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ソクラテスの弁明

§20

教育者としての知恵の否定と人間的な知恵

ソクラテスはカリアスとの対話を引き合いに出し、ソフィストたちの高額な教育費に対して自分にはそのような知識がないことを述べる。そして、世間の疑問に答える形で、自分に偏見をもたらした「人間的な知恵」について語り始め、神託の証人としてデルポイの神を挙げる。

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§20

τούτων γὰρ ἕκαστος, ὦ ἄνδρες, οἷός τʼ ἐστὶν ἰὼν εἰς ἑκάστην τῶν πόλεων τοὺς νέους—οἷς ἔξεστι τῶν ἑαυτῶν πολιτῶν προῖκα συνεῖναι ᾧ ἂν βούλωνται—τούτους πείθουσι1 τὰς ἐκείνων συνουσίας ἀπολιπόντας σφίσιν συνεῖναι χρήματα διδόντας καὶ χάριν προσειδέναι. ἐπεὶ καὶ ἄλλος ἀνήρ ἐστι Πάριος ἐνθάδε σοφὸς ὃν ἐγὼ ᾐσθόμην ἐπιδημοῦντα· ἔτυχον γὰρ προσελθὼν ἀνδρὶ ὃς τετέλεκε χρήματα σοφισταῖς πλείω ἢ σύμπαντες οἱ ἄλλοι, Καλλίᾳ τῷ Ἱππονίκου· τοῦτον οὖν ἀνηρόμην—ἐστὸν γὰρ αὐτῷ δύο ὑεῖ— ὦ Καλλία, ἦν δʼ ἐγώ, εἰ μέν σου τὼ ὑεῖ πώλω ἢ μόσχω ἐγενέσθην,2 εἴχομεν ἂν αὐτοῖν ἐπιστάτην λαβεῖν καὶ μισθώσασθαι ὃς ἔμελλεν αὐτὼ καλώ τε κἀγαθὼ ποιήσειν τὴν προσήκουσαν ἀρετήν, ἦν δʼ ἂν οὗτος ἢ τῶν ἱππικῶν τις ἢ τῶν γεωργικῶν· νῦν δʼ ἐπειδὴ ἀνθρώπω ἐστόν, τίνα αὐτοῖν ἐν νῷ ἔχεις ἐπιστάτην λαβεῖν; τίς τῆς τοιαύτης ἀρετῆς, τῆς ἀνθρωπίνης τε καὶ πολιτικῆς, ἐπιστήμων ἐστίν; οἶμαι γάρ σε ἐσκέφθαι διὰ τὴν τῶν ὑέων κτῆσιν. ἔστιν τις, ἔφην ἐγώ, ἢ οὔ; πάνυ γε, ἦ δʼ ὅς. τίς, ἦν δʼ ἐγώ, καὶ ποδαπός, καὶ πόσου διδάσκει; Εὔηνος, ἔφη, ὦ Σώκρατες, Πάριος, πέντε μνῶν. καὶ ἐγὼ τὸν Εὔηνον ἐμακάρισα εἰ ὡς ἀληθῶς ἔχοι ταύτην τὴν τέχνην καὶ οὕτως ἐμμελῶς3 διδάσκει. ἐγὼ γοῦν καὶ αὐτὸς ἐκαλλυνόμην τε καὶ ἡβρυνόμην ἂν εἰ ἠπιστάμην ταῦτα· ἀλλʼ οὐ γὰρ ἐπίσταμαι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι.ὑπολάβοι ἂν οὖν τις ὑμῶν ἴσως· ἀλλʼ, ὦ Σώκρατες, τὸ σὸν τί ἐστι πρᾶγμα; πόθεν αἱ διαβολαί σοι αὗται γεγόνασιν; οὐ γὰρ δήπου σοῦ γε οὐδὲν τῶν ἄλλων περιττότερον πραγματευομένου4 ἔπειτα τοσαύτη φήμη τε καὶ λόγος γέγονεν, εἰ μή τι ἔπραττες ἀλλοῖον ἢ οἱ πολλοί. λέγε οὖν ἡμῖν τί ἐστιν, ἵνα μὴ ἡμεῖς περὶ σοῦ αὐτοσχεδιάζωμεν. ταυτί μοι δοκεῖ δίκαια λέγειν ὁ λέγων, κἀγὼ ὑμῖν πειράσομαι ἀποδεῖξαι τί ποτʼ ἐστὶν τοῦτο ὃ ἐμοὶ πεποίηκεν τό τε ὄνομα καὶ τὴν διαβολήν. ἀκούετε δή. καὶ ἴσως μὲν δόξω τισὶν ὑμῶν παίζειν· εὖ μέντοι ἴστε, πᾶσαν ὑμῖν τὴν ἀλήθειαν ἐρῶ. ἐγὼ γάρ, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, διʼ οὐδὲν ἀλλʼ ἢ διὰ σοφίαν τινὰ τοῦτο τὸ ὄνομα ἔσχηκα. ποίαν δὴ σοφίαν ταύτην; ἥπερ ἐστὶν ἴσως ἀνθρωπίνη σοφία· τῷ ὄντι γὰρ κινδυνεύω ταύτην εἶναι σοφός. οὗτοι δὲ τάχʼ ἄν, οὓς ἄρτι ἔλεγον, μείζω τινὰ ἢ κατʼ ἄνθρωπον σοφίαν σοφοὶ εἶεν, ἢ οὐκ ἔχω τί λέγω· οὐ γὰρ δὴ ἔγωγε αὐτὴν ἐπίσταμαι, ἀλλʼ ὅστις φησὶ ψεύδεταί τε καὶ ἐπὶ διαβολῇ τῇ ἐμῇ λέγει. καί μοι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, μὴ θορυβήσητε, μηδʼ ἐὰν δόξω τι ὑμῖν μέγα λέγειν· οὐ γὰρ ἐμὸν ἐρῶ τὸν λόγον ὃν ἂν λέγω, ἀλλʼ εἰς ἀξιόχρεων ὑμῖν τὸν λέγοντα ἀνοίσω. τῆς γὰρ ἐμῆς, εἰ δή τίς ἐστιν σοφία καὶ οἵα, μάρτυρα ὑμῖν παρέξομαι τὸν θεὸν τὸν ἐν Δελφοῖς. Χαιρεφῶντα γὰρ ἴστε που.

