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エウテュデモス

§285

ソクラテスの仲裁と反論の不可能性の主張

ソクラテスがクテシッポスとソフィストたちの間の険悪な雰囲気を和らげるために介入し、自分を若者の代わりに実験台として捧げる。その後、ディオニュソドロスが「反論することは不可能である」というソフィスト的議論を提起する。

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§285

ΣΩ. μὰ Δίʼ οὐκ ἔγωγε, ἦ δʼ ὅς,1 ὦ Διονυσόδωρε, ἐπεὶ φιλῶ σε, ἀλλὰ νουθετῶ σε ὡς ἑταῖρον, καὶ πειρῶμαι πείθειν μηδέποτε ἐναντίον ἐμοῦ οὕτως ἀγροίκως λέγειν ὅτι ἐγὼ τούτους βούλομαι ἐξολωλέναι, οὓς περὶ πλείστου ποιοῦμαι. ἐγὼ οὖν, ἐπειδή μοι ἐδόκουν ἀγριωτέρως πρὸς ἀλλήλους ἔχειν, προσέπαιζόν τε τὸν Κτήσιππον καὶ εἶπον ὅτι ὦ Κτήσιππε, ἐμοὶ μὲν δοκεῖ χρῆναι ἡμᾶς παρὰ τῶν ξένων δέχεσθαι ἃ λέγουσιν, ἐὰν ἐθέλωσι διδόναι, καὶ μὴ ὀνόματι διαφέρεσθαι. εἰ γὰρ ἐπίστανται οὕτως ἐξολλύναι ἀνθρώπους, ὥστʼ ἐκ πονηρῶν τε καὶ ἀφρόνων χρηστούς τε καὶ ἔμφρονας ποιεῖν, καὶ τοῦτο εἴτε αὐτὼ ηὑρήκατον εἴτε καὶ παρʼ ἄλλου του ἐμαθέτην φθόρον τινὰ καὶ ὄλεθρον τοιοῦτον, ὥστε ἀπολέσαντες πονηρὸν ὄντα χρηστὸν πάλιν ἀποφῆναι· εἰ τοῦτο ἐπίστασθον—δῆλον δὲ ὅτι ἐπίστασθον· ἐφάτην γοῦν τὴν τέχνην σφῶν εἶναι τὴν νεωστὶ ηὑρημένην ἀγαθοὺς ποιεῖν τοὺς ἀνθρώπους ἐκ πονηρῶν—συγχωρήσωμεν οὖν αὐτοῖν αὐτό· ἀπολεσάντων ἡμῖν τὸ μειράκιον2 καὶ φρόνιμον ποιησάντων, καὶ ἅπαντάς γε ἡμᾶς τοὺς ἄλλους. εἰ δὲ ὑμεῖς οἱ νέοι φοβεῖσθε, ὥσπερ ἐν Καρὶ3 ἐν ἐμοὶ ἔστω ὁ κίνδυνος· ὡς ἐγώ, ἐπειδὴ καὶ πρεσβύτης εἰμί, παρακινδυνεύειν ἕτοιμος καὶ παραδίδωμι ἐμαυτὸν Διονυσοδώρῳ τούτῳ ὥσπερ τῇ Μηδείᾳ τῇ Κόλχῳ. ἀπολλύτω με, καὶ εἰ μὲν βούλεται, ἑψέτω, εἰ δʼ, ὅτι βούλεται, τοῦτο ποιείτω· μόνον χρηστὸν ἀποφηνάτω. καὶ ὁ Κτήσιππος, ἐγὼ μέν, ἔφη, καὶ αὐτός, ὦ Σώκρατες, ἕτοιμός εἰμι παρέχειν ἐμαυτὸν τοῖς ξένοις, καὶ ἐὰν βούλωνται δέρειν ἔτι μᾶλλον ἢ νῦν δέρουσιν, εἴ μοι ἡ δορὰ μὴ εἰς ἀσκὸν τελευτήσει, ὥσπερ ἡ τοῦ Μαρσύου, ἀλλʼ εἰς ἀρετήν. καίτοι με οἴεται Διονυσόδωρος οὑτοσὶ χαλεπαίνειν αὐτῷ· ἐγὼ δὲ οὐ χαλεπαίνω, ἀλλʼ ἀντιλέγω πρὸς ταῦτα ἅ μοι δοκεῖ πρός με μὴ καλῶς λέγειν. ἀλλὰ σὺ τὸ ἀντιλέγειν, ἔφη, ὦ γενναῖε Διονυσόδωρε, μὴ κάλει λοιδορεῖσθαι· ἕτερον γάρ τί ἐστι τὸ λοιδορεῖσθαι. καὶ Διονυσόδωρος, ὡς ὄντος, ἔφη, τοῦ ἀντιλέγειν,4 ὦ Κτήσιππε, ποιῇ τοὺς λόγους; πάντως δήπου, ἔφη, καὶ σφόδρα γε· ἢ σύ, ὦ Διονυσόδωρε, οὐκ οἴει εἶναι ἀντιλέγειν; οὔκουν σύ γʼ ἄν, ἔφη, ἀποδείξαις πώποτε ἀκούσας οὐδενὸς ἀντιλέγοντος ἑτέρου ἑτέρῳ. ἀληθῆ λέγεις; ἔφη· ἀλλὰ ἀκούων μὲν νυνί σοι ἀποδείκνυμι ἀντιλέγοντος Κτησίππου Διονυσοδώρῳ. ἦ καὶ ὑπόσχοις ἂν τούτου λόγον; πάνυ, ἔφη.

