底本
Appianus. Appiani Historia romana, Volume 1. Mendelssohn, Ludwig, editor. Leipzig: Teubner, 1879.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0551.tlg004.perseus-grc2
Humanitext がクローン・再構成し、継続的に更新しています。
翻訳と校閲
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)
AI校閲 2026-09-22:検出 Gemini 3.8 Flash/判定 Gemini 3.8 Flash・GPT-6 Astra — 日本語訳 1 件・原文 5 件を修正
反映した修正(日本語訳と原文):AI校閲 6 件
最終更新:2026-10-10・変更履歴の一覧
要旨
本作は、ローマがイタリア半島の覇権を確立する過程で生じた、サムニウム人や周辺諸民族、そしてエペイロス王ピュロスとの激しい戦争を活写した歴史叙述である。物語はローマ軍内部の反乱や兵士の和解、名将トルクアトゥスの親孝行な逸話から幕を開ける。続くサムニウム戦争の局面では、カウディウムの峡谷で包囲されたローマ軍が、敵将ポンティウスによって「軛の下をくぐらせる」という屈辱的な降伏を強いられ、ローマ全体が深い失意に沈む様子が描かれる。やがて舞台は南イタリアへと移り、ローマの使節への無礼を契機にタレントゥムとの対立が勃発し、彼らは強力な傭兵王ピュロスを呼び寄せる。ピュロスは軍指的勝利を収めてローマに和平を迫るものの、元老院は断固としてこれを拒否し、戦争は継続する。最終的に、ピュロスはシケリアへの遠征に失敗したのち神殿の略奪による神罰を受け、悲惨な最期を遂げることで、初期ローマの苦難に満ちた勝利の歴史が締めくくられる。
目次
7 チャンク
引用方式:fragment
- §I-III
兵士の反乱とマンリウス・トルクアトゥス
カプアに駐屯するローマ兵の反乱とその借金帳消しによる和解、および父親を救うため護民官を脅迫したマッリウス・トルクアトゥスの親孝行な逸話と彼の一騎打ちの始まりを描く。
- §IV#1
カウディウムの峡谷の戦いと軛の下の屈辱
サムニウム人は、和平交渉の決裂を経てカウディウムの峡谷でローマ軍を包囲して降伏させる。将軍ポンティウスは、老父の極端な二者択一の助言を退け、武具の剥奪と「軛の下の行進」による屈辱を与える一方で、無傷で解放する中庸の道を選択する。
- §IV#2
ポンティウスの講和条件とローマの服喪
ポンティウスは降伏したローマ軍に対し、屈辱的な「軛の下をくぐらせる」方式での解放を提示し、誓約を結ばせて実行する。この悲報が伝わったローマの街は、深い喪失感と恥辱の嘆きに包まれる。
- §V-VII
セノネス族への報復とタレントゥムによるピュロス招請
§V〜§VIIにて、デンタトゥスの人気と威勢、ローマ使節を殺害したセノネス族へのコルネリウスによる壊滅的な報復、そしてローマ使節に対する不法な侮辱から始まったタレントゥムとの対立と、窮地に陥った彼らによるピュロスの招請が記述される。
- §VIII-IX
ピュロスのタレントゥム統制とレギウム守備隊の反乱
エペイロス王ピュロスはタレントゥムで厳格な軍事統制を敷き、市民の反発を招いた。一方、レギウムに駐屯していたローマ守備隊は住民を虐殺して街を占拠したが、後に失明した指揮官デキウスは自殺し、反乱軍はローマによって厳罰に処された。
- §X
シネアスの講和使節とローマ元老院の拒絶
ピュロスはローマ人に勝利した後、シネアスをローマに派遣して和平を打診するが、盲目のアッピウス・クラウディウスの叱咤により元老院は提案を拒絶し、ローマの使節ファブリキウスもピュロスの誘惑を断って戦争継続への意志を示す。
- §XI-XII
ピュロスのシケリア遠征と神殿略奪の報い
ピュロスは国内の騒乱とシケリアへの関心から、医師の陰謀の件を口実にシネアスをローマへ派遣して和議を求める。しかし贈り物を拒まれ撤退を要求されたためシケリアへ渡るが、カルタゴ人に敗れてイタリアに戻る道中、神殿を略奪して神罰を受け、悲惨な最後をたどる。
