底本
Aristotle. Aristoteles De anima. Ross, W.D., editor. Oxford: E Typographeo Clarendoniano, 1956.
原文データ出典
Open Greek and Latin · CC BY-SA 4.0
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要旨
アリストテレスによる『魂について』は、生命の根本原理である「魂(プシュケー)」の本質とその属性を体系的に探究した、自然学および哲学の著作である。本書は全3巻からなり、第1巻では、魂を運動や感覚、非物体性とみなした先行する哲学者たちの諸説を批判的に検証し、独自の探求の基礎を築く。第2巻において、著者は魂を「可能的に生命を持つ自然的身体の第一の現実態(エンテレケイア)」と定義し、栄養摂取、感覚、思考といった生命活動の階層的な能力を明らかにする。特に視覚や聴覚、触覚といった五感のメカニズムを、媒体や器官の働きを通じて詳細に分析する。第3巻では、身体から分離可能とされる「知性(ヌース)」の働きや能動・受動の区別を論じ、さらに動物の場所的運動を引き起こす欲求の役割を解明する。最終的に、生存に必須の触覚と、より良く生きるための遠隔感覚を対比し、生命体における魂の有機的な秩序を示して議論を締めくくる。
目次
43 チャンク
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- §1.1#1
魂の探究の重要性と方法論的課題
アリストテレスは、魂に関する探究の重要性と、その本質や属性を明らかにするために解決すべき方法論的課題や様々な疑問点(魂の範疇、部分、探究の順序など)を整理している。
- §1.1#2
魂の状態と肉体との分離不可能性および自然学の対象
アリストテレスは魂の状態(感情や受動)が肉体と切り離せないものであることを論じ、それが「物質に内在する定義(形相)」であるため、魂の探求が自然学者の領域に属することを示します。また、自然学者、問答法家、数学者、第一哲学者の扱う対象の定義の仕方の違いを比較します。
- §1.2#1
運動と感覚をめぐる先人たちの魂の定義
本章では、魂についての探究を始めるにあたり、先人たちの説を検討することの重要性を述べ、魂の特徴とされる「運動」と「感覚」に言及する。デモクリトス、ピュタゴラス派、アナクサゴラス、エンペドクレス、プラトンなどの哲学者が、魂を運動の原因や認識の原理としてどのように定義したかを紹介する。
- §1.2#2
諸原理による魂の規定と運動・感覚・非物体性
魂の定義をめぐる先人たちの見解、特に運動と認識を結合して「自己を動かす数」とした説や、火・空気・水・血液などの諸原理に基づく様々な学説を整理し、魂が運動、感覚、非物体性という三つの要素によって規定されていく過程を論じる。
- §1.3#1
魂の自己運動説の検討とデモクリトス批判
アリストテレスは魂が本性的に運動するかどうかを検証し、運動が魂に本質的に属するという説に潜む困難を、空間や強制・静止などの概念を伴って指摘する。さらに、デモクリトスのように魂が身体を物理的に引きずって運動させるとする説を論駁し、魂による動物の運動は選択や思索に基づくものであると主張する。
- §1.3#2
ティマイオスの魂の円運動説への批判
プラトンの『ティマイオス』に見られる、魂を空間的大きさとみなし宇宙の円運動と同調させる説を批判し、思考の静的な本質や、魂と身体の固有な結合関係の必要性を論じる。
- §1.4#1
魂の調和説への批判と魂の運動の否定
魂を身体の相反する要素の「調和(ハルモニア)」あるいは「混合の比率」とみなす説(ハルモニア説)を批判的に検証して論駁し、さらに、魂自身が能動的に動くのではなく、人間が魂を通じて様々な運動や情動の状態を経験するのだという見解を提示する。
- §1.4#2
