- 底本
- Platonis Opera, Tomus III: Tetralogia V-VII. Burnet, John, editor. Oxford: Clarendon Press, 1903.
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- 言語
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- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg023.humanitext-grc2:496-497
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-28
ソクラテスは、健康と病気のような対立する状態が同時に存在しない一方で、渇きと飲む行為における苦痛と快楽は同時に経験され、かつ同時に消失することを指摘し、快楽と善は異なるものであると論証する。
ΣΩ. οἷον περὶ ὅτου βούλει τοῦ σώματος ἀπολαβὼν1 σκόπει. νοσεῖ που ἄνθρωπος ὀφθαλμούς, ᾧ ὄνομα ὀφθαλμία; ΚΑΛ. πῶς γὰρ οὔ; ΣΩ. οὐ δήπου καὶ ὑγιαίνει γε ἅμα τοὺς αὐτούς; ΚΑΛ. οὐδʼ ὁπωστιοῦν. ΣΩ. τί δὲ ὅταν τῆς ὀφθαλμίας ἀπαλλάττηται; ἆρα τότε καὶ τῆς ὑγιείας ἀπαλλάττεται τῶν ὀφθαλμῶν καὶ τελευτῶν ἅμα ἀμφοτέρων ἀπήλλακται; ΚΑΛ. ἥκιστά γε. ΣΩ. θαυμάσιον γὰρ οἶμαι καὶ ἄλογον γίγνεται· ἦ γάρ; ΚΑΛ. σφόδρα γε. ΣΩ. ἀλλʼ ἐν μέρει οἶμαι ἑκάτερον καὶ λαμβάνει καὶ ἀπολλύει; ΚΑΛ. φημί. ΣΩ. οὐκοῦν καὶ ἰσχὺν καὶ ἀσθένειαν ὡσαύτως; ΚΑΛ. ναί. ΣΩ. καὶ τάχος καὶ βραδυτῆτα; ΚΑΛ. πάνυ γε. ΣΩ. ἦ καὶ τἀγαθὰ καὶ τὴν εὐδαιμονίαν καὶ τἀναντία τούτων, κακά τε καὶ ἀθλιότητα, ἐν μέρει λαμβάνει καὶ ἐν μέρει ἀπαλλάττεται ἑκατέρου; ΚΑΛ. πάντως δήπου. ΣΩ. ἐὰν εὕρωμεν ἄρα ἄττα ὧν ἅμα τε ἀπαλλάττεται ἄνθρωπος καὶ ἅμα ἔχει,2 δῆλον ὅτι ταῦτά γε οὐκ ἂν εἴη τό τε ἀγαθὸν καὶ τὸ κακόν. ὁμολογοῦμεν ταῦτα; καὶ εὖ μάλα σκεψάμενος ἀποκρίνου. ΚΑΛ. ἀλλʼ ὑπερφυῶς ὡς ὁμολογῶ. ΣΩ. ἴθι δὴ ἐπὶ τὰ ἔμπροσθεν ὡμολογημένα. τὸ πεινῆν ἔλεγες πότερον ἡδὺ ἢ ἀνιαρὸν εἶναι; αὐτὸ λέγω τὸ πεινῆν. ΚΑΛ. ἀνιαρὸν ἔγωγε· τὸ μέντοι πεινῶντα ἐσθίειν ἡδὺ λέγω. ΣΩ. μανθάνω· ἀλλʼ οὖν τό γε πεινῆν αὐτὸ ἀνιαρόν. ἢ οὐχί; ΚΑΛ. φημί. ΣΩ. οὐκοῦν καὶ τὸ διψῆν; ΚΑΛ. σφόδρα γε. ΣΩ. πότερον οὖν ἔτι πλείω ἐρωτῶ, ἢ ὁμολογεῖς ἅπασαν ἔνδειαν καὶ ἐπιθυμίαν ἀνιαρὸν εἶναι; ΚΑΛ. ὁμολογῶ, ἀλλὰ μὴ ἐρώτα. ΣΩ. εἶεν· διψῶντα δὲ δὴ πίνειν ἄλλο τι ἢ ἡδὺ φῂς εἶναι; ΚΑΛ. ἔγωγε. ΣΩ. οὐκοῦν τούτου οὗ λέγεις τὸ μὲν διψῶντα λυπούμενον δήπου ἐστίν; ΚΑΛ. ναί. ΣΩ. τὸ δὲ πίνειν πλήρωσίς τε τῆς ἐνδείας καὶ ἡδονή; ΚΑΛ. ναί. ΣΩ. οὐκοῦν κατὰ τὸ πίνειν χαίρειν λέγεις; ΚΑΛ. μάλιστα. ΣΩ. διψῶντά γε. ΚΑΛ. φημί. ΣΩ. λυπούμενον; ΚΑΛ. ναί. ΣΩ. αἰσθάνῃ οὖν τὸ συμβαῖνον, ὅτι λυπούμενον χαίρειν λέγεις ἅμα, ὅταν διψῶντα πίνειν λέγῃς; ἢ οὐχ ἅμα τοῦτο γίγνεται κατὰ τὸν αὐτὸν τόπον καὶ χρόνον εἴτε ψυχῆς εἴτε σώματος βούλει; οὐδὲν γὰρ οἶμαι διαφέρει. ἔστι ταῦτα ἢ οὔ; ΚΑΛ. ἔστιν. ΣΩ. ἀλλὰ μὴν εὖ γε πράττοντα κακῶς πράττειν ἅμα ἀδύνατον φῂς εἶναι.
ソクラテス:例えば、体のうち君が望む任意の部位を切り離して考えてみるがよい。例えば、人は目に病気を得ることがあるが、その病気には眼炎という名があるのではないかね。 カリクレス:当然そうだろう。 ソクラテス:まさか同時に、その同じ目が健康であるということもないだろう。 カリクレス:いささかも。 ソクラテス:では、彼が眼炎から解放されるときはどうだろうか。その時、彼は目の健康からも解放され、最後には同時に両方から解放されることになるのだろうか。 カリクレス:とんでもないことだ。 ソクラテス:なぜなら、それは驚くべきことであり不合理なことになると思うからだ。そうではないかね。 カリクレス:まさにその通りだ。 ソクラテス:むしろ、人はそれぞれの状態を交互に獲得したり失ったりするのだと思うが。 カリクレス:その通りだ。 ソクラテス:それでは、強さと弱さについても同様かね。 カリクレス:そうだ。 ソクラテス:速さと遅さについても。 カリクレス:まさに。 ソクラテス:そして、善いことや幸福、またこれらと反対のもの、すなわち悪いことや惨めさについても、交互に獲得し、交互にそれぞれから解放されるのかね。 カリクレス:絶対にそうに決まっている。 ソクラテス:それなら、もし我々が、人間が同時に解放され、かつ同時に持っているような何かを見出すならば、それらは善いことと悪いことではあり得ないということは明らかだ。我々はこのことに同意するか。非常によく考えた上で答えてほしい。 カリクレス:いや、途方もなく大いに同意するよ。 ソクラテス:では、以前に合意された事柄に進もう。飢えていることについて、君は快いと言っていたかね、それとも苦痛であると言っていたかね。飢えていることそれ自体について言っているのだ。 カリクレス:私としては苦痛であると言う。しかし、飢えつつ食べることは快いと言う。 ソクラテス:よく分かった。しかし、いずれにせよ、飢えていることそれ自体は苦痛なのだね。