ソクラテス:「『誓って私は(悪口を言ってなど)いません、ディオニュソドロスよ』と彼(クテシッポス)は言った。『私は君を好ましく思っているからこそ、友人として忠告しているのであり、私の前で、私が最も重んじている彼らが滅びてしまえばよいと私が望んでいるなどと、そのように不作法に言うのを二度としないよう、君を説得しようとしているのだ。』 そこで私は、彼らが互いに対して少々荒々しくなっているように思われたので、クテシッポスをからかい、こう言った。「クテシッポスよ、私としては、異邦の客たちが語ることを、もし彼らが与えてくれるなら、受け入れるべきであり、言葉をめぐって争うべきではないと思う。というのも、もし彼らが人間をこのように滅ぼす方法を知っていて、悪く無分別な状態から、善良で思慮深い状態にすることができるなら、そして彼ら自身がこれを発見したか、あるいは誰か他の者から学んだ、このようなある種の破滅や滅亡であり、それによって悪人である者を滅ぼして、再び善良な人間として示すことができるなら――もし彼らがこれを知っているなら(彼らが知っているのは明らかだ、何しろ彼らは、自分たちの最近発見した技術は、悪人から人間を善良にすることだと言っていたのだから)――だから彼らのこのことを認めようではないか。私たちのためにこの若者を滅ぼして思慮深いものにしてもらい、また私たち他の全員をもそうしてもらうことにしよう。もし君たち若者が恐れるなら、カル人の身のように、危険は私の身において引き受けよう。私自身、老人であるからには、危険を冒す覚悟はできており、このディオニュソドロスに身を委ねる、まるでコルキスのメデイアに委ねるようにね。彼が私を滅ぼすなり、望むなら煮るなり、望むことをするなりすればよい。ただ、善良な人間にして示してくれさえすれば。」 するとクテシッポスは言った。「ソクラテスよ、私自身もまた、この異邦の客たちに身を委ねる用意があります。そして、もし彼らが望むなら、今よりもさらにひどく私の皮を剥いでも構いません、もし私の皮が、マルシュアスの皮のように革袋として終わるのではなく、徳へと至るのであれば。しかし、こちらのディオニュソドロスは、私が彼に対して怒っていると思っています。私は怒っているのではなく、私に対して美しくなく語っていると思われることに対して反論しているだけです。しかし、高貴なるディオニュソドロスよ、君は反論することを悪口と呼ぶな。悪口を言うことと反論することは別物なのだから。」 するとディオニュソドロスは言った。「クテシッポスよ、君は反論することが存在するものとして、そのように言葉を語っているのかね?」 「無論そうですとも、大いにね」と彼(クテシッポス)は言った。「それとも、ディオニュソドロスよ、君は反論することが存在しないと思っているのかね?」 「それなら君は、誰かが他の誰かに反論しているのをかつて聞いたことがあると証明することは、決してできないだろう」と彼(ディオニュソドロス)は言った。 「本当かね?」と彼(クテシッポス)は言った。「しかし、今まさに聞いているとおり、クテシッポスがディオニュソドロスに反論していることを、私は君に証明してみせよう。」 「君は本当にこのことについて論証を引き受けることができるかね?」 「もちろんできますとも」と彼は言った。」

構文注4 件
  1. 285μὰ Δίʼ οὐκ ἔγωγε, ἦ δʼ ὅς

    ἦ δʼ ὅς(と彼は言った)の主語はクテシッポス。直前のディオニュソドロスによる非難(λοιδορῇ、「君は悪態をついている」)に対して、クテシッポスが「誓って私は(悪態などついて)いません」と否定している。語り手であるソクラテスが、このやり取りを再現して報告している。

  2. 285bἀπολεσάντων ἡμῖν τὸ μειράκιον

    ἀπολεσάντων は三人称複数のアオリスト命令法能動態(-ντων 語尾。ἀπολεσάτωσαν と同義)。主語は「客たち(エウテュデモスとディオニュソドロス)」。ἡμῖν は利害関係の与格(「私たちのために」、「私たちのために〜してくれるように」)。

  3. 285cὥσπερ ἐν Καρὶ

    「カル人においてのように(実験台として)」というギリシアの諺に基づく表現。危険な実験やリスクの高い試みを、地位の低い奴隷や傭兵(カル人)を身代わりにして行うことを指す。ソクラテスが自分自身を「年老いて価値の低い実験台」として差し出すというユーモアを表現している。

  4. 285dὡς ὄντος... τοῦ ἀντιλέγειν

    ὡς を伴う属格独立構文(genitive absolute)。ὡς は話者(ここではディオニュソドロス)の主観的な前提や信念を表し、「反論すること(ἀντιλέγειν)が実在する(ὄντος)という前提・思い込みのもとで」という意味を形成する。

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-09-21)
  • 2026-09-21 AI校閲 — 訳文 1 件
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