知性の不滅性と自己を動かす数説への批判
アリストテレスは知性が消滅しない実体であり、感覚器官の衰えは魂自体の変化ではないことを論じる。さらに、魂を「自己を動かす数」とする説(クセノクラテスなど)に対して、数や単位(モナド)の運動に関わる幾何学的・物理的な様々な矛盾を指摘して批判する。
- §1.5#1
魂を数とする説および元素構成説への批判
魂を「自己自身を動かす数」とする説の不条理を批判し、魂が元素から構成されて外界を認識するという学説が持つ矛盾、特に元素の組み合わせ比率や存在の諸カテゴリーを魂が認識しえないというアポリアを指摘する。
- §1.5#2
元素説の難点と宇宙に満ちる魂への反論
魂が元素から構成されるという説、および自己運動や認識に基づく定義が不十分であることを指摘し、オルフェウス説や魂が宇宙全体に満ちているという説(タレスの説)にも困難があることを論じる。
- §1.5#3
元素中の魂説への批判と魂の可分性の難点
空気などの元素の中に魂があるとする説の困難を指摘し、さらに魂が複数の部分に分割可能であるとする説の難点(何が魂を統一しているのか、部分の機能は何か)について論じる。
- §2.1
第一の現実態としての魂の定義
アリストテレスは魂を「可能的に生命を持つ自然的かつ器官を持つ物体の第一の現実態」として定義し、蝋と形、斧、眼と視覚などの具体例を用いて魂と身体の緊密な一体性を説明する。また、魂が身体の部分の現実態であることから基本的には分離不可能であるとしつつも、船に対する船頭のような関係性である可能性を留保する。
- §2.2#1
原因を含む定義と生命の諸能力の分離可能性
アリストテレスは定義が事実だけでなく原因を示すべきだと論じた上で、有魂と無魂を区別する「生きること」の多様な能力(栄養摂取、感覚、移動、思考)を指摘し、植物や昆虫の分割を例に、これらの能力の分離可能性を検討する。
- §2.2#2
知性の分離可能性と身体の形相としての魂
知性(観照的能力)が他の魂の部分とは異なり唯一切り離しうる可能性を持つことを論じ、また他の部分は定義上は異なるが場所的には切り離せないことを示す。さらに、知識や健康の比喩を用いて、魂は身体の質料に対する「形相」であり「現実態(エンテレケイア)」であることを定義する。
- §2.3
魂の諸能力の順序と個別の固有定義の必要性
アリストテレスは魂の五つの諸能力を列挙し、それらが生物の階層において、先行するものが後続するものに可能的に含まれるという順次的な関係にあることを説明する。したがって、魂を共通の定義だけで論じるのではなく、個々の生命体(植物、人間、野生動物など)の固有の魂を個別に探究すべきであると主張する。
- §2.4#1
栄養摂取能力と生命体の原因としての魂
アリストテレスは魂の諸能力を探求する順序として、その活動と対象の定義を先行させるべきだと主張し、最初に最も共通な「栄養摂取と発生」の能力を説明する。さらに魂が生命体の原因(形相因・目的因・始動因)であることを規定し、火や物質的要因に拠る初期自然哲学者たちの説明を批判して、生命の比率と成長の限界を決定する魂の優位性を確立する。
- §2.4#2
食物の定義と栄養摂取の働きおよび三要素
アリストテレスは魂の栄養摂取能力を明らかにするために、食物の定義を検討し、それが「反対のもの」か「似たもの」かという従来の難問に対し、未消化と消化済みの二つの状態から調停する。また、食物が有魂のものの本質を保存し成長を促すものであることを説明し、栄養摂取に関わる三つの要素を整理する。
- §2.5#1
感覚の受動性と可能態および現実態の区別
感覚が受動や質的変化であるという前提のもと、感覚器官がなぜ自発的に感覚しないのかという疑問を提示し、これを解決するために可能態と現実態の様々な段階の区別を導入する。
- §2.5#2
受動と質的変化の二義および知識と感覚の比較