なぜなら、諸君、彼らのうちの誰もが、どの都市へも行って、若者たち――彼らには自国の市民たちの誰であれ望む者とただで一緒にいることができるのだが――彼らを説得して、彼らとの交わりを捨てて自分たちと交わり、金を支払い、その上さらに感謝までさせるようにしているからです。もっとも、現にここには、パロス島出身の別の知恵ある男が滞在しているのを、私は知りました。というのも、ソフィストたちに他のすべての人を合わせたよりも多くの金を支払った男、ヒッポニコスに生まれたカリアスに、私がたまたま会ったからです。そこで私は彼に尋ねました。彼には二人の息子がいるからです。 「カリアスよ」と私は言いました。 「もしお前の二人の息子が仔馬か仔牛であったなら、私たちは、彼らにふさわしい徳において彼らを美しく、また善くしてくれるような、監督者を見つけて雇うことができたでしょう。そしてその監督者とは、馬術家か農夫の誰かであったでしょう。しかし今、彼らは人間なのですから、お前は彼らのために誰を監督者として迎えるつもりですか。このような徳、すなわち人間としての、そして市民としての徳に通じているのは誰ですか。お前は息子たちを持っているのだから、このことを考え抜いていると思うのですが。誰かいるのですか」と私は言いました。 「それともいないのですか」「もちろん、いますとも」と彼は答えました。 「誰ですか」と私は言いました。 「どこの出身で、いくらで教えているのですか」「エウエノスです、ソクラテス」と彼は言いました。 「パロス島出身で、五ミナで教えています」そして私は、もしエウエノスが本当にこのような技術を持っており、このように手頃な授業料で教えているのであれば、なんと幸いなことだろうと思いました。私自身も、もしこれを心得ていたなら、誇らしく思い、気取ってもいたことでしょう。しかし、アテナイの市民の皆さん、実は私はそれを心得ていないのです。そこで、皆さんの中からおそらく誰かが次のように口を挟むかもしれません。 「しかし、ソクラテスよ、お前の仕事とは何なのだ。お前に対するこれらの偏見はどこから生じたのだ。お前が他の人々と少しも変わらない平凡なことを行っていたとすれば、これほど大きな噂や評判が立つはずがないではないか。お前が世間の人々とは違う何か別のことを行っていたのでなければな。だから、お前の仕事が何であるかを我々に言ってくれ。我々がお前について憶測で判断しないように」このように言う人の言い分はもっともだと私には思われます。そこで、私にその評判と偏見をもたらしたものが一体何であるかを、皆さんに示してみせましょう。さあ、お聞きください。おそらく、皆さんの中には、私がふざけていると思う人もいるでしょうが、よく知っておいてください、私は皆さんに真実をすべて語るのです。というのも、アテナイの市民の皆さん、私はある種の知恵以外の何によってでもなく、この評判を得たからです。では、それはどのような知恵でしょうか。それはおそらく、人間的な知恵です。実際、私はこの知恵において本当に知者である可能性があるからです。しかし、先ほど私が述べた人々は、人間を超えた何か大いなる知恵において知者であるのかもしれません。そうでなければ、私には何と言ってよいか分かりません。というのも、私はそのような知恵をまったく心得ておらず、それを心得ていると主張する者がいれば、その者は嘘をついており、私をおとしめるために言っているからです。そして、アテナイの市民の皆さん、たとえ私が何か大それたことを言っているように思われても、どうか騒ぎ立てないでください。私はこれから語る言葉を、自分自身の言葉として語るのではなく、皆さんにとって信頼するに足る語り手にその責任を帰するつもりだからです。私の知恵について、それが本当に存在するのか、またどのようなものであるのかについては、デルポイの神を皆さんのための証人として立てましょう。というのも、皆さんもおそらくカイレポンをご存じでしょう。

