プルタルコス · Plutarch
ピロポイメン伝
Life of Philopoemen
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底本
Plutarch. Plutarch's Lives, Vol. X. Perrin, Bernadotte, editor. Cambridge, MA: Harvard University Press; London: William Heinemann Ltd., 1921.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
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要旨
本作は、アカイア同盟の優れた将軍であり、「最後のギリシア人」とも称されるフィロポイメンの生涯を描いた伝記である。メガロポリスに生まれた彼は、幼少期から質素な田園生活と熱心な軍事訓練を両立させ、戦争こそが美徳を発揮する場であるという信念を培う。セラシアの戦いで若き日の武功を立てた彼は、アカイア同盟の軍制改革に乗り出し、贅沢を排してマケドニア式の重武装を導入することで、同盟軍を強力な軍隊へと新生させる。僭主マハニダスやナビスを打ち破り、スパルタを同盟に編入するなど、卓越した軍事力でギリシアの自主独立を守り抜く。ローマの覇権拡大に対しても誇り高く主体的な外交姿勢を貫くが、晩年にメッセネの反乱の救援に向かう途中で落馬して捕らえられ、毒を仰いで生涯を閉じる。彼の死後、アカイア同盟はメッセネに復讐を果たして遺骨を迎え、偉大な指導者を手厚く葬った。
目次
21 チャンク
引用方式:chapter.section
- §1.1-1.4
フィルポイメンの生い立ちと師たちによる養育
クレアンドロスが亡命先のメガロポリスでクラウギスの孤児となった息子フィルポイメンを養育した経緯と、その後彼を教育したエクデモスとメガロパネスの活躍について。
- §2.1-2.3
フィルポイメンの素朴な容姿とメガラでの逸話
フィルポイメンの素朴な容姿にまつわるメガラでの逸話と、彼が兵力に比して資金を欠いていたことを揶揄するティトゥスの冗談が語られる。
- §3.1-3.4
フィルポイメンの性格と運動競技の排除
フィルポイメンの性格の特徴とエパメイノンダスへの私淑について述べ、彼が若い頃に運動競技を退けて軍事訓練を優先し、後に将軍となってからも競技を排除した経緯を記述している。
- §4.1-4.6
フィルポイメンの農耕と軍事修練の日々
フィルポイメンは教育期を終えた後、市民軍の遠征や、狩猟・農耕を通じて熱心に身体を鍛え、質素な田園生活と公務を両立させた。また、哲学やホメロスの詩、戦術書に学び、理論よりも実地での軍事訓練を重んじて、戦争こそが最高の美徳の場であると考えた。
- §5.1-5.2
メガロポリスの陥落と市民の脱出支援
クレオメネスがメガロポリスを急襲した際、フィロポイメンは殿となって市民を脱出させた。その後、クレオメネスによる帰還の呼びかけを拒否するよう市民を説得したが、これが都市のさらなる破壊につながった。
- §6.1-6.7
セラシアの戦いにおける奮闘と称賛
セラシアの戦いにおいて、フィロポイメンは将軍たちの慎重論を退けて自発的に突撃を敢行し、重傷を負いながらも奮闘して勝利に貢献し、アンティゴノス王から「偉大な将軍の働きをした」と絶賛された。
- §7.1-7.7
アカイア騎兵隊の改革とエリス軍との戦い
セラシアの戦いの後、フィロポイメンはクレタ島で軍事修行を積み、帰還後にアカイア同盟の騎兵長官となる。彼は弛緩していた騎兵隊を改革し、エリス軍との戦闘で敵の将官を自ら討ち取る活躍を見せる。
- §8.1-8.4
アラトスの統合策とフィロポイメンの軍事的指導
アラトスがアカイア同盟を統合してペロポネソスの統一を企図した歴史的背景と、外交に頼ったアラトスと軍事的勝利で同盟の士気を高めたフィロポイメンの指導力や資質の違いを比較する。