アリストテレスは可能態から現実態への移行における「受動」や「質的変化」の二つの意味を整理し、知識の観照と感覚の現実活動の違いを論じる。感覚は個別の外物を対象とするため自発的ではないが、感覚能力は感覚対象が現実活動状態にあるのと同じ状態へ可能的に変化する性質を持つ。
- §2.6
感覚対象の三分類と固有の感覚対象
感覚対象を自体的なもの(固有のものと共通のもの)と偶性的なものの3つに区分し、固有な感覚対象こそが本来の意味での感覚対象であることを示す。
- §2.7#1
視覚の対象である色と透明なものおよび光の本性
第7章の前半。視覚の対象である可視的なもの(色)と、それが見られるための媒質としての「透明なもの」およびその現実活動としての「光」の本性を論じ、エンペドクレスの光の伝播説を批判する。
- §2.7#2
直接接触における無感覚と感覚における媒介物の必要性
アリストテレスは、感覚器官に直接対象を置いても感覚が生じないことを指摘し、視覚、聴覚、嗅覚などの感覚が生じるためには感覚器官と対象の間に連続的な媒介物が必要であることを論じる。
- §2.8#1
音の発生機序と聴覚器官および反響の仕組み
音が現実態と可能態に区別され、現実態における音は固体と空気の打撃により生じること、また聴覚の構造と耳の内部にある空気の役割、さらに反響(エコー)が生じる仕組みについて論じられる。
- §2.8#2
音の特質と生物が発する声の定義と仕組み
音の伝播や高音・低音の触覚との比喩的な関係を論じた後、アリストテレスは「声」を生物(魂を宿すもの)の出す音として規定し、それが肺、喉頭、気管、および魂による表象能力を伴う空気の運動によって生じるメカニズムを解明する。
- §2.9
嗅覚の性質と人間および動物の器官の構造
アリストテレスは人間の嗅覚が他の動物に比べて鈍く、快・不快に依存していること、また嗅覚が触覚(肉の硬軟)を根拠とする人間の知能や味覚と密接な比類関係にあることを論じる。さらに、呼吸する動物と呼吸しない動物の嗅覚器官の構造的な差異と、それによる水媒介における嗅覚の有無という難問について検討している。
- §2.10
触覚としての味覚と味わいの知覚の仕組み
味覚は一種の触覚であり、その対象である味わいは液体を素材として混ざり合うことで知覚され、中間の媒体を必要としない。また、味覚の感覚器官(舌)は、潜在的に湿り気を受け入れ可能であるが、現実態においては湿っていない状態にあることが必要である。
- §2.11#1
触覚の単一性と感覚器官および媒体としての肉
触覚が単一の感覚であるか、それとも複数の感覚であるかという難問を提示し、感覚器官が「肉」そのものであるか、それとも肉は中間媒体であって真の感覚器官は内部にあるのかを考察する。
- §2.11#2
触覚の媒体としての肉と中庸による判定
アリストテレスは、すべての感覚が中間媒体を通じて生じるという仮説を提示し、触覚においても肉がその中間媒体であり、本来の感覚器官は内部にあることを論証する。また、感覚能力は感覚対象の対立の中庸(中間状態)であり、それによって対象を判定する。
- §2.12
質料なき形相の受容としての感覚の定義
感覚一般の定義として、物質(質料)なしに形相(エイドス)を受け容れることを論じ、感覚器官と感覚能力の同一性と差異、および感覚における比率(ロゴス)や中庸の重要性を植物や無生物との対比から説明する。
- §3.1
五感覚の完結性と共通感覚対象の認識
アリストテレスは五つの感覚以外に別の感覚は存在しないことを、器官を構成する元素の分析や動物の観察から証明する。また、運動や大きさなどの共通の感覚対象には固有の器官がなく、複数の感覚で共有されることでその違いが認識されると説明する。
- §3.2#1
自己知覚と感覚活動および対象活動の一致
自己知覚の仕組みについて検討し、感覚器官の現実活動と感覚対象の現実活動が、具体的な感覚活動(音と聴覚、色と視覚など)を通じて、数としては一つであるが本質(定義)においては異なっていることを論じる。