そうではないかね。 カリクレス:その通りだ。 ソクラテス:では、喉が渇いていることもかね。 カリクレス:まさに。 ソクラテス:それでは、さらに多くを尋ねるべきかね、それとも、あらゆる欠乏と欲望は苦痛であると君は同意するか。 カリクレス:同意する、だから尋ねないでくれ。 ソクラテス:よろしい。では、渇きつつ飲むことは、快いこと以外の何物でもないと君は言うのだね。 カリクレス:その通りだ。 ソクラテス:それでは、君の言うこのことのうち、「渇いている」というのは苦しんでいるということではないかね。 カリクレス:そうだ。 ソクラテス:そして、「飲むこと」は欠乏を満たすことであり、快楽なのだね。 カリクレス:そうだ。 ソクラテス:それでは、飲むことにおいて喜ぶと君は言うのだね。 カリクレス:その通りだ。 ソクラテス:渇きながらね。 カリクレス:その通り。 ソクラテス:苦しみながらね。 カリクレス:そうだ。 ソクラテス:それなら、君は「渇きつつ飲む」と言うとき、苦しみつつ同時に喜んでいると言っていることになるが、その結果生じることに気づいているかね。あるいは、魂であれ体であれ(どちらでも構わない、違いはないと思うから)、同じ場所と同じ時間において、これが同時に生じているのではないかね。これは事実か、そうではないか。 カリクレス:事実だ。 ソクラテス:しかしながら、よくやっている人が同時に悪くやっているということは不可能だと君は言っていた。
ΚΑΛ. φημὶ γάρ. ΣΩ. ἀνιώμενον δέ γε χαίρειν δυνατὸν ὡμολόγηκας. ΚΑΛ. φαίνεται. ΣΩ. οὐκ ἄρα τὸ χαίρειν ἐστὶν εὖ πράττειν οὐδὲ τὸ ἀνιᾶσθαι κακῶς, ὥστε ἕτερον γίγνεται τὸ ἡδὺ τοῦ ἀγαθοῦ. ΚΑΛ. οὐκ οἶδʼ ἅττα σοφίζῃ, ὦ Σώκρατες. ΣΩ. οἶσθα, ἀλλὰ ἀκκίζῃ, ὦ Καλλίκλεις· καὶ πρόιθί γε ἔτι εἰς τὸ ἔμπροσθεν, ἵνα εἰδῇς ὡς σοφὸς ὤν με νουθετεῖς.3 οὐχ ἅμα διψῶν τε ἕκαστος ἡμῶν πέπαυται καὶ ἅμα ἡδόμενος διὰ τοῦ πίνειν; ΚΑΛ. οὐκ οἶδα ὅτι λέγεις. ΓΟΡ. μηδαμῶς, ὦ Καλλίκλεις, ἀλλʼ ἀποκρίνου καὶ ἡμῶν ἕνεκα, ἵνα περανθῶσιν οἱ λόγοι. ΚΑΛ. ἀλλʼ ἀεὶ τοιοῦτός ἐστιν Σωκράτης, ὦ Γοργία· σμικρὰ καὶ ὀλίγου ἄξια ἀνερωτᾷ καὶ ἐξελέγχει. ΓΟΡ. ἀλλὰ τί σοὶ διαφέρει; πάντως οὐ σὴ αὕτη ἡ τιμή, ὦ Καλλίκλεις· ἀλλʼ ὑπόσχες Σωκράτει ἐξελέγξαι ὅπως ἂν βούληται. ΚΑΛ. Ἐρώτα δὴ σὺ τὰ σμικρά τε καὶ στενὰ ταῦτα, ἐπείπερ Γοργίᾳ δοκεῖ οὕτως. ΣΩ. εὐδαίμων εἶ, ὦ Καλλίκλεις, ὅτι τὰ μεγάλα μεμύησαι πρὶν τὰ σμικρά· ἐγὼ δʼ οὐκ ᾤμην θεμιτὸν εἶναι. ὅθεν οὖν ἀπέλιπες ἀποκρίνου, εἰ οὐχ ἅμα παύεται διψῶν ἕκαστος ἡμῶν καὶ ἡδόμενος. ΚΑΛ. φημί. ΣΩ. οὐκοῦν