- 底本
- Platonis Opera, Tomus III: Tetralogia V-VII. Burnet, John, editor. Oxford: Clarendon Press, 1903.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg023.humanitext-grc2:488
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-28
ソクラテスは、カリクレスによる人生の忠告を歓迎しつつ、カリクレスとピンダロスが主張する「強者の支配が自然の正義である」という議論の前提を問い直し、「より優れた者」「より良き者」「より強い者」の定義が同一であるか否かを問う。
ΣΩ. πάντων δὲ καλλίστη ἐστὶν ἡ σκέψις, ὦ Καλλίκλεις, περὶ τούτων ὧν1 σὺ δή μοι ἐπετίμησας, ποῖόν τινα χρὴ εἶναι τὸν ἄνδρα καὶ τί ἐπιτηδεύειν καὶ μέχρι τοῦ,2 καὶ πρεσβύτερον καὶ νεώτερον ὄντα. ἐγὼ γὰρ εἴ τι μὴ ὀρθῶς πράττω κατὰ τὸν βίον τὸν ἐμαυτοῦ, εὖ ἴσθι τοῦτο ὅτι οὐχ ἑκὼν ἐξαμαρτάνω ἀλλʼ ἀμαθίᾳ τῇ ἐμῇ· σὺ οὖν, ὥσπερ ἤρξω νουθετεῖν με, μὴ ἀποστῇς, ἀλλʼ ἱκανῶς μοι ἔνδειξαι τί ἔστιν τοῦτο ὃ ἐπιτηδευτέον μοι, καὶ τίνα τρόπον κτησαίμην ἂν αὐτό, καὶ ἐάν με λάβῃς νῦν μέν σοι ὁμολογήσαντα,3 ἐν δὲ τῷ ὑστέρῳ χρόνῳ μὴ ταὐτὰ πράττοντα ἅπερ ὡμολόγησα, πάνυ με ἡγοῦ βλᾶκα εἶναι καὶ μηκέτι ποτέ με νουθετήσῃς ὕστερον, ὡς μηδενὸς ἄξιον ὄντα. ἐξ ἀρχῆς δέ μοι ἐπανάλαβε πῶς φῂς τὸ δίκαιον ἔχειν καὶ σὺ καὶ Πίνδαρος τὸ κατὰ φύσιν; ἄγειν βίᾳ τὸν κρείττω τὰ τῶν ἡττόνων καὶ ἄρχειν τὸν βελτίω τῶν χειρόνων καὶ πλέον ἔχειν τὸν ἀμείνω τοῦ φαυλοτέρου; μή τι ἄλλο λέγεις τὸ δίκαιον εἶναι, ἢ ὀρθῶς μέμνημαι; ΚΑΛ. ἀλλὰ ταῦτα ἔλεγον καὶ τότε καὶ νῦν λέγω. ΣΩ. πότερον δὲ τὸν αὐτὸν βελτίω καλεῖς σὺ καὶ κρείττω; οὐδὲ γάρ τοι τότε οἷός τʼ ἦ μαθεῖν σου τί ποτε λέγοις. πότερον τοὺς ἰσχυροτέρους κρείττους καλεῖς καὶ δεῖ ἀκροᾶσθαι τοῦ ἰσχυροτέρου τοὺς ἀσθενεστέρους, οἷόν μοι δοκεῖς καὶ τότε ἐνδείκνυσθαι, ὡς αἱ μεγάλαι πόλεις ἐπὶ τὰς σμικρὰς κατὰ τὸ φύσει δίκαιον ἔρχονται, ὅτι κρείττους εἰσὶν καὶ ἰσχυρότεραι, ὡς τὸ κρεῖττον καὶ τὸ ἰσχυρότερον καὶ βέλτιον ταὐτὸν ὄν,4 ἢ ἔστι βελτίω μὲν εἶναι, ἥττω δὲ καὶ ἀσθενέστερον, καὶ κρείττω μὲν εἶναι, μοχθηρότερον δέ· ἢ ὁ αὐτὸς ὅρος ἐστὶν τοῦ βελτίονος καὶ τοῦ κρείττονος; τοῦτό μοι αὐτὸ σαφῶς διόρισον, ταὐτὸν ἢ ἕτερόν ἐστιν τὸ κρεῖττον καὶ τὸ βέλτιον καὶ τὸ ἰσχυρότερον; ΚΑΛ. ἀλλʼ ἐγώ σοι σαφῶς λέγω, ὅτι ταὐτόν ἐστιν. ΣΩ. οὐκοῦν οἱ πολλοὶ τοῦ ἑνὸς κρείττους εἰσὶν κατὰ φύσιν; οἳ δὴ καὶ τοὺς νόμους τίθενται ἐπὶ τῷ ἑνί, ὥσπερ καὶ σὺ ἄρτι ἔλεγες. ΚΑΛ. πῶς γὰρ οὔ; ΣΩ. τὰ τῶν πολλῶν ἄρα νόμιμα τὰ τῶν κρειττόνων ἐστίν. ΚΑΛ. πάνυ γε. ΣΩ. οὐκοῦν τὰ τῶν βελτιόνων; οἱ γὰρ κρείττους βελτίους πολὺ κατὰ τὸν σὸν λόγον. ΚΑΛ. ναί. ΣΩ. οὐκοῦν τὰ τούτων νόμιμα κατὰ φύσιν καλά, κρειττόνων γε ὄντων; ΚΑΛ. φημί.
