- 底本
- Aristotle. Aristotelis Physica. Ross, W.D., editor. Oxford: Clarendon, 1960.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0086.tlg054.humanitext-grc1:3#2
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
魂の徳や悪徳、および知的な部分における知識の獲得は、関係的なものに属するため性質変化ではなく、性質変化はあくまで感覚的な部分においてのみ起こることを論じる。
τῆς οἰκείας ἀρετῆς, καὶ μάλιστα κατὰ φύσιν, καθάπερ ὁ κύκλος | τότε μάλιστα κατὰ φύσιν ἐστίν, ὅταν μάλιστα κύκλος ᾖ), ἡ δὲ κακία φθορὰ τούτων καὶ ἔκστασις. γίγνεται μὲν οὖν ἀλλοιουμένου τινὸς1 καὶ ἡ λῆψις | τῆς ἀρετῆς καὶ ἡ τῆς κακίας ἀποβολή, ἀλλοίωσις μέντοι τούτων οὐδέτερον. | ὅτι δʼ ἀλλοιοῦταί τι, δῆλον. ἡ μὲν γὰρ ἀρετὴ τοι ἀπάθειά τις ἢ παθη|τικὸν ὡδί, ἡ δὲ κακία παθητικὸν ἢ ἐναντία πάθησις τῇ ἀρετῇ. καὶ τὸ | ὅλον τὴν ἠθικὴν ἀρετὴν ἐν ἡδοναῖς καὶ λύπαις εἶναι συμβέβηκεν· γὰρ κατʼ ἐνέργειαν τὸ τῆς ἡδονῆς2 διὰ μνήμην ἢ ἀπὸ τῆς ἐλπίδος. εἰ μὲν οὖν | κατʼ ἐνέργειαν, αἴσθησις τὸ αἴτιον, εἰ δὲ διὰ μνήμην ἢ διʼ ἐλπίδα, ἀπὸ ταύτης· ἢ γὰρ οἶα ἐπάθομεν μεμνημένοις τὸ τῆς ἡδονῆς ἢ οἷα πεισόμεθα | ἐλπίζουσιν. ἀλλὰ μὴν οὐδ’ ⟨ἐν⟩ τῷ διανοητικῷ μέρει τῆς ψυχῆς ἀλλοίωσις. | τὸ γὰρ ἐπιστῆμον μάλιστα τῶν πρός τι λέγεται. τοῦτο δὲ δῆλον· κατʼ οὐδε|μίαν γὰρ δύναμιν κινηθεῖσιν ἐγγίγνεται τὸ τῆς ἐπιστήμης, ἀλλʼ ὑπάρξαντός | τινος· ἐκ γὰρ τῆς κατὰ μέρος ἐμπειρίας τὴν καθόλου λαμβάνομεν ἐπιστή|μην. οὐδὲ δὴ ἡ ἐνέργεια γένεσις, εἰ μή τις καὶ τὴν ἀνάβλεψιν καὶ τὴν | ἁφὴν γενέσεις φησίν· τοιοῦτον γὰρ ἡ ἐνέργεια. ἡ δὲ ἐξ ἀρχῆς λῆψις τῆς | ἐπιστήμης οὐκ ἔστι γένεσις οὐδʼ ἀλλοίωσις· τῷ γὰρ ἠρεμίζεσθαι καὶ καθ|ίστασθαι τὴν ψυχὴν3 ἐπιστήμων γίγνεται καὶ φρόνιμος. καθάπερ οὖν οὐδʼ ὅταν | καθεύδων ἐγερθῇ τις ἢ μεθύων παύσηται ἢ νοσῶν καταστῇ, γέγονεν ἐπι|στήμων· καίτοι πρότερον οὐκ ἐδύνατο χρῆσθαι καὶ κατὰ τὴν ἐπιστήμην ἐνερ|γεῖν, εἶτα ἀπαλλαγείσης τῆς ταραχῆς καὶ εἰς ἠρεμίαν καὶ κατάστασιν ἐλθούσης τῆς | διανοίας ὑπῆρξεν ἡ δύναμις ἡ πρὸς τὴν τῆς ἐπιστήμης χρείαν. τοιοῦτο δή | τι γίγνεται καὶ τὸ ἐξ ἀρχῆς ἐν τῇ τῆς ἐπιστήμης ὑπαρχῇ· τῆς γὰρ ταρα|χῆς ἠρεμία τις καὶ κατάστασις. οὐδὲ δὴ τὰ παιδία δύναται μαθεῖν οὐδὲ | κρίνειν ταῖς αἰσθήσεσιν ὁμοίως τοῖς πρεσβυτέροις. πολλὴ γὰρ ἡ ταραχὴ περὶ ταῦτα καὶ ἡ κίνησις. καθίσταται δὲ καὶ παύεται τῆς ταραχῆς τοτὲ | μὲν ὑπὸ τῆς φύσεως τοτὲ δʼ ὑπʼ ἄλλων. ἐν ἀμφοτέροις δὲ τούτοις ἀλ|λοιοῦσθαί τι συμβαίνει, καθάπερ ὅταν ἐγερθῇ καὶ γένηται νήφων πρὸς τὴν ἐνέργειαν. φανερὸν οὖν ὅτι τὸ τῆς ἀλλοιώσεως ἐν τοῖς αἰσθητοῖς καὶ ἐν τῷ αἰσθητικῷ μέρει τῆς ψυχῆς, ἐν ἄλλῳ δʼ οὐθενὶ πλὴν κατὰ συμβεβηκός.