- §3.2#2
比例関係としての感覚と判別中枢の統一性
感覚が一種の比例関係であり、過度な刺激によって損なわれることを示す。さらに、異なる感覚対象を比較・判定する感覚能力の原理は、数や場所においては単一であるが、そのあり方においては複数であることを「点」の比喩を用いて論じている。
- §3.3#1
思惟と知覚および想像と判断の区別
アリストテレスは、思惟(あるいは思慮)と知覚が同一であるという古代人たちの説を退け、これら二つの差異、さらに空想(ファンタシアー)と判断(判断や思い込み)の間の違いを論じる。
- §3.3#2
空想の独自性と感覚の活動による運動としての定義
思惟と感覚の違いを踏まえ、空想(ファンタシアー)が感覚、意見、またはそれらの複合のいずれでもないことを論証し、最終的に空想を「活動における感覚によって生じる運動」と定義する。
- §3.4
思考を司る知性の本性と身体からの分離可能性
魂のうちで思考や思慮を司る「知性(ヌース)」の本性について論じ、それが感覚とは異なり身体から分離可能であり、思惟する前には現実的には何ものでもない受動なき可能的な能力であることを示す。
- §3.5-3.6
能動知性と受動知性の区別および不可分な対象の思惟
アリストテレスは、能動的にすべてを作り出す「能動知性」と受動的にすべてになる「受動知性」を区別し、前者の不死性を論じる。さらに、分割不可能な対象の思惟における真偽の不発生と、概念の合成による真偽の発生について解明し、点などの欠如態の認識や本質定義における知性の無謬性を説明する。
- §3.7
心像を介した欲求動作と抽象的対象の思惟
知性と感覚の類似性について説明し、快不快に伴う欲求や忌避の運動が心像(ファンタスマタ)を媒介にして行われることを論じる。また、知性が抽象的(数学的)な対象をいかに思惟するか、および物質から分離した対象の思惟の可能性という問題に触れる。
- §3.8
形相の形相としての魂と思惟における心像の必要性
アリストテレスは魂に関するこれまでの記述を要約し、魂は形相を受け入れることで「すべての存在するもの」となることを述べ、知性を「形相の形相」、感覚を「感覚されるものの形相」と定義する。また、あらゆる思惟において心像が不可欠であることを示す。
- §3.9
動物の場所的運動の原因と魂の区分に関する検討
著者は魂の能力、特に場所的(移動)運動を引き起こす原因について探究を開始する。既存の魂の分割法における問題点を指摘した上で、栄養摂取能力、感覚能力、および理知的(観照的)知性が移動運動の直接の原因とはなり得ない理由を論じる。
- §3.10
運動の動因としての欲求能力と身体器官の仕組み
動物の場所的運動を動かすのは実質的には欲求能力(およびその対象である実践的善)であり、実践的知性も欲求を出発点とすることで機能することを明らかにする。また、欲求を動かす仕組みとして、関節のように始点と終点が一致する身体的器官の必要性と役割を解説する。
- §3.11
不完全な動物の運動と熟慮的想像力
触覚しか持たない不完全な動物における運動原因、および想像力と欲望の有無を検討し、続いて人間における熟慮的想像力と実践的三段論法による運動の仕組み、および複数の欲求が対立する無自制(アクラシア)の状態での運動について論じている。
- §3.12
動物の生存における触覚の不可欠性と遠隔感覚の役割
栄養摂取能力はすべての生命体に必須であるが、感覚、特に触覚は動物の生存にとって不可欠であることを論じる。また、移動する動物における遠隔感覚の必要性と、それを可能にする媒介物の役割を説明する。
- §3.13
身体を構成する元素と生存に不可欠な触覚
動物の身体が単一の単純な元素から構成されることはありえず、触覚こそが動物の生存にとって不可欠な唯一の基本感覚であること、それ以外の感覚は「より良く生きるため」のものであることを論じる。