καὶ πεινῶν καὶ τῶν ἄλλων ἐπιθυμιῶν καὶ ἡδονῶν ἅμα παύεται; ΚΑΛ. ἔστι ταῦτα. ΣΩ. οὐκοῦν καὶ τῶν λυπῶν καὶ τῶν ἡδονῶν ἅμα παύεται; ΚΑΛ. ναί. ΣΩ. ἀλλὰ μὴν τῶν ἀγαθῶν γε καὶ κακῶν οὐχ ἅμα παύεται, ὡς σὺ ὡμολόγεις· νῦν δὲ οὐχ ὁμολογεῖς; ΚΑΛ. ἔγωγε· τί οὖν δή; ΣΩ. ὅτι οὐ τὰ αὐτὰ γίγνεται, ὦ φίλε, τἀγαθὰ τοῖς ἡδέσιν οὐδὲ τὰ κακὰ τοῖς ἀνιαροῖς. τῶν μὲν γὰρ ἅμα παύεται, τῶν δὲ οὔ, ὡς ἑτέρων ὄντων· πῶς οὖν ταὐτὰ ἂν εἴη τὰ ἡδέα τοῖς ἀγαθοῖς ἢ τὰ ἀνιαρὰ τοῖς κακοῖς; ἐὰν δὲ βούλῃ, καὶ τῇδε ἐπίσκεψαι (οἶμαι γάρ σοι οὐδὲ ταύτῃ ὁμολογεῖσθαι· ἄθρει δέ) τοὺς ἀγαθοὺς οὐχὶ ἀγαθῶν παρουσίᾳ ἀγαθοὺς καλεῖς,4 ὥσπερ τοὺς καλοὺς οἷς ἂν κάλλος παρῇ; ΚΑΛ. ἔγωγε. ΣΩ. τί δέ; ἀγαθοὺς ἄνδρας καλεῖς ἄφρονας καὶ δειλούς; οὐ γὰρ ἄρτι γε, ἀλλὰ τοὺς ἀνδρείους καὶ φρονίμους ἔλεγες· ἢ οὐ τούτους ἀγαθοὺς καλεῖς; ΚΑΛ. πάνυ μὲν οὖν. ΣΩ. τί δέ; παῖδα ἀνόητον χαίροντα ἤδη εἶδες; ΚΑΛ. ἔγωγε. ΣΩ. ἄνδρα δὲ οὔπω εἶδες ἀνόητον χαίροντα; ΚΑΛ. οἶμαι ἔγωγε· ἀλλὰ τί τοῦτο; ΣΩ. οὐδέν· ἀλλʼ ἀποκρίνου. ΚΑΛ. εἶδον.
カリクレス:確かにそう言った。 ソクラテス:しかし、苦しみつつ喜ぶことは可能であると君は同意した。 カリクレス:そうであるようだ。 ソクラテス:それなら、喜ぶことはよくやっていることではないし、苦しむことは悪くやっていることではない。したがって、快いことは善いこととは異なるものとなる。 カリクレス:君が何をへ理屈を並べているのか、私には分からないよ、ソクラテス。 ソクラテス:分かっているのに、とぼけているのだよ、カリクレス。さらに前へ進みたまえ。そうすれば、君がいかに知恵がある者として私を訓戒していたかが分かるだろう。我々の一人ひとりは、飲むことによって渇きが止むのと同時に、喜ぶことも止むのではないかね。 カリクレス:君が何を言っているのか分からない。 ゴルギアス:そんなことを言わずに、カリクレスよ、我々のために答えてくれ。議論が完了するように。 カリクレス:しかしゴルギアス、ソクラテスはいつもこんな調子なのだ。ちっぽけで価値のないことを問い質し、論駁しようとする。 ゴルギアス:だが、それが君にとって何の違いになるというのだ。いずれにせよ、これは君の評判に関わることではないのだから、カリクレスよ。むしろソクラテスに、彼の望むように論駁を任せるがいい。 カリクレス:それなら、君はそのちっぽけで狭苦しいことを尋ねるがいい。ゴルギアスがそう思うのだから。 ソクラテス:君は幸せだね、カリクレス。小さな秘儀の前に、大きな秘儀を伝授されているのだから。