アッリアノス · Arrian
黒海航海記
Periplus of the Euxine Sea
ギリシア語原文(原典)と日本語・英語・中国語・韓国語の対訳・語釈を、全文無料・登録不要で公開しています。
底本
Arrian. Arriani Nicomediensis Scripta Minora. Hercher, Rudolf; Eberhard, Alfred, editors. Leipzig: Teubner, 1885.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA 4.0
Humanitext がクローン・再構成し、継続的に更新しています。
要旨
本作は、2世紀のローマの執政官・歴史家アリアノスが、ハドリアヌス帝へ宛てた書簡の形式で執筆した黒海(ポントス・エウクセイノス)沿岸の周航記(ペリプルス)である。トラペズスに到着した著者が、現地の祭壇や立像の改修を皇帝に提案し、軍事視察や嵐に遭遇した航海の様子を報告することから始まる。前半では東南沿岸のアプサロスやファシス川の要塞の状況、現地部族の支配体制などが克明に記録される。中盤では、ボスボロスからトラペズスに至る南岸の港湾や距離、ハドリアヌス帝による港湾建設への賛辞が述べられる。さらに後半では、ローマ支配の限界点とされるディオスクリアスから先、黒海北岸や西岸の航路へと視点を広げ、アキレウスの島にまつわる神秘的な生態系や奇跡の伝承に一章を割く。最後は、西岸のギリシア都市群を経由してビュザンティオンに至る航路を記述して締めくくられ、地理的実用性と神話的探究心が融合した貴重な記録となっている。
目次
25 チャンク
引用方式:chapter.section
- §1.1-1.4
トラペズスへの到着と祭壇および立像の改修提案
アリアノスはハドリアヌス帝に対し、トラペズスへの到着と黒海の眺望を報告し、既存の粗雑な祭壇や不出来な皇帝立像の改修・交換を提案する。
- §2.1-2.4
神殿の像の要望と現地での犠牲式
トラペズスの神殿と、そこに安置するヘルメスおよびフィレシオスの立像について述べ、さらに現地で行った犠牲式と皇帝への忠誠について語る。
- §3.1-3.4
ヒュッソスでの演習と嵐を越えた航海
トラペズスを出発した一行は、ヒュッソスの港で部隊の訓練を行う。その後航海を続けるが、突然の嵐と逆風に見舞われ、激しい浸水に耐えながら櫂漕ぎで進み、辛うじてアテナイに到着する。
- §4.1-4.4
黒海のアテナイの由来と暴風雨からの船の避難
著者は黒海のアテナイと呼ばれる場所の由来と港の地理的状況を説明し、夜間に風向きが変わって嵐となったため、三段櫂船一隻を除いて船をすべて陸に引き揚げて難を逃れた経緯を述べる。
- §5.1-5.2
船の引き揚げと難破船の回収および滞在
避難のため多くの船が近くの海岸に無事引き揚げられたが、一隻のみ難破した。難破船からも資材はすべて回収され、嵐のために一行はアテナイに留まることになる。
- §6.1-6.4
アプサロス駐屯軍の視察と地名の由来
アリアノスはアプサロスに到着して駐屯部隊の視察と給与の支払いを行い、アプサロスの地名の由来(アプシュルトス神話)やトアス王の伝説について述べる。
- §7.1-7.5
トラペズスからモグロス川までの沿岸の河川と距離
トラペズスからアプサロス、さらにはモグロス川に至る沿岸航路に存在する、様々な川の名前、それぞれの距離、およびそれらの川の航行可能性について詳細に記録している。
- §8.1-8.5
ファシス川への到着とその特異な水質
著者らはファシス川に到着し、海面に浮いて混ざらないその極めて軽くて特徴的な水質や、真水が不足しない現地の水利用の習慣、およびその水の長期保存性について描写している。
- §9.1-9.5
ファシスの女神像と要塞の防衛体制
筆者はファシス川の入り口にあるファシスの女神像(レア像)とアルゴー号の錨(石製の破片)を見学し、続いて400名の精鋭が駐屯する堅固な要塞とその防衛設備、退役兵や商人の居住区を守るための新たな濠の掘削計画について述べる。
- §10.1-10.4
ファシス川からセバストポリスへの航路と軍事検閲
アリアノスはファシス川からいくつかの川を経由して、かつてディオスクリアスと呼ばれたミレトス人の植民都市セバストポリスに至る航路を報告し、そこで同日中に行われた軍事検査や巡検について述べる。
