底本
Plutarch. Plutarchi Chaeronensis Moralia, Vol I. Vernardakēs, Grēgorios N., editor. Leipzig: Teubner, 1888.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
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要旨
本作は、人間が倫理的・哲学的な「徳(アレテー)」においてどのように進歩し、それを自ら自覚できるかという具体的な基準を提示する実践的な道徳論である。著者は、すべての人間を同等の悪徳の中に置くストア派の極端な説を批判し、徳の獲得が日々の継続的な理性の働きによって漸進的に達成され、かつ自覚可能であることを主張する。議論は、他人の評判や空虚な弁論への関心を捨て、内省的な対話や自己の品格向上へと向かう内面の変化に焦点を当てる。さらに、過ちを素直に認める態度や、夢の中でも理性を保てること、他者の善行を模倣しようとする熱意(ゼーロス)が真の進歩の兆候として挙げられる。最終的に、偉大な先人を敬ってその生き方を模倣し、日常の細かな過ちに対しても妥協せず自己を管理する姿勢こそが、確固たる徳に至る道であると結ばれる。
目次
10 チャンク
引用方式:section
- §1
徳における進歩の自覚可能性
著者は、徳における進歩が自覚できないとする説に反論し、悪徳から美徳への劇的な変化や、日々の漸進的な進歩は必ず本人に自覚されるはずだと主張する。
- §2-3
ストア派の極論批判と徳の漸進的歩み
すべての人を同じ悪徳のなかに置くストア派の極端な説の矛盾を、彼らの講義と実際の行動の乖離から批判し、徳の進歩は理性の継続的な働きによって徐々に、かつ自覚的に成し遂げられるものであることを、航海や日々の蓄積の比喩を用いて論じる。
- §4-5
哲学への情熱の持続と挫折からの回復
哲学の道における進歩の兆候について論じ、一時的な中断があってもより強固に再開されることや、哲学から離されたときに激しい飢えや渇きに似た苦痛(愛の噛み傷)を覚えることを挙げる。さらに、初期の悔恨や意気消沈から素早く立ち直る精神の回復力を、セクスティオスやディオゲネスの逸話を用いて示す。
- §6-7
他人の世俗的成功への無関心と内省的議論への志向
外部の誘惑や他人の評判に動揺せず、自らの状況に甘んじることができる穏やかさが、哲学における進歩の兆候であるとされる。また、実質のない詭弁や華美な議論を求めず、品格を育む内省的な議論へと関心が移行することも真の進歩を示す。
- §8-9
修辞よりも実践を重視する読書と対話の姿勢
哲学の著作や詩、歴史を読む際には、言葉の表面的な美しさより自己の品性向上に資する内容を重視すべきであり、議論や対話においても他者への虚栄心や論破を捨て、自己の実践と相互の学びに置くべきであると説かれる。
- §10
善行の誇示の放棄と真の謙虚さへの到達
徳の進歩は、自分の善行や節制を他人に誇示せず自らの内に留めること、そして傲慢さを捨てて謙虚になることによって示される。哲学の探究が進むにつれて、人は言葉の華やかさや自惚れを捨て、静かに真理に従うようになることを、秘儀参入の比喩などを通じて説明する。
- §11
過ちの告白と忠告の受容による徳の進歩
治療を求める病人の態度を例に引きながら、過ちを告白し正されることを厭わない姿勢が進歩の真の兆候であることを論じ、さらに進んだ完全な不動心の例としてビアスやピュロンの逸話を紹介する。
- §12
徳の進歩の指標としての夢における魂の平静
ゼノンやプラトン、スティルポンの例を通じて、夢の中で恥ずべき欲望や非合理な恐怖に動揺せず穏やかでいられることが、魂における徳の進歩や確固たる道徳的状態を示す重要な指標であることを論じている。
- §13-14
情念の緩和と善き行為への模倣による進歩の検証
情念の緩和や質的変化から進歩を測定する基準を示し、美徳に対する称賛が単なる言葉に留まらず、行為や模倣(ゼーロス)を伴うものへと移ることこそが真の進歩の証であると論じる。
- §15-17
善人への敬愛と微小な過ちへの厳格な自己点検
進歩の確かな兆候として、善き人々へのあこがれと模倣、名声ある人々の前での堂々とした態度、そして細かな過ちをも妥協せず改めようとする厳格な自己管理について論じている。