私はそんなことは許されないと思っていた。ともかく、話を中断したところから答えてほしい。我々の一人ひとりは、渇きが止むのと同時に、喜ぶことも止むのではないかね。 カリクレス:確かにその通りだ。 ソクラテス:それでは、飢えやその他の欲望、そして快楽についても、同時に止むのではないかね。 カリクレス:そうだ。 ソクラテス:それでは、苦痛と快楽も同時に止むのだね。 カリクレス:そうだ。 ソクラテス:しかしながら、善いことと悪いことからは同時に解放されないと、君は同意していた。今では同意しないのかね。 カリクレス:いや、同意する。だが、それがどうしたというのだ。 ソクラテス:友よ、善いことと快いこと、そして悪いことと苦痛なことは、同じではないということだ。というのも、一方は同時に止むが、他方は同時に止まないからであり、それらが別のものであるからだ。そうであるなら、どうして快いことが善いことと同じであり得、苦痛なことが悪いことと同じであり得ようか。しかし望むなら、次のようにも考えてみるがいい。(これについても、君は同意しないと思うが、よく見てほしい。)君は、美がある人たちのことを「美しい」と呼ぶように、善がある人たちのことを、善の現前によって「善い」と呼ぶのではないかね。 カリクレス:その通りだ。 ソクラテス:ではどうだろう。君は愚かな者たちや臆病な者たちを「善い人々」と呼ぶかね。少なくとも先ほどはそうではなく、勇敢な者たちや賢明な者たちをそう言っていたはずだ。それとも、彼らを「善い」と呼ぶのではないかね。 カリクレス:まさにその通りだ。 ソクラテス:では、愚かな子供が喜んでいるのを今までに見たことがあるかね。 カリクレス:ある。 ソクラテス:では、愚かな大人が喜んでいるのはまだ見たことがないかね。 カリクレス:あると思う。だが、それがどうしたというのだ。 ソクラテス:何でもない。ただ答えてくれ。 カリクレス:見たことがある。
- 496οἷον περὶ ὅτου βούλει τοῦ σώματος ἀπολαβὼν
関係代名詞 ὅτου(οὗτινος の縮約形)と動詞 βούλει(βούλομαι 2人称単数)が結びつき、「君が望む任意の〜」を表す。τοῦ σώματος は ὅτου にかかる部分属格。分詞 ἀπολαβών は「切り離して、取り出して」の意で、全体から特定の部位を限定して考察することを促す。
- 496cἄττα ὧν ἅμα τε ἀπαλλάττεται ἄνθρωπος καὶ ἅμα ἔχει
不定代名詞 ἄττα(τινά のアッティカ方言形)が先行詞。関係代名詞 ὧν は属格支配の動詞 ἀπαλλάττεται に引きずられて属格になっているが、対格支配の動詞 ἔχει の目的語としても機能しており、格の共有(および吸引)が起きている。
- 497aἵνα εἰδῇς ὡς σοφὸς ὤν με νουθετεῖς
ὡς は間接疑問副詞で「いかに〜か」を意味し、従属節 ὡς ... με νουθετεῖς(いかに君が私を訓戒しているか)を導く。σοφὸς ὤν は主格分詞で、ここでは皮肉を込めて「賢者である(かのような)状態で」という付帯状況ないし理由を表す。
- 497eἀγαθῶν παρουσίᾳ ἀγαθοὺς καλεῖς
ἀγαθοὺς は καλεῖς(2人称単数、補われる目的語に対する述語対格)の補語であり、「彼らを善いと呼ぶ」という二重対格構文をなす。ἀγαθῶν は中性複数名詞 τὰ ἀγαθά の属格で、παρουσίᾳ(現前、存在)にかかる。
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-09-22)
- 2026-09-22 読者の報告(AIが修正) — 訳文 1 件