- §11.1-11.5
沿岸諸部族の統治者とコーカサス山の遠望
アリアノスは、トラペズスからセバストポリス(ディオスクリアス)までの沿岸に居住する諸部族とそれぞれの支配者について報告し、さらに航路の変遷とコーカサス山脈の遠望、プロメテウスの神話について述べる。
- §12.1-12.5
ヒエロンからカルペ港への航海と距離
トラキアのボスボロスから黒海東岸のトラペズスに至る航路の始まりを記述し、ヒエロンからカルペの港、そしてロエまでの距離や地理的特徴を説明する。
- §13.1-13.6
ロエからパルテニオス川までの航路とヘラクレア
ロエからパルテニオス川に至る各地の距離や錨地、ギリシア人都市ヘラクレアとティオスを列挙し、クセノポンを引用してビテュニア人の精強さとギリシア軍の苦難に言及する。
- §14.1-14.5
パルテニオス川からハリュス川までの沿岸航路
パフラゴニア地方に入り、パルテニオス川からハリュス川に至る海岸線の都市、港湾、錨地の存在とその距離を克明に記録している。
- §15.1-15.3
ハリュス川からテルモドン川を経てベリス川まで
ハリュス川の流向とそれが画定する境界を説明したのち、ハリュス川からアミソス、さらにはアマゾン伝説のあるテルモドン川を経てベリス川に至るまでの各地の距離と港湾の特徴を記述する。
- §16.1-16.6
トアリス川からトラペズスまでの航路と港湾建設
トアリス川からトラペズスまでの黒海東南沿岸の各地点(オイノエ、ポレモニオン、コテュオラ、ケラスス、トラペズス等)の距離と港湾状況が示され、トラペズスでのハドリアヌス帝による港湾建設が称賛される。
- §17.1-17.3
ディオスクリアスまでの総距離とボスボロスへの言及
トラペズスからディオスクリアスまでの総距離が示され、そこがローマの支配の限界点であることが述べられる。さらに、ボスボロス王コテュスの訃報に伴い、今後の意思決定のためにボスボロスまでの航路も報告することが告げられる。
- §18.1-18.4
ディオスクリアスからキメリア・ボスボロスへの航路
ディオスクリアスから出発し、各地の距離や川、旧跡を記録しながら、王権を授けられたジルコイ人の王スタケムパクスに言及しつつ、キメリア・ボスボロスへと至る航路を描写している。
- §19.1-19.5
タナイス川とマイオティス湖からタウリケへの航路
パンティカパイオンからタナイス川(ドン川)までの距離とヨーロッパ・アジア境界を巡る議論。マイオティス湖周航、テウドシア等タウリケ地方の港町を経由してカルキニティス、美しき港に至る航路の距離を記述する。
- §20.1-20.3
美しき港からボリュステネスを経てイストロス川へ
美しき港からボリュステネス川、さらにオルビアやオデッソスを経て、イストロス川のプシロン河口に至る各地点間の距離と地理的特徴を記述する。
- §21.1-21.4
アキレウスの島とその神殿および鳥たちの習性
プシロン河口の正面にある「アキレウスの島(白の島)」について、その神殿、木彫像、ヤギ、多数の献納品、神殿を水と羽で清める不思議な鳥たちの生態を解説する。
- §22.1-22.4
アキレウスの島における生贄の購入と奇跡
アキレウスの島への寄港者が、島にいる生贄用の獣を購入して捧げる際、適正な対価を神託で判断し、合意が得られると獣が自発的に立ち止まるという奇跡を記述する。
- §23.1-23.4
アキレウスの出現に関する伝聞と著者の評価
アキレウスが島の上陸者や航海者に夢や覚醒時の幻視として現れるという伝聞を記述し、著者はアキレウスの性質を根拠に彼の英雄性を深く信じていると語る。
- §24.1-24.6
イストロス河口からサルミュデッソスまでの航路
イストロス川の複数の河口から始まり、トメス、カラティス、オデッソス、アポロニアなどのポントス西岸のギリシア都市群を経てサルミュデッソスへと至る航路の距離と各所の錨地の有無を記述している。
- §25.1-25.4
サルミュデッソスからビュザンティオンまでの距離
クセノポンが記述したサルミュデッソスの難破船に関する逸話を紹介し、そこからキュアネアイ(青い岩々)を経て、ポントスの入り口からビュザンティオンに至るまでの距離を示す。
