらのことは兄弟と私の間で一致せず、彼には気に入らない。
Venit ad me saepe clamitans, "Quid agis, Micio?
彼はしばしば私のもとにやって来て、大声で叫ぶ。「何をしているんだ、ミキオ?
Cur perdis adolescentem nobis? cur amat?
なぜお前は我々の若者を台無しにするのだ?なぜあの子は恋愛をするのだ?
Cur potat? cur tu his rebus sumtum suggeris?
なぜ酒を飲むのだ?なぜお前はこうしたことに費用を融通するのだ?
Vestitu nimio indulges; nimium ineptus es."
過剰な衣服を着せて甘やかしている。お前はあまりにも愚かだ」と。
Nimium ipse est durus praeter aequumque et bonum:
彼自身が、公平さと善を超えてあまりにも頑固なのだ。
Et errat longe mea quidem sententia
そして彼は、少なくとも私の考えでは、大きく間違っている、
Qui imperium credat6 gravius esse aut stabilius
力によって生じる支配の方が、
Vi quod fit quam illud quod amicitia adiungitur.
友情によって結ばれるそれよりも、より重みがあり、あるいはより安定していると信じる者は。
Mea sic est ratio, et sic animum induco meum:
私の考え方はこうであり、私は心にこう決めている。
Malo coactus qui suum officium facit
罰に強制されて自らの義務を果たす者は、
Dum id rescitum iri credit tantisper cavet:
それが発覚するだろうと信じている間だけ、それ相応に注意深く振る舞うが、
- 3peiorem partem quam acturi sumus
rapere in peiorem partem は「(好ましくない解釈をして)悪い方へ歪める」という慣用的な副詞表現。関係節 quam acturi sumus(我々が演じようとするもの)は、先行詞(おそらく fabulam)が省略された対格の関係代名詞 quam を伴う。
- 4indicio de se ipse erit
indicio は目的・結果を表す与格(叙述与格)であり、主文の動詞 erit(〜となるであろう)と結びついて「彼自身が自分に関する証言(証拠)となるであろう」という二重与格構文に類する構造をとる。
- 14reprehensum qui praeteritus negligentia est
reprehensum は reprehendo(取り戻す、救い出す)の完了分詞。ここでは「非難された」ではなく、「(プラウトゥスが不注意によって見過ごした箇所を)テレンティウスが取り戻した、救い出した」という文脈で解釈される。関係節 qui... est が reprehensum を修飾している。
- 27adversum ierant
adversum ire(または adversus ire)は与格(ここでは省略された主人のエスキヌス)を伴う慣用表現で、夕食会などの外出先から「(主人を家まで)迎えに行く」ことを意味する。
- 38quemquamne hominem in animum instituere
対格と不定詞(quemquam hominem ... instituere aut parare)を用いた感嘆・疑問の構文。文末の小辞 -ne は憤りや驚きを伴う強い疑問を表し、「誰か人間が…することがあろうか!」と解釈される。
- 66qui imperium credat
関係代名詞 qui の導く節の動詞が接続法 credat になっているのは、単なる特定の事実の記述ではなく、「〜と信じるような(性質の)人物」という特徴描写(characteristic)の用法であるため。
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-09-21)
- 2026-09-21 AI校閲 — 訳文 1 件