- §9.1-9.8
アカイア同盟の軍制改革と兵の意識改革
フィロポイメンはアカイア同盟の軍制を改革してマケドニア式の重武装を導入し、若者たちの日常の贅沢や虚栄を武具や軍事の装飾へと見事に向け直して軍の士気を高めた。
- §10.1-10.8
マンティネイアの戦いとマハニダスの討伐
フィロポイメン率いるアカイア軍とラケダイモン人の僭主マハニダスとの戦闘が始まり、マハニダスが追撃に逸れて生じた隙を突いてフィロポイメンは敵の重装歩兵を壊滅させた。さらに退却しようとするマハニダスを一対一の死闘の末に討ち取り、この功績を讃えてデルポイに青銅像が建てられた。
- §11.1-11.3
ネメアの大祭における喝采とギリシアの希望
ネメアの大祭においてフィロポイメンが若者たちを率いて劇場に入場した際、キタラ奏者が自由を歌う詩を歌い始め、観衆から大喝采を浴びてギリシアの希望を呼び覚ました場面。
- §12.1-12.5
フィロポイメンの威名と敵の陰謀の撃退
フィロポイメンは卓越した名声により、アカイアの軍勢に絶大な自信を与える一方で敵を怯えさせ、暗殺計画や敵軍による包囲、占領を、その威名と独断の行動力でことごとく退けた。
- §13.1-13.6
フィロポイメンの再度のクレタ遠征と批判
祖国がナビスの脅威に晒されている最中にフィロポイメンが再びクレタへ赴いたことは同胞の非難を浴びたが、彼はクレタ人の狡猾な戦術を逆手に取って活躍し、帰国後は市民との対立や周辺村落の扇動に関与した。
- §14.1-14.7
対ナビス戦における海戦の敗北と陸上での勝利
フィロポイメンはペロポネソスに帰還してナビスに対する指揮官となるが、経験不足による海戦での敗北を経験する。しかしその後、夜襲や巧みな陸上戦術によってナビスの軍勢を圧倒し、待ち伏せによって大勝を収める。
- §15.1-15.6
スパルタのアカイア同盟編入と贈礼の拒絶
フィロポイメンの活躍はローマの執政官ティトゥスの嫉妬を誘う。フィロポイメンはスパルタの混乱に乗じてこれをアカイア同盟に編入し、その功績に対してスパルタから贈られようとした莫大な財産を断り、金銭に対する廉潔さを示した。
- §16.1-16.6
スパルタの処罰と伝統制度の廃止
フィロポイメンはアカイア将軍ディオファネスの強硬策を阻止するためにスパルタへ入城し内乱を鎮めるが、後に自ら将軍となるとスパルタを厳しく処罰し、リュクルゴスの教育制度を廃絶してアカイア式を強制した。
- §17.1-17.4
ローマの介入への抵抗と追放者の帰還
ローマ・アンティオコス戦争期のギリシアにおいて、フィロポイメンはローマの覇権拡大に抵抗し、親ローマ派の妥協的態度を批判するとともに、ラケダイモン追放者の帰還問題をアカイア人の主体的主導で解決すべく執政官らの介入を頑なに阻止した。
- §18.1-18.8
メッセネの反乱とフィロポイメンの捕縛
老齢のフィロポイメンは平和な余生を望んでいたが、メッセネの反乱に対して救援に赴き、殿を務めて若者を退却させるなかで落馬して敵の生け捕りとなる。
- §19.1-19.5
メッセネでの監禁とアカイア人の救出準備
フィロポイメンがメッセネに連行されて地下の「宝庫」に監禁され、市民の間に同情が広がる一方、アカイア人の騎兵たちは将軍の捕縛を知って救出の出兵準備を始める。
- §20.1-20.3
毒杯によるフィロポイメンの処刑と最期
デイノクラテスはアカイア人の介入を恐れ、夜陰に乗じてフィロポイメンに毒薬を送り込み、フィロポイメンは味方の無事を知った後、速やかに毒を仰いで生涯を終える。
- §21.1-21.6
メッセニアへの報復とフィロポイメンの盛大な葬儀
フィロポイメンの死後、アカイア連邦はメッセニアに侵攻して復讐を果たし、彼の遺骨をメガロポリスへと送り届け、栄誉ある葬儀を執り行う。後年、ローマ人が彼の名誉を剥奪しようとした際にも、モミウスらは彼の徳を認め、その名誉を守った。