それ自身の徳、しかもとりわけ自然に従った徳に達したときに最も完成しているからである。それは例えば、円が、とりわけ円であるときに、最も自然に従っているのと同様である。これに対して悪徳は、これら(完成や自然に従った状態)の喪失であり、そこからの逸脱である。したがって、徳の獲得も悪徳の喪失も、何らかのものが性質変化することによって生じはするが、しかしこれらのいずれも性質変化そのものではない。だが、何らかのものが性質変化することは明らかである。というのも、徳とは何らかの受動的状態のなさであるか、あるいは特定の方法での受動的状態であり、他方、悪徳とは受動的状態であるか、あるいは徳とは反対の受動的状態だからである。そして全体として、倫理的な徳は快や苦の中にある。なぜなら、快は現在の活動によるか、あるいは記憶によるか、希望から生じるかのいずれかだからである。それゆえ、もし活動によるものなら感覚がその原因であり、もし記憶や希望によるものなら、あの感覚から生じるのである。というのも、私たちが被ったような事柄を記憶している人に快が生じるか、あるいは私たちが被るであろう事柄を希望している人に快が生じるからである。 だがさらに、魂の知的な部分の中にも性質変化はない。というのも、知る状態にあるものは、とりわけ関係的なものに属すると言われるからである。そしてこのことは明らかである。なぜなら、いかなる能力においても、私たちが動かされたことによって知識が生じるのではなく、何らかのものが存在することによるからである。というのも、個別の事柄に関する経験から、私たちは普遍的な知識を獲得するからである。また、知識の活動も生成ではない。それは、誰かが目を見開くことや触ることを生成であると言わない限りにおいてである。なぜなら、活動もそのようなものだからである。また、最初における知識の獲得も生成ではなく、性質変化でもない。なぜなら、魂が静まり、安定することによって、人は知る者となり、思慮深い者となるからである。したがって、眠っている人が目覚めたり、酔っている人が醒めたり、病気の人が回復したりしたときに、その人が知る者になったのではないのと同様である。もっとも、以前には知識を用いることも、知識に従って活動することもできなかったが、その後、混乱から免れ、思考が静まりと安定に達したときに、知識の使用へと向かう能力が存在するようになったのである。それゆえ、最初における知識の始まりにおいても、これとまさに同様のことが生じる。すなわち、混乱の何らかの静まりと安定である。したがって、子供たちもまた、年長者たちと同様に学ぶことも、感覚によって判断することもできない。なぜなら、彼らにおいてはこれらに関する混乱と運動が著しいからである。そして、混乱が安定し収まるのは、ある時は自然によってであり、ある時は他のものによってである。そして、これら両方の場合において、何らかのものが性質変化することが起こるのであり、それは目覚めて、活動に対してしらふの状態になるときのようである。したがって、性質変化というものは、感覚されうるものにおいて、また魂の感覚的な部分において生じるのであり、他のいかなるものにおいても、偶発的な場合を除いては生じないことは明らかである。
- 247a1ἀλλοιουμένου τινὸς
属格独立(絶対属格)構文であり、性質変化のプロセスそのものが徳の獲得や悪徳の喪失の背景・原因として機能していることを示す。「何らかのものが性質変化することによって」と解釈される。
- 247a1τὸ τῆς ἡδονῆς
冠詞付き中性抽象表現で、実質的に「快楽(そのもの)」を意味する。文脈上、コピュラ動詞(ἐστί)が省略されており、それに続く三つの前置詞句(κατʼ ἐνέργειαν, διὰ μνήμην, ἀπὸ τῆς ἐλπίδος)が述語部を構成している。
- 247b23–4τῷ γὰρ ἠρεμίζεσθαι καὶ καθίστασθαι τὴν ψυχὴν
与格の冠詞 τῷ を伴う不定詞(動名詞的用法)で、原因または手段を表す。対格の τὴν ψυχὴν は、二つの受動・中動相不定詞 ἠρεμίζεσθαι(静まる)および καθίστασθαι(安定する)の意味上の主語である。