ソクラテス:しかし、カリクレスよ、すべてのうちで最も見事な検討は、君がまさに私を非難したこれらの事柄、すなわち、人はどのような者であるべきか、何を営むべきか、そしてどこまでそれをすべきか、年長者であっても若者であっても、ということに関するものだ。というのも、もし私が自分の人生において何か正しくない行いをしているとしても、私が自ら進んで誤ちを犯しているのではなく、私の無知のせいなのだとよく知ってほしい。だから君は、私を戒め始めたときのように、身を引くことなく、私が営むべきこのことが何であるのか、そしてどのようにしてそれを手に入れることができるのかを、私に十分に示してほしい。そして、もし今私が君に同意したにもかかわらず、後の時間になって同意した通りのことを行っていないのを君が見つけたなら、私のことをまったくの愚か者だと思い、以後は二度と、何の価値もない者として私を戒めないでほしい。だが、最初から私に繰り返してくれ。君とピンダロスは、自然に従った正義とはどのようなものであると言っているのか。優れた者が劣った者たちのものを力ずくで奪い去り、より良き者がより悪き者を支配し、より優れた者がより卑俗な者よりも多くを持つことか。それとも、正義とは何か別のことだと言っているのか、それとも私は正しく覚えているだろうか。 カリクレス:いや、私はあのときもそう言っていたし、今もそう言っている。 ソクラテス:では、君はより良き者とより優れた者を同じものと呼んでいるのか。実際、あのときも私は、君が一体何を言っているのか理解することができなかったのだ。君はより強い人々をより優れた者と呼んでおり、より弱い人々はより強い者に従わなければならないと言っているのだろうか。ちょうどあのときも、君が示唆していたように思われるのだが、大きなポリスが小さなポリスを攻めるのは自然の正義によるものであり、それは大きなポリスがより優れており、より強いからだとして、優れたこと、より強いこと、そしてより良きことが同じことであるとするように。それとも、より良くはあるが、より劣っており、より弱くあるということはあり得るのか、あるいは、より優れてはあるが、より邪悪であるということはあり得るのだろうか。それとも、より良き者とより優れた者の定義は同じなのだろうか。この点を私に明確に区別してくれ。優れたこと、より良きこと、そしてより強いこととは、同じことなのか、それとも異なることなのか。 カリクレス:いや、私は君に明確に言うが、同じことだ。 ソクラテス:では、多数の者は、自然において一人の者よりも優れているのではないか。彼らこそが、まさに君がさっき言っていたように、一人の者に対して法律を制定するのだから。 カリクレス:当然ではないか。 ソクラテス:したがって、多数の者の定める規定は、優れた者たちの規定であるということになる。 カリクレス:その通りだ。 ソクラテス:では、それらはより良き者たちの規定でもあるのではないか。なぜなら、君の議論によれば、より優れた者ははるかにより良き者なのだから。 カリクレス:そうだ。 ソクラテス:では、この人たちの規定は自然において美しいのではないか、彼らは優れた者たちなのだから。 カリクレス:そう言おう。
- 488ὧν
関係代名詞の格吸引。先行詞 τούτων(属格)に影響されて、本来は動詞 ἐπετίμησας の直接目的語として対格 ἅ となるべきところが属格 ὧν になっている。
- 488aμέχρι τοῦ
τοῦ は疑問代名詞 τίς, τί の属格形である τοῦ(=τίνος)で、前置詞 μέχρι(〜まで)に支配されている。「どの程度まで」「どこまで」を意味する。
- 488aλάβῃς ... ὁμολογήσαντα
動詞 λαμβάνω(見つける、捕らえる)が、目的語(ここでは対格の人称代名詞 me)と分詞 ὁμολογήσαντα(同意した)を伴い、「〜が〜しているところを見つける(現行犯で押さえる)」という分詞補語構文を形成している。
- 488cὡς ... ταὐτὸν ὄν
接続詞 ὡς(〜であるかのように)に導かれた分詞 ὄν が、主格または対格の名詞句(τὸ κρεῖττον...)と一致し、直前の節を補足する主観的な判断(「〜が同一のものであるとして」)を表している。