構文注4 件
  1. 20τούτων γὰρ ἕκαστος, ὦ ἄνδρες, οἷός τʼ ἐστὶν... τούτους πείθουσι

    文頭の主語である単数名詞句 τούτων γὰρ ἕκαστος(彼らの各々)が、長い関係節や挿入句を挟んだ後、複数動詞 πείθουσι(説得する)と結びついている。これは「アナコルトン」(文法の破格)の典型例であり、各都市に赴く個々のソフィストたちの能力に言及しつつも、文脈の後半ではソフィストたち全体(複数)の行動として構文が流れている。

  2. 20aτὼ ὑεῖ πώλω ἢ μόσχω ἐγενέσθην

    アッティカ方言の特徴である双数形(dual number)が連続して用いられている構文。名詞 τὼ ὑεῖ(二人の息子)、πώλω(二頭の仔馬)、μόσχω(二頭の仔牛)、動詞 ἐγενέσθην(〜であった、三人称双数不定過去形)、さらに後続の指示代名詞 αὐτοῖν や αὐτώ もすべて「二つ」を厳密に指示する双数形に統一されており、カリアスの二人の息子の比喩であることを強調している。

  3. 20cἐμμελῶς

    副詞 ἐμμελῶς(適切に、調和して)の解釈。ここでは、人間の卓越性(徳)を教えるという重大な役務に対して、エウエノスの授業料「5ミナ」が非常に安価(適正)であることを皮肉交じりに評して「安価に、お手頃に」と取るか、あるいは彼の教育能力が「調和して、見事に」教えられていることを意味するかで解釈が分かれる。続くソクラテスの自虐的態度から、前者の「適当な低価格で」という反語的・皮肉的な意味合いとして取るのが一般的である。

  4. 20cσοῦ γε οὐδὲν τῶν ἄλλων περιττότερον πραγματευομένου

    属格独立構文(genitive absolute)。代名詞の属格 σοῦ が論理的主語、現在分詞の属格 πραγματευομένου が述語であり、その目的語が οὐδὲν τῶν ἄλλων περιττότερον(他の人々よりもいささかも過剰でないこと)である。接続詞 εἰ μή... 節を従える主節に対して、「もしお前が何ら変わったことをしていない(と仮定する)ならば、これほどの大騒ぎが起きたはずがない」という論理的な譲歩や前提の背景状況を示している。

翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg002.humanitext-grc2:20